ねずみのニワおばさん ダンボ・ダンボ・ダンボ、ディンボ・ディンボ・ディンボ・・・
昔むかし、その昔。山腹に少数の家々が群をなして建っていました。柳の樹々に囲まれた、静かで、絵に描いたような村です。この村のほぼ全員が何頭かの羊を所有していましたが、すべての羊は貧しい孤児の少女が放牧していました。少女は村の羊飼いです。毎日、少女は羊たちを青々とした松林の近くにある牧草地に連れて行きました。その林には羊たちにとって十分な草と日陰がありました。羊が草をはんでいるあいだ、大きな岩に腰かけて羊毛をつむいだものです。少女は紡錘車を岩から吊り下げ、長い羊毛が巻き編まれてなめらかな糸になるのをみていました。少女はそれを見飽きることはありません。そして、いつでも自分がどれくらい長い糸をつくることができるかを確かめるために、できるだけ下のほうに紡錘車を放り落とそうとしたのです。

ブータンの
紡錘車 毎日、少女は太陽が頭の真上にくるときカプタン(kaptang)の昼食をとりました。カプタンは蕎麦粉か小麦粉と唐辛子ペーストでできた平たい丸型のパンです。太陽が西の山並みにむかって沈みはじめるころ、少女は羊をあつめて村につれて帰ります。少女はくる日もくる日もその仕事をやりました。思い起こすかぎり、それ以前もその仕事をしていました。
さて、ある日太陽が頭の真上にあがり、昼食の時間だとわかったので、少女はいつものとおり、岩の上に腰かけ、糸をつむぎました。そこで少女はトラス(torrath:ランチクロス)をひろげてカプタンをとりだそうとしたのですが、なにもかも手から滑り出て、丘をころげ落ちてゆきました。羊飼いはあわてて岩を発ち、カプタンをおいかけました。ランチクロスは丘をころがり、大きな岩を跳ね越えたり、樹々のあいまをすりぬけたりして、ついには丘のふもと近くまで落ちていきました。
少女がそこにたどりついた瞬間、ランチクロスはねずみの穴に落ちてしまいました。少女はどうしようもなくそこに立ちつくすしかありません。
「ねずみのニワおばさん、カプタンを食べてもいいけど、ランチクロスは返してちょうだい。」
「おまえはどうして下りてこないんだい?」と即座の返事がありました。
「どうやって下りろと言うのよ。穴が小さすぎるわ。」
「ただ目を閉じて、まっすぐ踏み出せばいいの」とねずみは答えました。
羊飼いは目を閉じて、ねずみの穴に足を踏み入れました。たちまち自分がねずみの家に入っていることに少女は気づきました。ねずみは同時に「夜はふけているので、あなたは今夜ここで寝たらどう?」と少女にたずねました。
羊飼いはおどろきはしたものの、提案をうけいれました。それからねずみは、夕食は何が欲しいかを少女にたずねました。羊飼いは、
「私はとても貧しい女の子だから何でも食べられます。
残り物がすこしあれば十分よ。」
と答えました。しかし、ねずみは、王様にふさわしいほど豪華な食事を少女に用意しました。食後、ねずみは少女に「どんなベッドを準備したらよいかね」とたずねました。「ボロ布(きれ)で構いません」と羊飼いは答えました。
ねずみは羊飼いのためにとても快適なベッドを作りました。少女はその夜、やわらかいブランケットにくるまれ、最上級のやわらかい綿の詰まった枕に頭をのせ、ボーデン
【注1】で眠りました。少女が床につく前にねずみは警告しました。夜中に大騒ぎの音がしたり、髪の毛を触られるのを実感するかもしれないけれど、ぜったい起きてはいけないよ、と。なるほど、夜通しねずみの家では、なにかが動く物音があり、少女は髪をひっぱられるのを感じました。
翌朝、少女が目をさますと、ねずみはすでに朝食の準備で忙しくしていました。たくさんの朝ごはんを食べた後、少女は立ち去ろうとしました。そのとき、ねずみはランチクロスを返し、それをポシェットの中におさめました。
「家に帰るまでクロスをひろげないようにね。さあ、目を閉じて!」
とねずみのおばさんは言いました。
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