中国道蕎麦競べ(10)-大和最上級コース


一如庵 ★★★★★
奈良に住んで35年以上経つが、こんなに美味いものを食べたことがない。私個人の独断ではありません。三人が口を揃えた共通見解です。誇張でもなければ、冗談でもありませんよ。
下の写真は、宇陀の山中にある「蕎麦・菜食 一如庵」で最初に卓に置かれた茄子のお寿司です。正式なメニュー名は「大和菜寿司(季節野菜の箱寿司)」であり、訪問した19日における季節野菜(大和菜)が茄子であったということ。この茄子がいわゆる「大和丸なす」なのか別の地元種なのかはよく分からない。ともかく身が蕩けるように柔らかく、皮付きの茄子をひっくり返しているのだが、食感だけでは皮はあってなきが如し。この柔らかさは、そうだな、敢えて類似の品をあげるとすれば、バルせロナのバールで食したパプリカのお惣菜に似ている。あれも異常に美味しい前菜であった。


中国道の旅から戻った勢いで、連日奈良や木津川の街中蕎麦屋の暖簾をくぐったものの、正直、落胆の念を禁じ得なかった。そういう気持ちを我が家のシェフ、つまり息子に伝えたところ、「いや宇陀に凄い蕎麦屋があると先輩に聞いている。ミシュランの一つ星を取ったらしい」というではないか。というわけで、性凝りもなく、宇陀の蕎麦屋探訪に出かけることを即決した。もちろん予め電話をした。神鍋の床瀬そばと同じく、コースはソールドアウトだというが、単品なら可能ということで、3人の席だけとってもらい、そそくさと家を出る。奈良の場合、北から南への移動は渋滞が激しく、時間がかかる。いったん24号線に乗ったものの、これでは予約の時間に間に合わぬということで、大きく県庁方向に舵を切り、紀寺から東に折れて山道を40分ばかり走行した。

やはり田舎道はいい。風景麗しく、信号少なく、空気が澄んでいる。こういう場所でなければ、美味い蕎麦を食えないと経験的に分かるのである。宇陀市榛原の自明という集落に着いたのは、予約の10分前、ちょうどよい時間であった。まっさきに家内が杖歩行者であることを告げる。主屋の裏側にツノヤを新築してあり、そこを身障者用の土間・テーブル個室にしている、というので大変喜んだ。こういう配慮も、ひょっとしたらミシュランの評価対象なのかもしれない。その部屋でじっくり昼食をいただいた。

一品めは茄子のお寿司、二品めは「季節野菜の天ぷら」、三品めは各自一枚ずつ「もり」をたいらげた。この店には大盛りという概念がない。大目に食べたければ一枚追加するしかないというので、そうしようとしたところ、お給仕の女性から「辛味おろし」の冷やしぶっかけにされたら如何でしょうか、と薦められた。さらに、そばがきも注文した。もりとそばがき以外の3品には共通する食材を使っている。茄子である。おろしぶっかけの中にも長めの茄子が入っていて、やはり蕩けるような柔らかさに仕上げていた。スダチしぼりの爽やかな酸味の効いたぶっかけであった。また、天ぷらには定番の海老など海鮮をいっさい含まない。正真正銘の菜食天ぷらである。「これは精進料理ですか」と訊ねたところ、給仕の女性は「お出汁に鰹節は使っています」と恥かしそうに答えられた。いいじゃないですか、動物アレルギーさえなければ、出汁ぐらい誰でも許しますよ。
