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菅原遺跡報告書批評のための習作(19)

検索キーワード

 書評論文執筆の便宜を図るため、習作連載等に検索キーワードをつけました。

1.菅原遺跡報告書批評のための習作
(1)元興寺法輪館「菅原遺跡」展・責任転嫁
http://asaxlablog.blog.fc2.com/blog-entry-2684.html
(2)平城宮第一次大極殿
http://asaxlablog.blog.fc2.com/blog-entry-2706.html
(3)平城宮第一次大極殿院東楼
http://asaxlablog.blog.fc2.com/blog-entry-2707.html
(4)土塔①
http://asaxlablog.blog.fc2.com/blog-entry-2713.html
(5)土塔②
http://asaxlablog.blog.fc2.com/blog-entry-2714.html
(6)図書情報
http://asaxlablog.blog.fc2.com/blog-entry-2737.html
(7)円形建物SB140
http://asaxlablog.blog.fc2.com/blog-entry-2738.html
(8)第3章 囲繞施設と瓦 西大寺系
http://asaxlablog.blog.fc2.com/blog-entry-2739.html
(9)第4章 出土瓦の検討 囲繞施設関連瓦類 軒平瓦6711B型式
http://asaxlablog.blog.fc2.com/blog-entry-2740.html
(10)復元考察(箱崎)
http://asaxlablog.blog.fc2.com/blog-entry-2741.html
(11)第4章「周辺遺構の様相」「建物の配置」 
http://asaxlablog.blog.fc2.com/blog-entry-2742.html
(12)復元モデルは桃山時代の宝塔
http://asaxlablog.blog.fc2.com/blog-entry-2743.html
(13)多宝塔の初現形式
http://asaxlablog.blog.fc2.com/blog-entry-2744.html
(14)堂庭廃寺とSB140に類似点なし 土塔
http://asaxlablog.blog.fc2.com/blog-entry-2749.html
(15)建築にならない復元案
http://asaxlablog.blog.fc2.com/blog-entry-2750.html
(16)SB140多宝塔案に根拠がない理由一覧
http://asaxlablog.blog.fc2.com/blog-entry-2751.html
(17)海外類例の扱い 木造宝塔1981 西大寺八角塔
http://asaxlablog.blog.fc2.com/blog-entry-2752.html
(18)1981年調査区の基壇建物跡と小型瓦の関係
http://asaxlablog.blog.fc2.com/blog-entry-2783.html
(19)検索キーワード
http://asaxlablog.blog.fc2.com/blog-entry-2795.html

2.《卒論》大僧正行基の長岡院に関する継続的再検討
《中間報告》 http://asaxlablog.blog.fc2.com/blog-entry-2675.html
《論文概要》 http://asaxlablog.blog.fc2.com/blog-entry-2789.html

3.行基と菅原遺跡に係る意見交換@松山(8月)
http://asaxlablog.blog.fc2.com/blog-entry-2686.html
4.寧楽徘徊(Ⅱ)
http://asaxlablog.blog.fc2.com/blog-entry-2704.html

Student from Afghanistan

 怪しい英文のメールが届いた。訳文を確かめると、いつもの国際学会詐欺(シンポジウムを開くから参加しないか、参加費〇〇ドルを振り込め)のたぐいではなく、アフガニスタンの女性が救済を求める内容だった。原文を転載する。

Im Ms. Hakimeh Akhlaqi, from Afghanistan, I have completed my studies in geography engineering and urban planning due to the Taliban government's prevention. I am currently in Iran. I have the activities of executive management and environmental monitoring in Afghanistan and I have done artistic activities such as story writing and directing. Complete documents are available. If possible, accept me as a student so that I can continue my studies and be useful to myself and society

 以下のようなことを訴えている。

  アフガニスタン出身のハキメ・アクラキです。タリバン政府の妨害により、
  地理工学と都市計画の学業がストップ*しました。 現在はイランにいます。
  アフガニスタンでは、経営管理と環境モニタリングの活動をしてきました。
  物語の執筆や監督などの芸術活動にも携わりました。
  書類一式は揃っています。 可能であれば、私が学業を続け、自分自身と
  社会の役に立つことができるように、私を受け入れてください。
    *complete を「完了させる」「修了させる」と訳せば意味が通じないので、こう訳した。

