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登録記念物-摩尼山の歴史性と景観の回復(16)

財産台帳にみる三祖堂

 2014年度の摩尼寺本堂・鐘楼・山門の登録有形文化財申請にあたって参照した「寺院資産台帳」(昭和17年、大雲院所蔵)には、鷲ヶ峰の建物らしき資産記録が含まれていない。その一方で、目録に

  祖師堂 木造瓦葺平屋建 屋根宝形造四方棟
        五・二八坪  享保二年建築ス

という記録が残っている。摩尼寺の場合、祖師といえば、縁起に従うなら円仁(後の慈覚大師)、天台宗の祖師であるならば最澄(後の伝教大師)である。いずれにしても、ここにいう祖師堂が最澄・円仁・空海を併祀する三祖堂の別称である可能性は否定できまい。ただ、昭和36年(1961)建立の現三祖堂は二間四方=4坪であり、台帳にみえる面積5.28坪よりも明らかに小さい(向拝を面積に含めても5坪以上にはならない)。
 それにしても、この祖師堂なる建物の年代が享保二年(1717)とあるのには驚かされる。山上「奥の院」から山麓への境内移設は本山派の大雲院兼帯から安楽律院に改宗する17世紀末~18世紀初のことと推定されるので、現境内成立直後から祖師堂は存在したことになる。しかし、少なくとも、昭和17年の台帳にみえる建築年代の信頼性が高いとはいえないであろう。同じページに記された仁王門を「文禄三年建築ス」と記しているからだ。仁王門は様式上18世紀後半と推定され、文禄三年(1594)まで遡ることはありえない。祖師堂の年代も伝承を鵜呑みにした思い込みによる誤記の可能性がなくもないであろう。
 正月初め、市教委の岡垣くんが大雲院を訪問し、さらに古い財産台帳「寺院所有物明細帳」(明治31年)を読み込み、部分的に写真を撮影してきた。ここに「祖師堂」はなく、「三祖堂」が記載されている。

  三祖堂  桁行二間 梁行二間 坪数四坪 享保三年建設

 面積が四坪(八畳)となって今の三祖堂と一致しているが、建築年代は享保三年(1718)になっている。享保三年については、同台帳に以下の記載もある。

  大雲院二世栄春中興開基ス。享保三戊戌年迄大雲院兼帯寺トナル。同年上月同院第五世
  大僧都観洞之懇願ニ依テ比叡山安楽院ニ属ス。是ヲ以テ観洞和尚ヲ当寺律院ノ開基ト為ス。
  自爾以来天台律宗規則ニ準ジ大僧ノ輪番寺ト為ス也。明治三年御趣意ニ依テ現今ノ境内ヲ
  除クノ外悉ク上地トナレリ矣

 すなわち比叡山の安楽律派に改宗した記念すべき年に三祖堂を建立したことになる。しかしながら、この台帳でも仁王門を文禄三年建設としているので、やはり伝承鵜呑みの可能性がないわけではなかろう。


2011法界場の石仏01
↑↓法界場の石仏群。明和~文化ころのものが多い。
2011法界場の石仏02


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魯班13世

Author:魯班13世
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魯班(ルパン)は大工の神様や棟梁を表す中国語。魯搬とも書く。古代の日本は百済から「露盤博士」を迎えて本格的な寺院の造営に着手した。魯班=露盤です。研究室は保存修復スタジオと自称してますが、OBを含む別働隊「魯班営造学社(アトリエ・ド・ルパン)」を緩やかに組織しています。13は謎の数字、、、ぐふふ。

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