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みどりの眼鏡

緑のメガね


ピーター・クックのように

 わたしは眼鏡をよくなくすし、壊したりする。そのたびにパリ三城に直行する。先月の大杉訪問の後、暗闇の駐車場で眼鏡がホルダーからするりと抜け落ちてしまい、いくら捜してもみつからなかったので、遠近両用を電話で予約注文したところ、その直後に「眼鏡発見」のメールがあり、拍子抜けした。地面に落ちていた眼鏡は健常であり、注文をキャンセルしようと思ったのだが、考えなおした。遠近両用のサブがあってもいいじゃないか。ただし、普通のデザインではつまらないので、「緑のメガネ」を注文することにした。
 ピーター・クックのことを思い出したのである。ピーター・クック(1936-)は、イギリスの前衛建築家であり、私が学生時代は「アンビルト・アーキテクト」を標榜するアーキグラムの代表であった。「建設しない建築家」とは、つまり、図面は描くけれども実物の建築は建設しない設計者のことである。べつに、私はピーター・クックに心酔していたわけではないけれども、お洒落な彼がかけていた緑のグラスに目を奪われていた。一度でいいから、ピーター・クックのような眼鏡がかけたいと思っていた。手にとるまで結構時間がかかった。店長が探し回り、日本で4本しか在庫のない品を取り寄せてくれた。値段は16,000円。遠近両用としては格安である。
 上の写真が買ったばかりの眼鏡である。初見では皆笑う。やっぱりよくない、というか、似合わないのかなぁ、と思って、「これつけて授業するとまずいですか?」と問うと、皆から「いや、似合ってます」との太鼓判を頂戴している。まぁ、余生も短いので、やりたいことをやります。
 ちなみに、今年はテレビ出演がままあり、次ぎの放送では必ずこの緑の眼鏡で出演しようと思っている。店長は必ず事前連絡してくださいと言って笑った。




ノルウェイの森(2)

 ビートルズのモーダルな名曲「ノルウェイの森」のコード進行を解読するユーチューブのチャンネルを発見し、恥ずかしながら実名でコメントしてしまった(第1コメントのリプライの2番目)。
https://www.youtube.com/watch?v=cT7h-cW79fc
 この番組のホストは、「ノルウェイの森」のBメロ(サビ)のコード進行が理論上、分かりにくい奇抜なものだとして紹介しているが、私はそんなふうに思えなかった。
 3拍子の曲(あるいは6/8)。キーをDとして、Aメロは

D/D/D/D/ D/C/D/D

を2度繰り返す。ここでのC(赤字)は、後で述べるように、DキーのⅤ7にあたる A7 の代理コードとして捉えることができる(コードCの構成音はCEG、コードA7の構成音はAC♯EGでEGが一致)。サビにあたるBメロのコード進行は以下のとおり。

Dm/Dm/Dm/Dm/ G/G/G/G/
Dm/Dm/Dm/Dm/ Em/Em/A7/A7(→D)

 このBメロのキーはあきらかにDでもDmでもなく、さて何なのか、という疑問を結構ながい時間をかけて番組では解き明かしているが、わたしは、上のコード進行をみた瞬間、キーCへの転調だと理解した。Dm→Gの展開がCのドミナントモーション(Ⅱ→Ⅴ)であり、それがキーDのドミナントモーション(Em→A7)を経由してAメロ・キーのDに回帰するという進行と考えれば何の問題もない。
 Bメロの構造は以下のように解釈できる。

①Dm→G (キーCのⅡ→Ⅴ)
②Dm→Em(EmはGの代理コード)*コードEmの構成音はEGB、コードGの構成音はGBDでGBが一致
③Em→A7(キーDのⅡ→Ⅴ7でDに収束)

 それでは、なぜDキー(Aメロ)からCキー(Bメロ)への転調が違和感なく聴こえるのかと言えば、AメロでDのⅤ7(=A7)の代理として使ったCコードが効いているからだと思う。Aメロの代理コードで使ったCコードがBメロの隠しドミナントになっているのではないか、ということである。



↑曲題の Norwegian Wood を「ノルウェイの森」と訳したのはさてどうかな、とも思いますね。誘われて入っていった女性の部屋が Norwegian Wood だったというわけですが、これは「ノルウェイ産木材(の家具)」ということです。そもそも森は複数形のWoodsであり、単数形 Wood の原義は「木」ですからね。ただし、ノルウェイ産木材の家具が群れるように配置されている風景を「森」の暗喩として表現したというのなら理解できないでもないし、良いタイトルだと思うのですが、歌詞の内容とはなかなかかけ離れています。ただし但し、「森」という言葉には弱いの・・・