 添付資料もあり、クリックするのが怖かった。なにぶん以前、Dr.Central Bridge 偽装メールの添付資料をクリックし、返信したばかりに、「トロイの木馬」ウィルスに感染し、メールの情報を盗まれ、不特定多数の方々に大迷惑をかけているので、慎重にならざるをえなかったが、上の文面をみて、添付画像をクリックしたところ、当該女性のパスポート・コピー(jpg)であった。もちろん返信はしていない。わたしのアドレスは大学のホームページに掲載しているので、誰でも分かる。とはいえ、「拝啓、浅川様」の一言もないので、多くの国の、それこそ不特定多数の研究者にメールを送っているのだろう。
 わたしには何もできない。残された時間は短く、外国から研究者を招聘する資金も余裕もない。タリバンに弾圧されているアフガニスタン国民のためになりたいとは思うけれども、わたし一人ではどうにもなりません。だれか救いの手を差しのべてあげてください。

  氏名とメールアドレス: HAKIMAH AKHLAQI  hakimahakhlaqi@gmail.com


続・ホームレスマインド

令和の寅さん

 17日(水)の5限、1年次以上のオムニバス「人間環境概論」第15回(最終回)で、少し迷ったのだが、例年通り「ヴェニス憲章と日本」を講じた。これはいわゆる私の十八番であり、昨年末の放送大学面談授業の最終回でもこれを話した。放送大学のとき、少し内容を膨らませ、スライドを追加したままにしておいたので、スピーチの時間がいつもより10分長くなり、BRD(授業内小レポート)回答の時間が短くなってしまったが、大半の学生は終了のチャイムが鳴っても席を動かず、回答に熱中した。わたしはいつまでも待った。集まったBRDをみて驚いたことに、紙面びっしりの回答ばかりである。みなよく聴いてくれたのだと感心しきり。授業後の夕刻になっても、4人の学生が残っておしゃべりの花が咲いた。
 
   「先生、もう学生とらないんですか?」
   「今年からとってないよ」
   「大学、辞めちゃうんですか?」
   「あと1年でね・・・」
   「新しい先生が来るんですか?」
   「たぶん来ると思うけど、こういう遺跡の話は私以外できないよ・・・」

 嬉しい会話であった。講義は楽しい。しかし、時間は限られている。次のステップに進む準備をしなければならない。翌18日(木)、今度は3年次以上の「地域生活文化論」第13回で「名勝と文化的景観」を講じた。先週のBRD回答の最後に、例の「わたしはどこに帰りたいのか」と悩む感想を匿名で取り上げ、現代人は「家をもつホームレス」という日常意識について説明した。ただし、自分(教師)はホームレスではなく、拠り所が二つあるとした。一つは「お家」、一つは「エガちゃんねる」だと真剣に述べた。エガちゃんねるは視ればみるほど心を奪われる。笑いへのこだわりだけでなく、笑いを超えた奥の深さに言葉もない。たとえば、「江頭、モンスター人喰いザメを釣る!」という動画などは、本学の教材に使ってよいほどの壮大なドキュメンタリーに仕上がっている。


南部町IMG_20240119_140912 1月19日(金)、南部町のそば処「門所」と古民家カフェ「てま里」を訪ねた。前者は古民家ではなく、平成以後の新築和風住宅の店舗改装であり、和の意匠がベースだが、骨董の匂いはしない。後者は古民家再生の多機能施設であり、フリースペースの奥にテナントのカフェがある。内部は完全に新装されており、とくに奥のカフェはアメリカンなインテリアを強調している。しかし、そのカフェも今月末、安来(店主の実家がある町)に移転するという。空いたテナントには、また別の店が入る予定だという。写真は「てま里」。外観は古風なままだ。



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私はどこに帰りたいのか

ホームレスマインド

 新年開始早々、二日連続で講義をした。10日(水)は1年次以上のオムニバス「人間環境概論」第14回、11日(木)は3年次以上の「歴史遺産保全論」第12回である。例年と内容を変え、少し迷ったが、両者ほぼ同じ講義とした。昨年の上海講演「古民家再生の新基軸ー過疎地に探る居場所のあり方」に手応えを感じており、それを学生に伝えたかった。結果、3年次以上の講義では、BRD(授業内レポート)の平均点は10点満点の9.1点、1年次以上の講義でも8.6点に達した。3年次のレポートの感想欄に「人間の居場所についてコメントしてほしいです」と追記したところ、多種多彩な意見が寄せられた。とくに、毎回真っ先にレポートを提出する学生の感想(以下)には驚かされた。

