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ナマズ食の文化史的再評価と郷土料理としての復興(1)

全税共文化財団研究助成(食文化)に採択!

 先日内定通知が届いたことをお知らせしましたが、全国税理士共栄会(全税共)文化財団研究助成【食文化部門】への手続きも済みましたので、ここに正式に申請概要を報告します。

 1.申請団体(代表): 東鯷人ナマズ食の会(代表:浅川)
 2.対象活動の呼称:  ナマズ食の文化史的再評価と郷土料理としての復興
 3.助成期間(助成額): 2024年4月より1年間(50万円)
 4.税理士推薦者: 政田 孝
 5.活動計画: 倭(西日本)に関する最古の記録『漢書』地理志には「会稽(中国浙江省紹興)の海外に東鯷人(東のナマズ人)あり」とみえる。弥生期西日本の倭種を「ナマズ人」と呼ぶ記録である。さらに考古学的には、驚くべきことに、縄文~中世のナマズ遺存体(骨)は、フォッサマグナ以西の西日本でしか出土しておらず、「鯰」という文字を含む地名も西日本にしか存在しない。これほどナマズと西日本の関係は深く、動物考古学の専門家は古代の倭人がナマズを食べていたのは間違いないと指摘している。一方、ナマズは美食の素材としても見逃せない。とりわけ芥川賞作家の村上龍が『料理小説集』(1988)で取り上げたニューヨークのビルマ鯰とブラジル大ナマズの燻製には注目すべきであろう。前者は「海に落ちる雪のように舌の上で溶ける」食感があり、後者はさらに妙味で「これまでに食べたどんな燻製よりうまい」と絶賛している。こうしたナマズ食は日本でも細々と受け継がれてきたが、近年勢い数を減らしている。その原因は流通の困難さと泥吐きの手間などにあるようだ。地域振興としてナマズ食に取り組むのは埼玉県吉川市だけであり(養殖池あり)、ナマズの本場、琵琶湖の周辺でもナマズ料理を提供する料理店は著しく数を減らしている。


ナマズ標本P1170212 2024浅川先生 2024浅川ゼミ卒業写真sam
1月17日に撮影した卒アル写真をついでに掲載しておきます(右2枚)。


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ナマズチップスで伝説つくるぜぇ!

ファミマに物申す!

 5日の深夜、2時50分にエガちゃんねるが更新され、ファミリーマートとコラボで開発した2種類のポテトチップスが「明日」から発売されることが公表された。一つはエガちゃん好みの「旨辛 担々麺風味」、いま一つはブリーフ団好みの「黒胡椒チーズ味」で、ファミマ各店舗に12袋ずつ計24袋置かれるという。ファミマ側は1ヶ月で売れれば満足といっているのに、エガちゃんは1週間で完売して伝説をつくると主張。さずがに1週間で全国完売は厳しいかも、と思った私は目覚めた直後、着の身着のままでクロックスのサンダルを引っ掛け、下宿から300メートルのファミマまで車を飛ばした。そんでもって入店し、うろうろしていると、レジに近いところの湿った床で滑って転んでしまい、ひっくり返った亀のように動けなくなった。2名の店員は2名の客のレジに集中しており、誰も助けに来ない。レジが終わって、ようやく店長が救いに来て、「クロックスはよく滑るんですよ、ほら、ここにも床滑り注意って書いてるでしょ?」と言って、黄色い表示板を指さした。なんとか立ち上がり、ポテトチップスを探した。全然見あたらないので、女性店員に訊ねると、「それ、明日からです。6日から」という。
 そうか、眠る前と目覚めた朝は同じ5日だったのだ。しょうがないので、ファミマ・ザ・クリームパンなどを何個か買って帰宅した。じつは小生の体に菓子パンは厳禁なので、白い目が待っていたのだが。それから1日経って、同じファミマへ。今日は革靴を履いて行った。またポテチを探した。エガちゃんねるのポテチはと訊ねれば、「あっち」と指さされたが、指名の棚には一袋も品物がない。すでに完売、在庫なし。諦めるしかない。冷たい糖質0%発泡酒かゼロコークで、バリバリかじりたいと思っていたが、じつはポテチも厳禁食であり、売り切れは悪くない結果でもある。安心した。鳥取のような田舎町でも即日完売なんだから、おそらく1週間あれば全国で売りつくすだろう。


ファミマDSC_0008 売り切れたポテトチップス24袋


ナマズ食の研究申請、採択!