みちくさの駅 ゼミナール(3)

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落ち着きながら新しい体験ができる店

*経営者: 藤原さん
*店主経歴: 智頭町福原出身。34年間建築の現場監督に加え、土木関係の仕事をしていた。53歳の時に会社を中途退職し、十数年前に福原にUターン。戻ってきた年から蕎麦、野菜の栽培を休耕田で行うようになった。趣味で始めた農業だったが、仕事である木工作業よりも力が入ってきたため、野菜やそばを無駄にしないようにするため「みちくさの駅」を経営し始めた。人が集まる場所、農作物を販売する場所という目的で設立した。5年前(2016年8月)に田んぼを買い取り建てる。
*建物構造: 「みちくさの駅」のデザインは山小屋風(日本建築を意識していない)。以前、農林水産省の推進で智頭杉が智頭町に植えられるようになっていた。このブランド杉である智頭杉を利用して建てた。冬の間、多い積雪に対応した造りになっている。藤原さんの意向で、はりぼてよりも素材を活かした構造になっている。
*店のコンセプト: おいしい蕎麦が食べられるカフェをコンセプトにしている。蕎麦の横で地産の紅茶やスイーツを食べてもおかしくない空間を目指す。
*経営状況: コロナが流行した当初(2020年)、6~8月は経営難に陥った。最近では、都会の人が訪れるようになった。また、鳥取市内に住む県内の客も増えた。1~3月は雪の影響を考え閉店している。
*立地: 山間部に立地しており、近くには渓水が流れている。
*内装: 骨組の杉や松が見えており、吹き抜け。建物全体が木造であるのが内装から確認できる。
*蕎麦: 地産の蕎麦粉を利用している(一部は那岐産で補う)。17~18%をつなぎとして小麦粉を使用している。蕎麦と小麦粉は10:2の割合。


みちくさ森02


 今回、「みちくさの駅」を訪れて、第一に感じたのは「落ち着く」ということだ。窓から見える山林の景色と、内装、蕎麦が非常によくマッチしている。藤原さんは、一級建築士の資格を持っており、「みちくさの駅」の設計も藤原さん自身の仕事だ。蕎麦をのせる皿も藤原さんのこだわりが見える。愛媛県の砥部焼を使っている。皿も藤原さん自らがデザインしている。絵付けはしない。料理よりお皿が目立ってしまうからだと言う。カフェというコンセプトでありながらも統一感があるため、落ち着くのだと分かった。しかし、カフェという洋のコンセプトでありながら違和感がなく、紅茶やワッフルといった洋食と和食の蕎麦がマッチしているのは不思議に思った。


みちくさ森03


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みちくさの駅 ゼミナール(2)

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蕎麦に徹底したグルテンフリーの山小屋カフェ

 「みちくさの駅」は、鳥取県八頭郡智頭町の鳥取自動車道・福原パーキングエリアの隣に位置している。福原パーキングエリアは無人である。周辺は智頭杉林に囲まれており、傍らには千代川上流の智頭川の源流が流れている。建物は山小屋のようであり、智頭杉など地産の木材が使われている。店主の藤原さんが自ら設計された。
 藤原さんは関西の建設会社に勤められていたが、地元である智頭町を活性化させたいとの思いから、52歳の時にUターンされた。地元の木材を使った木工製品を手掛けながら畑で野菜やそばの実を栽培されており、Uターン当初は蕎麦を提供すると思っていなかったそうだ。畑が年々大きくなり、木工よりも主になってくると、「作ったはいいが、できたものをどうしよう?」という状態になり、地元の人にお店を構える気はないか訊ねて回ったところ、誰も構えようとはしなかった。そこで藤原さんは「無いなら自分で作ろう」と、道の駅のように人が立ち寄ることのできる「みちくさの駅」を建てられたそうだ。


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 店内に入るとパンフレットや木工製品が並べられており、道の駅のような雰囲気である。2階のアトリエのような空間にも木工製品が並べられている。奥には飲食スペースが構えられており、窓からは智頭杉林を眺められる。また壁沿いにピアノが置かれており、カフェの雰囲気が漂っている。席はカウンター3席と8人がけの大テーブル、4人がけの小テーブルが設けられている。器には愛媛の陶磁器「砥部焼」を使っており、選ばれた所以はテレビでたまたま砥部焼の映像が流れていて、「これにしよう」と思ったから。


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みちくさの駅 ゼミナール(1)