  学校にいても、一人暮らしの家にいても、実家にいても、地元にいても、
  「帰りたい」と思うことがあります。私はどこに帰りたいのか、と思います。  


バーガー  ただちに思い浮かんだ本がある。学生時代に愛読した知識社会学の名著、バーガー・バーガー・ケルナー『故郷喪失者たち―近代化と日常意識』(1977訳)。現代社会において 「宗教」が衰退し、代わって「科学」が世界を支配し始める。「科学」を絶対神とする近代工業化社会(と官僚制度)によって、人間は「機械の部品」 のような存在であることを強いられる。代替可能なサイボーグと化した現代人。個性は埋没してニュートラルになり、かつての宗教が果たした「拠り所」のない喪失感に苛まれる(この隙間を縫って怪しげな新興宗教が台頭する)。P.L.バーガーらはこのような日常意識を「ホームレスマインド(故郷喪失感)」と呼んだ。現代人は家をもったホームレスであり、帰るべき故郷と居場所を失っている。

お家へ帰ろう

 わたしには帰るべき場所がある。ほかならぬ自分の家だ。職場での仕事を終え、夕刻、アパートに戻って扉をあける。おおきな声で「ただいまぁ」と言うと、リビングから「おかえりぃ」の答えが返ってくる。この瞬間が一日のなかでいちばん幸せかもしれない。夕食の支度をするのはおっくうだが、小さなテーブルに皿を並べて二人で晩酌する時間は至福である。乾杯して呑んで食べてを繰り返し、いつしかソファで眠りに落ちる。わたしは田舎暮らしを指向しているけれども、その場所はどこでもいい。鳥取でも、奈良でも、岡山でも、その他の県でも、不便が過ぎないなら大丈夫だが、大都市だけはいけない。夫婦ともども無理だと感じている。居場所とは地域や空間ではなく、一定の条件なのだと思う。


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有楽苑如庵

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 「住まいと建築の歴史」講義で紹介する歴代建築のなかで自ら訪問したことのないものも、恥ずかしながらいくつかある。クリスマスに訪れた明治村の近辺に2つの傑作があることに気づき、2日に跨いで訪問した。

ジョアンの茶室

 一つは織田有楽斎の茶室「如庵」。第13回「茶室-わびの空間」の 2.利休と反利休 で取り上げる。
 有楽斎の実名は織田長益(1547-1622)。四百年前の人である。信長の実弟だが、年は13歳も離れていた。本能寺の変では二条新御所を脱出し、安土を経て美濃へ逃れたという。その後、甥の織田信雄に仕え、小牧長久手の戦では徳川方に与す。関ヶ原の戦でも徳川方の東軍の将として活躍し、その戦功により、有楽は大和に3万2000石、長男の長孝は美濃野村に1万石を与えられた。このように、有楽は歴史の転換点ではつねに徳川方にあったが、淀君(姪)の庇護者たる豊臣家の重臣でもあり、大坂冬の陣では大坂城に籠もった。その立ち位置は、あくまで穏健派として徳川との共存-実質は徳川の外様大名として生きのびる未来-をめざしていたので、NHK大河ドラマ『真田丸』では、徳川の間諜とされていた。井上順の好演をよく記憶している。


1225有楽苑03如庵03


 茶室「如庵」は、大坂陣後の元和3年(1617)もしくはその翌年、建仁寺正伝院に建立された。有楽斎は千利休にわび茶を学び、利休十哲の一人ともされる。如庵は二畳半台目の小間であり、わたしはこれを利休系として講義しているが、茶室の専門家からみれば、そうではないとお叱りを受けるかもしれない。長益は以前から有楽如庵と号していた。その如庵とはクリスチャン・ネーム「ジョアン」の可能性あり、ということで、なんとも不気味な人物である。織田家は(反比叡・真宗の意味からも)キリスト教を許容していたが、豊臣・徳川がそれを禁じたということであろうか。茶室はキリスト教の影響を受けて誕生したという説をずいぶん前のNHK番組で観た記憶があり、朝鮮半島民家や東南アジア民家の影響も認められないわけではない。深掘りしたらキリがなさそうだから、今はやめます。如庵は国宝なので、有楽苑(犬山城の対岸にあるホテルの庭園)の高い入場料を払ったぐらいでは入室できない。だから、鱗板も有楽窓も腰張古暦もみることができなかった。如庵は移築を繰り返して、犬山城下に落ち着いたが、この地と茶室を結びつけるとしたら、有楽の子、長孝が美濃に1万石を与えられたことの因縁かもしれない。


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プロフィール

魯班13世

Author:魯班13世
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魯班(ルパン)は大工の神様や棟梁を表す中国語。魯搬とも書く。古代の日本は百済から「露盤博士」を迎えて本格的な寺院の造営に着手した。魯班=露盤です。研究室は保存修復スタジオと自称してますが、OBを含む別働隊「魯班営造学社(アトリエ・ド・ルパン)」を緩やかに組織しています。13は謎の数字、、、ぐふふ。

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