2018年度科学研究費実績報告
ブータン仏教の調伏と黒壁の瞑想洞穴 -ポン教神霊の浄化と祭場-
Exorcism of the Bhutanese Buddhism and Black Wall Meditation Caves
- Purification of Bonism Spirits and their Ceremony Places -
(課題番号:18K04543)
成果概要:
2018年8月28日~9月2日、ブータンを訪問した(第7次調査)。主要なフィールドはプナカのチメラカン寺周辺である。この寺は中世の怪僧ドゥクパ・クンレーが魔女を地下に封じこめたというストゥーパが残り、本堂片隅に護法尊(元は魔女アムチュキム)を祀る。クンレーはチベットの多くの谷筋で自らのファルスにより魔女を調伏し続け、仏教側の護法尊に変えていった。そのためチメラカン周辺では建物の外壁に多くのファルスを描き、仏壇の一部にその木彫を祀っている。こうした傾向は全土で散見されるが、プナカはとくに男根信仰が盛んであることを確認した。また、周辺の崖寺等では、ギュンダップ、ツォメン、ルモなどボン教もしくは民俗信仰と関わる神霊が調伏されて護法尊になっている。パロでは初穂飾チャを仏間に祀る農家もあり、ブータンの宗教世界は決して仏教のみで理解できるものではない、との思いを強くした。
一方、仏教寺院の成立年代に関する調査も進めており、パロ地区シャバ村の建物跡(廃墟)の版築壁から採取した木片(心材型)は14世紀に遡る古い炭素年代を示した。2016年に近隣の版築壁跡から採取したサンプル(辺材型)は15世紀前半~中頃であり、今回のサンプルは心材型なので両者の年代に矛盾はない。いずれにしても、国家形成期以前から本堂を伴う寺院が存在した可能性は高いと思われる。
9月12日~19日には西北雲南(旧チベット領カム地方)を訪問した。ブータン国教の開祖パジョの故郷であり、金沙江以北の谷筋は生態系が西ブータンに近似する。奔子欄の東竹林寺では、本堂に大きなルモ(地下大魔王)の浮彫が掲げられていた。調伏された護法尊である。物質文化の中ではマニタイと呼ばれる卒塔婆に注目した。徳を積むため基礎の石板に吉祥の文字を刻む小塔であり、死者が出ると作るというので、賽の河原(日本)の回向の石積塔を思わせる。今後の重要な研究課題である。
キーワード:
ブータン チベット仏教 ボン教 調伏 護法尊 ファルス 西北雲南 マニタイ
今後の課題:
ボン教系の神霊が調伏されて仏教側の護法尊になっている状況を多く確認した一方で、それがどのような修法によりなしとげられるのかについてはあまり情報を得ていない。悪霊・魔女等の調伏は、崖寺の山上に立地する黒い壁の洞穴ドラフでの瞑想によってなされると聞いているので、今後はその実態について僧侶等からヒアリングしていこうと考えている。また、民話関係の専門書から、ボン教もしくは民俗信仰系の神霊に係る情報をぬきとって集成し、ブータン人の自然観と宗教観をあきらかにしていきたい。
ブータンと文化的・生態的に近い西北雲南で良好な情報が得られたので、今後はおなじ旧チベット領カム地方の四川省甘孜チベット族自治州を訪問し、金沙江の対岸におけるチベット仏教の状況も概観して、西北雲南およびブータンと比較したい。
Exorcism of the Bhutanese Buddhism and Black Wall Meditation Caves
- Purification of Bonism Spirits and their Ceremony Places -
(課題番号:18K04543)
成果概要:
2018年8月28日~9月2日、ブータンを訪問した(第7次調査)。主要なフィールドはプナカのチメラカン寺周辺である。この寺は中世の怪僧ドゥクパ・クンレーが魔女を地下に封じこめたというストゥーパが残り、本堂片隅に護法尊(元は魔女アムチュキム)を祀る。クンレーはチベットの多くの谷筋で自らのファルスにより魔女を調伏し続け、仏教側の護法尊に変えていった。そのためチメラカン周辺では建物の外壁に多くのファルスを描き、仏壇の一部にその木彫を祀っている。こうした傾向は全土で散見されるが、プナカはとくに男根信仰が盛んであることを確認した。また、周辺の崖寺等では、ギュンダップ、ツォメン、ルモなどボン教もしくは民俗信仰と関わる神霊が調伏されて護法尊になっている。パロでは初穂飾チャを仏間に祀る農家もあり、ブータンの宗教世界は決して仏教のみで理解できるものではない、との思いを強くした。
一方、仏教寺院の成立年代に関する調査も進めており、パロ地区シャバ村の建物跡(廃墟)の版築壁から採取した木片(心材型)は14世紀に遡る古い炭素年代を示した。2016年に近隣の版築壁跡から採取したサンプル(辺材型)は15世紀前半~中頃であり、今回のサンプルは心材型なので両者の年代に矛盾はない。いずれにしても、国家形成期以前から本堂を伴う寺院が存在した可能性は高いと思われる。
9月12日~19日には西北雲南(旧チベット領カム地方)を訪問した。ブータン国教の開祖パジョの故郷であり、金沙江以北の谷筋は生態系が西ブータンに近似する。奔子欄の東竹林寺では、本堂に大きなルモ(地下大魔王)の浮彫が掲げられていた。調伏された護法尊である。物質文化の中ではマニタイと呼ばれる卒塔婆に注目した。徳を積むため基礎の石板に吉祥の文字を刻む小塔であり、死者が出ると作るというので、賽の河原(日本)の回向の石積塔を思わせる。今後の重要な研究課題である。
キーワード:
ブータン チベット仏教 ボン教 調伏 護法尊 ファルス 西北雲南 マニタイ
今後の課題:
ボン教系の神霊が調伏されて仏教側の護法尊になっている状況を多く確認した一方で、それがどのような修法によりなしとげられるのかについてはあまり情報を得ていない。悪霊・魔女等の調伏は、崖寺の山上に立地する黒い壁の洞穴ドラフでの瞑想によってなされると聞いているので、今後はその実態について僧侶等からヒアリングしていこうと考えている。また、民話関係の専門書から、ボン教もしくは民俗信仰系の神霊に係る情報をぬきとって集成し、ブータン人の自然観と宗教観をあきらかにしていきたい。
ブータンと文化的・生態的に近い西北雲南で良好な情報が得られたので、今後はおなじ旧チベット領カム地方の四川省甘孜チベット族自治州を訪問し、金沙江の対岸におけるチベット仏教の状況も概観して、西北雲南およびブータンと比較したい。