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 11月11日(木)、といえば、父の命日ではないか。P4の活動の一環として、智頭町福原のそばカフェ「みちくさの駅」を訪問し、店主のお話をうかがいました。学生レポートの第1弾をお届けします。

コロナの功罪

 みちくさの駅は、蕎麦屋ではなく「そばカフェ」である。コンセプトは「おいしい蕎麦が食べられるカフェ」。1級建築士の店主が一から構想し建築された建物は、まるで山小屋のような雰囲気がある。店主は52歳のとき、関西の建設業界から足を洗い、故郷に戻ってきた。初めのころ、店主は木工品づくり、奥さんはパン教室をおこなっていた。しかし、休耕田を利用した蕎麦の栽培に取り組むようになり、みんなが集まれる場所を作るという目的を実現するため「みちくさの駅」を作ることにした。
 みちくさの駅の周りは自然豊かという言葉がぴったりである。お店のすぐ横には渓流が流れており、空気はとても澄んでいて、周りは紅葉の山で囲まれていた。建物は木造であり、周りの雰囲気とてもよくあっている。


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 みちくさの駅を初めて1年目は手探りで、リピーターも少なく、認知度も低かった。しかし、だんだん知られるようになり、工夫を重ねてお客さんが来てくれるようになった。そんなか、新型コロナウイルスの影響で客足が急激に減り、2020年の5~6月は休店せざるを得なかった。その後、Go to Eat が始まり、都市部からのお客さんが増えた。冬は路面が凍結することもあり、1~3月は閉鎖していた。2021年4月に再開した時にはとても好調であったが、5~7月にコロナがひどくなり、お店の状況はとても厳しかった。9月ごろから少しずつ安定してきて、今は平日20食以上用意しなければ足りなくんるほどになった。このような話を聞くと、コロナ禍の中で飲食店を続けていくことは本当に大変なことであると感じた。しかし、みちくさの駅は山中にあることでコロナ禍でもお客さんを集めることができた。なぜなら、コロナ禍の中で都市部の飲食店通いを控える人が少なくなく、感染の危険性が低い山里を訪問してくれるからである。コロナの影響で、マイクロツーリズムがとても盛んになったと言える。お客さんが集まる要因はそれだけない。「みちくさの駅」の蕎麦がおいしいからこそ、リピートする人が多いのだと感じる。


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山寺門前の茶そば -1年生と摩尼山へ

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象のいる本堂

 11月4日(水)、鳥取市覚寺に境内を構える摩尼寺とその門前の門脇茶屋を訪れた。まさに「山中」と言える場所にある。着いたらまず、茶屋の奥にある広いお部屋に案内してもらい、いろいろお話をうかがった。この店は山菜料理の茶屋で、割烹風の定食が有名だが、一品料理で有名なのは柚溝のこんにゃく田楽と茶蕎麦である。前者は串刺しにされたこんにゃくに、甘くて柚の入ったお味噌がたくさんかかっている。お味噌が甘いながらも柚の風味がしてさっぱりしている。このメニューは、お持ち帰りもできるため、お土産に買って帰ると喜ばれること間違いなし。茶蕎麦は鰹出汁に、きれいな緑色の細い茶蕎麦が入っており、その上には一枚のヨモギの天ぷらがのっている。お出汁がとても透き通っているため、見た目がきれいなお蕎麦である。予想以上に、抹茶の香りや味が強いという。普通のお蕎麦とはかなり違った印象を受けたが、いつものお蕎麦よりも日本を感じる古風な感じがして、とてもよい。畳座敷からは、美しい自然を眺めることができた。渡り廊下には絵が飾られていたり、玄関には様々な人形や小さい家の置物など、食以外にも魅力的なものがたくさんあるお店であった。


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 茶屋の調査を終え、摩尼寺の参道を駆け上がった。茶屋から境内に上がるまでの階段は、とてつもないくらい段数がある。本当に疲れたが、登り切った時の達成感がすごかった。途中にある任王門は、県の保護文化財に指定されている貴重な門で、初層の左右には金剛力士像が安置されていた。迫力があった。二階建で、帰り時には頭をぶつけないよう慎重に2階まで上り、写真を撮った。門の上層に上るのは初めての経験だった。上るとき少し足がすくんだが、上り切った後に見ることができる、木々に囲まれた長い階段は美しかった。お寺には、私たちのほかにも大きな犬を連れた夫婦がおられた。とても気さくな方々で、少しお話ができてよい気持ちになった。お寺の住職(代理)もとても優しくて親切な方で、私たちを笑顔で出迎えてくださった。
 決して派手なお寺ではなく、静かで、いるだけで心が安らぐような場所だった。本堂は、細部まで丁寧に彫られている彫刻がされていた。ここでお参りをした後、しばらく敷地内を歩いた。閻魔様がおられる閻魔堂を覗くと、閻魔大王が堂々と座られており、その迫力に圧倒された。奥の方に行くと、また石段があった。そこを上ると、第二の本堂ともいわれる善行寺阿弥陀如来堂があった。こちらも、象の彫刻など珍しい動物が彫られていて、よく見れば見るほどもっと詳しく知りたいと思うような建物であった。一つ一つの建物ももちろん素晴らしいが、何といっても、周りの美しい自然が織りなす静けさの中にお寺があるというところが、他のお寺にはない素晴らしい魅力だと思った。特に紅葉のシーズンはおすすめである。プライベートでも、心を落ち着かせたい時などに訪れたいと思う。(1年SR)