 卒論発表会(ポスターセッション)を翌日に控え、午後から大学に行って最後の練習と調整をした。うちのゼミはレベル高いよ。とくに菅原遺跡の卒論は非常に出来がいい。古民家再生ももちろん良いが、スピーチ時間がまだ長いので3分ばかり短くするよう指示した。よくここまでやったと思う。本学のようなレベルの大学では、下手に個性的にならずに、教員の指導に素直に従ってコツコツ作業する学生がのびる。高いところまで辿り着くと思います。
 朗報が一つ。全国税理士共栄会文化財団に申請していた「ナマズ食の文化史的再評価と郷土料理としての復興」の採択通知が届きました。今年は科研の申請資格がなく、ウクライナ戦争等による電気代の高騰により、学内特別研究費も大削減されて研究費不足に悩んでいましたが、久しぶりに民間財団の助成を得ることができて嬉しく思っています。ともかくナマズに係ることは昨年からなんでも福を呼んでおり、これはもう要石(かなめいし)を注連縄で囲んで御祭りせねばならんな。近く、正式な申請書を提出しますので、その後、詳細を報告します。ありがとう! やったぜ、正義は勝つ、伝説つくるぜ!

どん兵衛と吉牛の具材を入れ替える実験




 日々エガちゃんねるを視ております。おかげで他のサイトをみる時間が減ってしまい、わたしの身体上の健康にも影響しているのですが、精神上のウェルネスは著しく安定してきました。いま「バンク尻」の回をみていました。謎の前衛芸術家(集団)バンクシーもびっくり、横浜で開催されたバンクシー展から展示オファーが届くなんて、畏れ入ります。わたしも少しは彼の領域に近づきたいと、ある試みをしました。


0127吉牛どん兵衛コラボ01 0127吉牛どん兵衛コラボ02


 上の動画「勝手にコラボ飯」は、どん兵衛天ぷらそばと吉野家の牛丼の具材を入れ替えてグルメにしようと企てたものです。アイデアは相変わらず奇抜で面白く、実際、吉野家の牛肉をどん兵衛にのせた肉そばは極上の味になったといい、蕎麦屋の肉そばより美味いとブリーフ団(L)は喜んでますが、同(M)(S)に割り当てられた天丼=吉野家白飯にパリパリ乾燥状態のどん兵衛天ぷらをのせたドンブリ=は、言葉にならない食感になってしまったようです。日々夕食の支度をしている教師からみれば、天ぷらをどん兵衛湯蒸しの段階でカップの中に入れ、ほぐしておかなかったのが敗因と考えられたので、その調整を試みた次第です。
 湯蒸しした天ぷらをつゆだく気味に吉牛白飯にのせ、肉蕎麦+天丼を週末の昼食としました。結果を申し上げると、両者ともまずくはないけれども、「うましら~」レベルとは言い難く、とくに牛丼が並以下の天丼になったのは残念でした。夫婦で話しあった結果、①このたびは牛丼・天蕎麦両方二人前買いそろえたが、二人あわせて一人前ずつで十分、②具材を入れ替えるのではなく、元通りの牛丼+天蕎麦のほうがはるかに美味い、という意見で一致しました。モスの宇治抹茶シェイクやクラムチャウダー、マックシェイクとアップルパイのコラボには当方も嵌りましたが、たぶん吉牛とどん兵衛の具材入れ替えは二度とやらないであろうと思われます。


