復元検討web会議(第5回)

8月22日(金)午後、第5回復元検討web会議を開催した。第4回の方向性を収斂させる段階を迎える段階にきている。細かい問題はあるが、主案については、ほぼ構想が固まったので正式に図化・CG化に取り組む。
1.円形建物
栄山寺八角堂をベースとするオーソドックスな復元手法をとる「主案」と、興福寺北円堂等後世の八角堂を意識した「副案」の2案を提示する。活発な議論が交わされた。
1-1 主案(A案): 栄山寺八角堂ベース案
主案は古代建築の類例を尊重する復元案である。古代建築史からみて妥当な復元がなされるわけだが、見方を変えるならば、ワンパターンに陥りかねない側面もある。また、法隆寺西円堂の外観がそうであるように、正面の向拝(円形建物では裳階)ばかり強調されて、低平な八角堂が目立たないという外観上の短所がないとはいえない。以下2案をバリエーションとする。
A-1)裳階土庇:桧皮葺き、基壇平面:十六角形、土庇柱間装置:建具なし
A-2)裳階土庇:板葺き、基壇平面:八角形、土庇柱間装置:建具あり
最も基本的な問題として、遺構図と建物平面図のずれが顕著に認められた。これについては、基壇の出を短くする以外にないので調整する。遺構の検出状況に合わせて基壇の出をひとまわり小さくするが、基壇高は階段一段分高くする。
1-2.副案(B案):興福寺北円堂を意識した案
八角の屋根を強調する案。天平期の類例はないが、興福寺北円堂が天平期の外観を踏襲しているとして、隅の組物を尾垂木のない三手先とした場合、野小屋とはね木のない奈良時代の構法でおさまりえるか、について検討した。会議では否定的な発言が多く、東大寺法華堂正堂の出組を採用するのが限度だという意見に傾いたが、会議後、有志で検討したところ、唐招提寺金堂と薬師寺三重塔の三手先のディテールを応用すれば可能ではないか、という発想を得たので、少し時間を要するが再検討することにした。また、土庇の架構については、貧相な掘立柱に繋虹梁を使うのは大げさであり、繋虹梁の高さも低くなるので、思い切って繋虹梁を省略し、民家建築に多用される登梁を採用する。(Mr.エアポート)