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四度目の大杉(3)ー学生レポート

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生まれ変わることができれば

 養父市大屋町大杉地区は、三階建養蚕農家が11.1ヘクタールに広がり、2001年に「景観形成重点地区」に指定された。また、この範囲の中で大屋川左岸に広がる約5.8ヘクタールが、2017年に「重要伝統的建造物群保存地区」に登録されている。大杉地区は養蚕集落であり、明治期では海外へ生糸を輸出するなど最盛期を迎えた。昭和期には三階建養蚕農家住宅は一般的な住宅建築となり、現在でも当時からの住宅が改修されながら残っている。
 一階は生活空間、二階と三階が蚕室とされ、壁は温度・湿度調節のために土壁で造られた。屋根に抜気、四面の壁には掃き出し窓が設置された。住宅の造りは二種類があり、柱の見えない大壁造と柱の見える真壁造に分かれる。当家主屋において、大屋根は切妻であるが、東面二階上部は瓦庇が掛けられており、外観構成の変わるこのような屋根の構造は大きな特徴である。改修・増築された家屋は、景観維持のため土壁が使用されたり、地盤が強いため耐震補強が行われたり、住み心地を守るため床暖房や二重窓などが設置されている。


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 住宅の空き家を活用して彫刻や陶芸の展示が行われていたり、分散ギャラリー養蚕農家の中では芸術品が飾られたりするが、芸術のみでは町の持続可能性は難しいと河辺さん(建築家)はお考えであった。過疎地の後継ぎ不足は重要な問題であり、新たな解決策が必要になると思った。国選定を受けた保存地区に活気が戻ることを願う。
 全体的に山根さん(教委)のお話は、養蚕農家住宅の歴史が古い、というものであった。江戸時代や大正時代からの伝統的な住宅、奥山川など当時の生活様式が分かる自然物が、ほとんどそのまま残っていることに感動した。また、当時からの住宅における短所は改善し、長所は活用する姿勢が素晴らしいと感じた。


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四度目の大杉(2)ー学生レポート

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めざすは移住か観光か

 兵庫県の北部に位置する養父市大屋町大杉地区は、但馬地域の中でも標高が高い大屋川の流域で古くから養蚕をおこなってきた集落である。耕地が少ない山間部の大杉地区では、江戸時代後期頃から養蚕や家内製糸を主とした産業が盛んになり始めた。明治時代には群馬県の養蚕教師により新しい養蚕技術や瓦葺の養蚕住宅が普及し、全国で見ても比較的早い段階から多くの器械製糸場が操業していた地域である。特に明治時代後期はその最盛期を迎え、大杉地区をはじめとする養父市内全域で木造三階建の養蚕農家住宅が広く普及した。養父市の養蚕業自体は平成3年で終了しており、現在は市の養蚕記念館でのみ蚕の飼育を伝承している。 しかし、大杉地区の特徴的な木造三階建養蚕農家住宅と谷川の水を生活に活かし
た集落の風景の歴史的・文化的価値が認められ、平成13年に兵庫県の歴史的景観形成地区、平成29年に国の重要伝統的建造物群保存地区に選定された。
  大杉地区の養蚕民家の多くは二階または三階建の木造建築で、切妻造と瓦葺の屋根が特徴である。より多くの蚕を飼育するため、もともとは二階建だったものを棟上げし、増築した痕跡が現在も残っている住宅がある。一階は居住スペース、二階・三階は蚕室として使われており、掃き出し窓と土壁によって温度と湿度を適切に保てる造りになっている。