0127吉牛どん兵衛コラボ04 0127吉牛どん兵衛コラボ03

ノビタのなまず放浪記(2)-千葉県印旛沼

 研究室OBのノビタです。昨年11月19日、「ノビタのなまず放浪記(1)-埼玉県吉川」がアップされると同時に教授からメールがあり、「おまえさんは、こういう仕事が向いているね」というお褒めの言葉を頂戴しました。学生時代に文章で教授の血圧を上げたことのある私からすると、この一文はとても嬉しいものでした。それにしても、「ノビタのなまず放浪記(1)」というタイトルは、自分がつけたものより面白いとは思いましたが、違和感を拭えないところもありました。そうなんです、タイトルにナンバーが振ってあるではありませんか。次の作品への期待がナンバーとして表れているのです。こうした書かざるを得ない状況み追い込む手法を、昭和漫画の編集者が使っていたのをどこかで読んだことがあります。
 この件(次の作品)については、昨夏から言われていたものの、なかなか食レポ・ロケの時間をとることもできませんでした。なにぶん仕事は宙ぶらりんで、恋も玩具も失っておりました。しかし、アプリの威力凄まじく、新たなcatfishを釣りあげることに成功したので、クリスマス・イブには、印旛沼漁協が直営する「水産センター」を訪れ、関東で二度目の鯰を食することができたので報告させていただきます。

1.印旛沼について

 印旛沼については、田沼意次が干拓を進めたという日本史の教科書程度の知識しかないので、公益財団法人印旛沼環境基金のサイトに基づき簡潔に紹介させていただく。印旛沼とは、千葉県北西部の下総台地のほぼ中央に位置する湖沼である。以前はアルファベットの「W」のような形状で面積は約29k㎡であったが、昭和期の開発事業による埋め立てにより、現在は北印旛沼(6.26k㎡)と西印旛沼(5.29k㎡)に分かれている。印旛沼の開発は、享保期から始まり、およそ60年ごとに計3回おこなっており、天保14年(1843)には、鳥取藩池田家も水路の掘削工事に参加している。面積については、鳥取市の湖山池が6.9k㎡だと記せば、その大きさをイメージしやすいだろう。
 印旛沼で水揚げされる魚種は豊富で、昭和期の開発事業以前と以後で大きく異なるが、開発前は利根川から遡上してくるサケ、マルタウグイ、ボラや、在来種であるシラウオ、モツゴ、ギンブナ、ナマズの他にカワムツをはじめとする移入魚種といった多くの魚介類が生息していたという。開発後は、一部の在来種が姿を消し、代わりにオオクチバスやブルーギルといった外来種を加えた40種類が平成21~30年度に確認されている。
 印旛沼全体の漁獲対象の魚種はコイ、フナ、その他の魚種が大きな割合を占める。その多くは佃煮の材料として消費されたモツゴである。漁獲量は昭和43年(1968)で約800トン。以降800トンを上限とし漁獲量は増減するが、平成16年(2004)には81トンと急激に減少している。この原因は、霞ヶ浦で発生したコイヘルペスの蔓延に加えて、消費者の淡水魚の魚食離れが大きく影響しているとされ、加えて高齢化による漁業人口の減少や食料資源としての社会的価値の低下をはじめとする種々の課題、先に挙げたオオクチバスやブルーギルなどの特定外来生物、近年ではチャネル・キャットフィッシュ(アメリカナマズ)の侵入も原因の一つとなっている。

