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久方の後記

ヒマラヤの魔女

 ブータンの民話/絵本を1・2年生演習の教材として使い始めたのは2014年度後期のことであり、その後、あしかけ3年6期を翻訳に費やした。成果は以下の内部資料3冊である。

  『メンバツォ -炎たつ湖/メトの大冒険』(2015年3月)
  『心の余白/ねずみのおばさん』(2016年3月)
  『グルリンポチェがやってくる/ツェゴ -命の着物』(2017年3月)

 このうち童話「メトの大冒険」をのぞく5作は、ブータン最初の女性作家、クンサン・チョデンさんの作品(創話もしくは再話)である。彼女の作風は連鎖した韻文のようであり、含蓄深く詩情に溢れており、他の追随を許さない。そう思って優先的に翻訳してきたのだが、手持ちの絵本も尽きてしまったので、2017年度からは「寅さんの風景」シリーズに切り替えて一年半を過ごした。これもまた愉快な取組みではあったけれども、鳥取を舞台とする映画は第44作「男はつらいよ-寅次郎の告白」(1991)のみであり、まもなくネタ切れとなって、軌跡はJターンを描き、2018年度後期に「ヒマラヤの魔女-自然と人間の関係を考える-」というプロジェクトを立ち上げた。
 その年の夏の経験が強烈すぎたのである。ブータンではプナカのチメラカン寺周辺でポー(ファルス)に塗れ、西北雲南では山村での交通事故の直後に雲が飛散してチベット族の神の山「梅里雪山」が全景をあらわにし、朝焼けの中で金色に輝く姿をみた。二つの出来事は無関係なようで、その背景に「魔女」の存在を読み取れる。そんな経験から浮かび上がったプロジェクトが「ヒマラヤの魔女」だったのである。
 本書はその成果報告書として編集を構想したものだが、これまで未発表であった二つの民話絵本の翻訳も含んでいる。なにぶん貧乏な研究室であり、翻訳したすべての民話を印刷・製本する財政的余裕がなかったので、この機に乗じて在庫一掃セールの運びとなった。結果として、本書は以下の6つの翻訳を収録している。

 1.ラジャ-天の鳥 p.01-40
 2.ヤクと野牛の物語 p.41-66
 3.アケ・ゲム p.67-78
 4.カブはどのようにしてハにもたらされたのか p.79-92
 5.ブータンの宝塔-真実にむかう心のよりどころ p.93-95
 6.魔力と戦うフライング・ファルス p.96-98

1.ラジャ-天の鳥
原題:The Heavenly Birds (2014)
テキスト:ペマ・ギャルツェン(Pema Gyaltshen) 
イラスト:チャンダ・S・スッバ(Chandra S. Subba)

 ポプジカ谷に飛来するオグロヅルと人間の交流を描いた民話絵本(再話)。年老いたツルが動けなくなってしまい、憐れに思った訪問者が水をかけてやり、若いツルたちがチベットまで塩を取りにいってツルの命を救う。その後、人間に恩を感じたツルの群れが毎年ポプジカに飛来するようになるという起源譚である。チベットは岩塩の産地として知られているが、それはヒマラヤがかつて海底にあったことを示す地質学的な証拠でもある。2016年度前期、当時の1年生(現3年生:野表・高田・森下・中前・藤堂・成崎・小林)が翻訳および画像処理に携わった。

2.ヤクと野牛の物語
原題:The Story of the Yak and the Buffalo(2015)
テキスト:リンジン・リンジン(Rinzin Rinzin)
イラスト:テンパ・ラブゲ(Tempa Rabgay)

