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鞍馬

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重伝建にならなかった伝統的建造物群

 鞍馬天狗や義経でおなじみの鞍馬寺の近辺に形成された門前町です。鞍馬川に沿って北へ向うと、若狭・丹波へ通じる交通の要衝でもありました。8世紀末に鞍馬寺が創建された時点で集落は存在していたといいます。鞍馬寺は毘沙門天を本尊とし、平安時代には王城鎮護の寺として栄えました。藤原時代に浄土信仰が盛んになると、八瀬や大原とともに洛北の浄土として信仰されるようになり、鎌倉時代から室町時代には現世利益を願う福神信仰により毘沙門天の信仰を集め門前集落は発展しました。


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 鞍馬の町並みは、鞍馬川と鞍馬山に挟まれており、地形に従ってうねりながら北へ徐々に上っています。家々はかつて薪炭産業で栄えた面影を感じる立派な造りのもので、中には京都市内で殆ど見られなくなった本卯建をあげた家(↑)も見られるなど、古い家屋が多く残っています。低い2階建てで卯達をあげている滝沢家は鞍馬で最も古い家で、1760年頃に建築された重要文化財です(一番上の写真右)。連なる屋根の上には山の緑、家々の間からは時折鞍馬川の流れも垣間みえます。鞍馬川の水は上手に樋で分岐され街道脇の側溝に導かれ流れています。鞍馬川側の敷地は奥行が狭いためか川ぎりぎりにめいっぱい建てられていました。


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 先生によると、上賀茂は先生が大学3年生のころ京都大学西川研究室の2年先輩が調査し報告書を作成されたそうです。一方、鞍馬は先生より1年上の先輩たちが調査し、4年次だった先生も調査に参加したそうです。そのころ、有名な「鞍馬の火祭り」は一時期中断していたそうですが、いまは10月に盛大に挙行されているとお茶屋のおねえさんに聞きました。
 そのお茶屋で3時の休憩をしました。先生が「ぜんざい、それともみたらし?」と問うと、きぃがただちに「みたらし」と答え、みなでみたらし団子の茶屋に入ったのです。その後、お土産屋さんをぶらついて、鴉天狗のお面を発見したのですが、あまりに高いので購入断念しました。「鴉天狗のマニーさん」遊びに使えるかもとも思ったのですが、残念です。(白帯)


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↑右)甘味処で僕だけスペシャル

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プロフィール

魯班13世

Author:魯班13世
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魯班(ルパン)は大工の神様や棟梁を表す中国語。魯搬とも書く。古代の日本は百済から「露盤博士」を迎えて本格的な寺院の造営に着手した。魯班=露盤です。研究室は保存修復スタジオと自称してますが、OBを含む別働隊「魯班営造学社(アトリエ・ド・ルパン)」を緩やかに組織しています。13は謎の数字、、、ぐふふ。

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