【写真1】水産センター外観 【写真1】印旛沼漁協 水産センター外観


2.実食 ナマズの天丼

 それでは本題の「ナマズの天丼」の話に入ろう。上の建物【写真1】が印旛沼漁業協同組合直営の水産センターである。昭和40年代頃の建物というイメージだ。JR成田駅から車で11分の距離にある。建物正面の壁には「うなぎ」の文字が目を引くが、個人的にはもちろん「うなぎ・なまず養殖事業」が気にかかる。印旛沼でもナマズを養殖しているのだろうか。心は踊る。2023年のクリスマス・イブにナマズが食べられる幸福を噛みしめる。
 店内に入る前にメニュー表が置いてあった【写真2】。やはりメインとなるのはウナギであり、特上ともなればそれなりの価格である。その中でナマズの天丼は、メニューの中のご飯の上におかずを盛った定食系の中では親子丼に次ぐ安さである。


【写真2】水産センターのメニュー表 【写真2】水産センターのメニュー表


 店内は、昔懐かしい大衆食堂といった趣きで、窓から甚兵衛広沼を望むことができた。カウンター上の「こい なまず うなぎ」と書かれた暖簾にはとても驚いた。この暖簾が作られたころは、この三種が代表魚だったと察せられる。意外にも客は多く、席の7割ほどが埋まっていた。一瞥すると、皆ウナギ料理を食べている。私が注文するのはもちろんナマズの天丼。ついでに珍しさからドジョウの唐揚げも注文した。心なしかオーダー時に店員が意外な顔をしたような気がする。
 10分もしないうちに、ドジョウの唐揚げが卓に届く【写真3】。思っていたより小さいドジョウだったが、初めてのドジョウ料理に心は踊り、ただちに箸を付ける。非常にサクサクした食感で、小エビよりもその感覚は上であり、スナック菓子のようだと形容した方がよいかもしれない。見るからに丸揚げだが、骨は気にならない。箸が進むにつれてビールが欲しいと思った。臭みもなく、淡白な味であるが、料理が少し冷めてくると苦み、いわゆる内蔵の味を仄かに感じたものの、味の変化を楽しめて面白い。一尾ごとパクリと口に運んでいき、またたくまに平らげてしまった。終始ビールが欲しい一皿だった。
 少しすると、ついにナマズの天丼が運ばれてきた。盆には丼と吸物、そして香の物とシンプルなものであった【写真4】。丼の蓋を開けてお目見えしたのが写真5である。ご飯の上にはナマズの天ぷらが五切れとシイタケ、ナス、ピーマンといった野菜の天ぷら三切れが載せられタレがかかっていた。


【写真4】ナマズの天丼のセット内容 【写真4】ナマズの天丼のセット 全景


 いざ、ナマズの天ぷらを口に運ぶ。唐揚げと同じくカラっと揚がった衣を噛み潰すと、その中からフワッとしたナマズの白身が露わになる。もちろん臭みはなくとても柔らかい。久しぶりの食感である。今回は揚げたてのようで衣は温かかった。季節が冬のためか吉川のそれよりも身は締まっているように感じたが、天ぷらのやや端を掴み持ち上げると、自重で折れてしまうほどの柔らかさである。タレは甘辛、ウナギ料理のタレと同じかは定かではないが、多すぎず少なすぎず丁度良い量であった。完食まで10数分、最後に香の物で締める。腹八分とは言うものの、もう少し量があった方が良かったとは思った。しかし満足度は非常に高い。


【写真5】ナマズの天丼 【写真5】ナマズの天丼近影02 【写真5】ナマズの天丼



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さよなら、みちくさの駅(5)

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 12月14日(木)の「さよなら、みちくさの駅」送別講演会は、1・2年のプロジェクト研究「古民家カフェと郷土料理のフードスケープ」とも連携しており、その課題を開会前に通知しておいた(課題6)。締切は13日(水)だが、いつも一番初めにレポートを提出してくれるYS君から早くも課題が届いたので一番に紹介させていただく。