 仲の良いヤクと野牛がチベットの美味しい岩塩を舐めに行こうと相談するのだが、チベットは寒すぎる。思案のあげく、野牛がヤクに自分の毛皮を貸すことになった。ヤクは二重のコートにくるまれ、一人チベットにむかう。二重の毛皮により寒さを避けながら岩塩の美味しさを知り、そのままチベットに居ついてしまう。一方、毛皮をなくした野牛はチベットに行けないので、ただただヤクの帰りを待つという民話絵本(再話)。ブータンのヤクと野牛はもともと似たような牛だったが、毛皮をゆずった野牛は「水牛」化して比較的暖かいブータンに適応し、ヤクは毛むくじゃらになって寒冷地適応したことを言いたいのではないか。本文に「水牛」の語は出てこないが、野牛の角は水牛を思わせるよう描かれている。一方、チベットで岩塩を発見したのはヤクだという伝承もある。2016年度後期、当時の1年生(現3年生:池田・橘・田邉・大竹・宮川・米田・和田)が翻訳と画像処理に取り組んだ。


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ヒマラヤの魔女(12)

 今宵は2年生が翻訳した民話絵本です。書籍情報は以下のとおり(書名以外は昨夜と同じ)。くりかえしになりますが、READブータンという組織の活動の一環として、若いスタッフが年配者から民話を聞き書きし、英語とゾンカ語で絵本を出版したものです。

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書名原題: Akhey Gyem - A Legend from Haa -
執筆編集: READ(Rural Education and Development Bhutan) 2017
登録ナンバー: 1000000434
資金提供: ジョン・ロバート・グレッグ財団(NYコミュニティ信託内)
印刷: クエンセル株式会社、ティンプー
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02アケゲム01ルニェ01


アケ・ゲム -ハのむかしばなし-

 むかしむかし
 ハ地方の谷すじに
 ルニェ・ツェリン・ドルジという名の
 わかくて かおだちのよい おとこ が
 くらしていました。

 タクチュ寺のうらてにある
 ルニェ村の おとこ だから
 そうよばれていたのです。

 ルニェ・ツェリン・ドルジは
 とおいサムツェ谷のテンドゥ村にすむ
 アケ・ゲムという名の
 わかくて きれいな おんな のことを
 耳にしました。

 ある日、ドルジはアケ・ゲムにあうため
 タンドゥ村まで くだっていきました。
 アケ・ゲムはドルジがこれまで目にしたなかで
 もっともうつくしい おんな でした。
 ドルジはアケ・ゲムをおよめさんにしたい
 とおもいました。

 ルニェ・ツェリン・ドルジは
 テンドゥ村のアケ・ゲムに
 ざいさん とゆたかな せいかつ を
 やくそく しながら
 プロポーズをはじめました。

 「わたしの いえ のまわりの まきば には
  くさをはむウマがたくさんいるし
  1かいにはあふれんばかりのウシがいて
  上のかいはヒツジとヤギが
  ひしめいており
  だいどころの とぐち にはメンドリやヒヨコが
  うようよいるんだよ」

 とドルジはじまんします。


02アケゲム10


 アケ・ゲムは
 ルニェ・ツェリン・ドルジが
 じぶんの「いえ」だと
 よんでいるところにたどりついて
 ひどくがっかりしました。
 いえ のそとに くさ をはむウマはいないし
 1かいがウシであふれている
 わけでもなく、上のかいに
 ヤギとヒツジがやすんでいることもなく
 メンドリやヒヨコが とぐち に
 うようよいるわけでもなかったからです!
 
 かわりにアケ・ゲムがみたものは
 ほらあな でした。
 からっぽのほらあな。
 みあげれば空をふさぐ やね はなく
 みおろせば土をかくす ゆか も
 ありません。



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ヒマラヤの魔女(11)

 1・2年生のプロジェクト研究2&4では、短いブータン民話(英文)の和訳にも取り組んでいます。いずれもREADブータン(農村教育開発局)という組織による活動成果であり、スタッフの若者が年配者から民話を聞き、英語とゾンカ語で絵本を2017年に出版しています。READはもちろん「読む」という意味もあり、読書による過疎地域の活性化をめざしているようです。第4代国王の最年少王妃が組織した財団法人であろうという情報も得ています、確認はできていません。わたしたちは、今夏の調査時にティンプーの書店で購入しました。以下、基礎情報です。

