再訪ー蘇州古典園林(4)


北海道の上海蟹
昨日の夕食のメインディッシュは北海道産の蟹であった。単価280円の蟹を二枚、近くのコープで仕入れたのだ。毛ガニだが、海産ではなく、川の毛ガニ、つまり上海蟹の類である。大の好物であり、おまけに安価でもあり、無意識に手がのびた。サイズは北海道産のほうが一まわり大きい。プラスチック容器の中で蟹は動いていた。帰宅して家族は呆れている。動く蟹をみて驚き、だれも近づこうとしない。もちろん、わたしが調理するしかない。料理酒にショウガの皮を何枚もほうりこんで蒸すだけなのだが、動いている蟹の洗浄に苦労した。シンクに蟹を解き放す。水道の蛇口を回転させながら、水をふりまく。水を得た蟹である。元気を取り戻して、なかなかつかまらない。畢竟、わたしの右手親指は大爪の餌食となった。痛かった。なんとかいったんプラスチック容器に2枚の蟹を戻して、酒の入った大鍋にまるごと放り込んで蓋をする。酔蟹である。あとは火をつけるだけ。

蟹には白ワインが合う。その夜、ワインは1本もなく、摩無志(まむし) という宮崎の芋焼酎をロックにして淡水毛ガニをしゃぶった。極楽、極楽。調べてみると、上海蟹の和名はチュウゴクモクズガニといい、中国では「大閘蟹」が通名で、上海語ではドゥザッハと呼称する(おそらく蘇州語もこれに近い)。驚いたことに、中国有数の珍味として知られる上海蟹は世界中で繁殖の傾向をみせており、「世界の侵略的外来種ワースト100」にランクインしている。あないに美味のもの、繁殖したら乱獲して食いまくれば済むのにね。開高健がアマゾンの蟹をたらふく食べたように、蟹の殻を山のように積み上げながら、白ワインを脇においてむしゃぶりつきたい。外来種と危険視されているが、北欧などで養殖が始まり、輸出品になっているという。日本でも東北で同じような試みをしていると聞いたが、まさかの北海道産を奈良で発見し、自ら調理して家族と食べるなんて・・・コロナ禍のなかコープを訪れた大半の客は北海道産の淡水毛ガニが中国でいかに高価で珍味な食材なのか、ご存じないであろう。

陽澄湖のドゥザッハ
昨年11月11日の蘇州、朝から腹を下していた。食中毒ではなく、疲労からくる(習慣的な)下痢である。いつぞやの三徳山登拝では同じ症状で雉打つ失態を招いたが、正露丸を車に置き忘れたため瀕死寸前まで陥った。海外には必ず小瓶2本もっていく。もちろん朝から多めに服用していた。昼食は粥でも啜ればよいのだが、なにせ江南に来ている。好物の上海蟹が脳裏の片隅から消えない。おまけに、上海蟹の最も有名な産地は、蘇州の陽澄湖なのだ。昨夜から町歩きをしていて、市場の水槽に蟹が溢れているのをしっかり確認していた。蟹が腹によいわけはない。しかし、蟹をしゃぶりたい。わたしはこの誘惑に負けた。ドライバーに頼む。昼食はドゥザッハを食したい、と。ドライバーは答える。まともなレストランで蟹を注文したら、小さいの2枚で200元(約3,000円)以上とられるぞ、と。わたしは即座に言い返す。それでもいい、と。