植林地を環境破壊と感じる感性

問1 「みちくさの駅」に係る動画と藤原店主の講和について感想を述べなさい
 今回の藤原さんのお話を聞いて「みちくさの駅」などの想いを学ぶことができた。私は、岡山県に住んでいて鳥取県に来るときに西粟倉村から北上しくる。そのときに、杉などの人工林(植林地)に囲まれていて緑がきれいな場所だと感じていた。しかし、藤原さんは子供のころは雑木林だったのに、Uターンしてみると植林地に変わっていた。植林は「環境破壊」という感想を語られた。昔は、秋になると紅葉がきれいで、子供ながらに感動するような景色が広がっていたが、植林地に変わったことで、年中緑が広がっているけれども、以前のような感動は得られらくなった。そういう残念な気持ちになるのも納得できた。こういった山間部にしかない魅力も年々環境の変化で減ってきてしまっているのだと実感できた。


1214みちくさ10外観02 1214みちくさ00ご挨拶02店主


 藤原さんは、福原パーキング周辺に「道の駅」を作ろうという地域の盛り上がりがあり、会社を辞めてUターンし、地元で活動してきたが、その計画が進展する見込みがないことを悟り、自らプチ道の駅として「みちくさの駅」を開業した。その行動力や想いがすごいと感じた。この「みちくさの駅」という名前から、「道の駅」になれないけど、小さな道の駅として活動しようとする想いが伝わってきた。今回初めて「みちくさの駅」に来て藤原さんにお目にかかったが、とても人柄がいい人なのだという印象を持った。実際に県外の都市の方からも訪れてくれる人がいることから、多くの人に愛されてきた店なのだと思う。そばカフェ「みちくさの駅」では、手打ちそばと漬物、半殺し餅を振舞っていただいた。手打ちそばは、手打ちならではの、しっかりした歯ごたえのあるそばでとても美味しかった。漬物は、ちょうどよい塩加減で食べやすく、ご飯やお茶漬けの添え物としたらさらにおいしいと思った。半殺し餅は、自慢の「えごまみそ」が辛すぎず甘すぎずちょうどいい味で、癖になるような美味しさだった。半殺し餅という名前の由来も、「半分潰す」から「半殺し」という面白いネーミングで印象的だった。店内の様子は、天井が広く木造でゆったりとした空間が広がっていた。食器は、白いシンプルな色合いに波のような線があるオリジナルの砥部焼(愛媛=奥様の故郷)で、どこか自然を感じるような優しいデザインだった。そういったところにも藤原さんのこだわりを感じた。この「みちくさの駅」は、藤原さんの想いや人柄の良さなどが作り上げたものなのだということを感じることができた。


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狛犬・獅子の細部から作者を予測できるのはおもしろい

問2 駒井さんの講演「鳥取の石造物−獅子と狛犬−」について感想を述べなさい
 私は、神社などにある獅子や狛犬はどれも同じ見た目で代り映えのないものだと思っていたが、地域や時代によって姿形が異なり、奥が深い石造物だということに気づくことができた。獅子と狛犬の違いがあまりわかっていなかったが、立ち位置や口が開いているかどうか、角があるかないかなどの違いがあることも分かった。狛犬には型があり、座っている「座型」や構えている「構え型」に違いがあり、尾が広がっている「なにわ型」や「尾道型」など地域差に驚いた。岡山県に住んでいる私の印象は、地元の近くの神社では、構え型で尾が丸い狛犬をよく見る印象がある。これは、鳥取県西部の狛犬に多い特徴だということが今回の講演で理解できた。もしかしたら座型の狛犬も近くにあるかもしれないので、冬休みの初詣の際、少し意識してみてみようと思った。


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プロフィール

魯班13世

Author:魯班13世
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魯班(ルパン)は大工の神様や棟梁を表す中国語。魯搬とも書く。古代の日本は百済から「露盤博士」を迎えて本格的な寺院の造営に着手した。魯班=露盤です。研究室は保存修復スタジオと自称してますが、OBを含む別働隊「魯班営造学社(アトリエ・ド・ルパン)」を緩やかに組織しています。13は謎の数字、、、ぐふふ。

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