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書名原題: How TURNIPS came to Haa - An etiological tale from Haa -
執筆編集: READ(Rural Education and Development Bhutan) 2017
登録ナンバー: 1000000434
資金提供: ジョン・ロバート・グレッグ財団(NYコミュニティ信託内)
印刷: クエンセル株式会社、ティンプー
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 今夜は1年の中間成果から紹介します。


01アシジャサ01



カブはどのようにしてハにもたらされたのか
    -その ゆらい をさぐる-


 むかしむかし
 アシ・ジャサという
 インド人のおひめさまがおりました。

 おひめさまはまほうの かがみ をもっていました。
 その金の かがみ をのぞきこむと
 どんな人でもじぶんの うんめい がうつしだされます。

 ある日、アシ・ジャサがかがみをみると
 かがみは うんめい をうつしだしました。

 うんめい はとおいチベットにありました。
 かみの毛は ゆき よりもしろく
 はぬけの おとこ と めおと になっていたのです!

 アシ・ジャサはぞっとしました。

 かがみをてにとり、ちかくの川になげすてました。

 なぜ水が すがた をうつしだすのかわかりますか。
 アシ・ジャサのかがみが
 水のなかのどこかにしずんだままになっているからです。


01アシジャサ02


 アシ・ジャサはかがみの よげん をうれしくおもっていませんでしたが、
 チベットにいくことをきめました。
 王と王妃(おうひ)はむすめの けっしん に はんたい し、
 チベットにいかないよう たのみました。
 しかし、アシ・ジャサのきもちはゆるぎません。
 がんこなむすめにいかった王と王妃は

  「もしおまえがチベットにいくのなら、おやこのえんをきるよ!
  おまえとわたしたちはなんの かんけい もなくなるからね」と

 おどすようにいいました。


 

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後記-グルリンポチェがやってくる

 年末に還暦を迎えた2016年もまたブータンを堪能した。夏休みに5回目の調査をしたから、というわけではない。出国から帰国まで9日間の短い調査である。2名の学生を同行したフィールド演習の延長だと言われても仕方ない。それでも、ブータンを満喫した感覚に充たされるのは、1・2年生の演習(プロジェクト研究1~4)で前後期ともブータン民話(絵本)の翻訳に取り組んだからだ。以下の民話絵本を翻訳した。

  【前期】
   ペマ・ギャルツェン『天の鳥』
    (Pema Gyaltshen, The Heavenly Birds, 2014)
   クンサン・チョデン『ツェゴ-命の着物』
    (Kunzang Choden, Tshego -The Garment of Life-, 2013)
  【後期】
    リンジン・リンジン『ヤクと野牛の物語』 
    (Rinzin Rinzin, The Story of the Yak and the Buffalo, 2014)
   クンサン・チョデン『グルリンポチェがやってくる』 
    (Kunzang Choden, Guru Rinpoche is Coming, 2015)

 例年、半期2作を1冊の和訳本(内部資料)として印刷・製本してきたが、2016年度は研究費が少なく、前期2作分の原稿・データ一式を印刷会社に送付した後、考えを改め、いったん印刷を保留した。そして後期の2作を翻訳後、懐具合をみなおした結果、年度予算では2作の印刷が限界であることが明らかになり、迷わずクンサン・チョデンの作品2本を選択した。いずれも2年生の担当作になってしまったが、クンサン・チョデンの作品はそれだけ他を圧している。


hyousi002.jpg
↑学内WEB表紙-「天の鳥」と「命の着物」色糸の複合イメージ(中前作画)


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プロフィール

魯班13世

Author:魯班13世
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魯班(ルパン)は大工の神様や棟梁を表す中国語。魯搬とも書く。古代の日本は百済から「露盤博士」を迎えて本格的な寺院の造営に着手した。魯班=露盤です。研究室は保存修復スタジオと自称してますが、OBを含む別働隊「魯班営造学社(アトリエ・ド・ルパン)」を緩やかに組織しています。13は謎の数字、、、ぐふふ。

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