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 大杉に暮らす建築家、川辺さんの話を聞いて、大屋大杉などの伝統的な日本家屋の雰囲気を壊さないようにしつつ、建築基準 法を守って一階天井(二階床)を骨組みだけ残して取り払うという設計がとても粋だと感じた。川辺さんは、日本の木造古民家の雰囲気をとても大切にしており、耐震の補修もその良さを損なわないように注意を払いながらおこなっていることがとても尊敬できると思った。私も自分の住む地域の文化に誇りを持って仕事を したい。
 養父市教育委員会の山根さんは、お話の中で何度も「伝える」「守る」という言葉を使われた。建造物としての三階建古民家だけでなく、古くからそこに住んでいた人々の暮らしや養蚕文化、さらに集落周辺の自然環境までも大切にしたいという思いが伝わってきて、とても素敵だと思った。山根さんたちのような昔を知る人が、私たちのような昔を知らない若者に文化や暮らしを継承していくことが、今の日本に必要な事のように感じた。


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四度目の大杉(1)ー学生レポート

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 今年の人間環境実習・演習A(2年次オムニバス)は、以下のような2コマのカリキュラムを組みました。

10月19日(第4授業)
「カールさんとティーナさんの古民家村暮し(冬春篇2021)」鑑賞
10月26日(第5授業)
養父市の重伝建「大杉」の訪問

 第5授業の準備は9月から始めましたが、当時の感染状況からみれば実現するとは到底思えませんでした。9月下旬からの急速な感染源により実現したことに驚きを禁じえなかったですね。それでも、密を避けるため、バスは定員の半数以下の乗車になるので、中型バス2台、小型バス1台の計3台をチャーターして高くつきましたよ。車3台なので、1台に一人の点呼者が必要なので、ゼミから滅私くんと飛来くんに参加してもらいました。感想レポートは上出来でした。建築に興味がある学生は少ないけれども、「過疎社会の問題」となると話が変わってくるからえ。今回は、優秀作を2~3作掲載します。


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田舎暮らし、古民家暮らしに魅力を感じている自分

 養父市大屋町の大杉地区は重要伝統的建造物群保存地区に選定されている。三階建養蚕農家の近代の集落である。養父市には495戸の三階建養蚕住宅がある。三階建養蚕住宅は全国的にみても数少ない建物だ。大杉地区は、二階建と三階建の養蚕住宅が混在した集落景観をなしており、養蚕業の最盛期の状態を保っている。二階建てや三階建ての住宅には、切妻造瓦葺屋根に抜気(ばっき)と呼ぶ大型の越屋根(換気装置)があり、外壁は柱が見えない大壁づくりとして、長方形の掃き出し窓が採用されている。現在では空き家となった建物が多いが、一部は宿泊施設などに活用されている。


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 大杉に暮らす建築家、河辺さんのお話の中で最も印象に残っているのは、「コロナ禍だからこそ都会と田舎での暮らし方の違いがさほど出ないことから、大杉の住宅を活かしてほしい」ということだ。私にはコロナが流行し始めてから、生活に関してデメリットしかないと思っていた。リモート授業になって、自由に外出が出来なくなって、帰省することも困難になった。しかし、デメリットばかりだと思っていたのは、私自身が田舎に住んでいたために感じたことなのだと分かった。都会に住む人は、人が多い暮らしから離れたいと考えている人も少なくはない。実際に都会に移住した知人に話を聞くと、コロナ流行後には外出が少なくなり、田舎に住んでいたころと生活はあまり変わらないため、田舎に帰って仕事をしたいと言っていた。コロナを通して田舎の良さに気付くことが出来るのかと思った。コロナを期に田舎での暮らしに憧れを抱く都会の人々に大杉での暮らしの魅力を伝えていくべきだと感じた。
 養父市教育委員会の山根さんの話を聞いて、やはり、過疎化地域では空き家の問題が深刻化しているのだなと感じた。住宅の後継人や跡継ぎが減ることにより空き家が増えている。空き家は地震などの自然災害が発生したときに二次被害として多大な被害を及ぼす。だから、空き家問題は早急に解決するべき問題だと感じた。また、重要伝統的建造物であるため、大杉地区の住宅の魅力を発信することができれば移住者が現れ、空き家問題の解決に貢献できるのではないかなと感じた。


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プロフィール

魯班13世

Author:魯班13世
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魯班(ルパン)は大工の神様や棟梁を表す中国語。魯搬とも書く。古代の日本は百済から「露盤博士」を迎えて本格的な寺院の造営に着手した。魯班=露盤です。研究室は保存修復スタジオと自称してますが、OBを含む別働隊「魯班営造学社(アトリエ・ド・ルパン)」を緩やかに組織しています。13は謎の数字、、、ぐふふ。

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