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マカオの切支丹-茨林囲への途(2)

 「茨林囲への途」連載(1)でお知らせしたように、マカオ都市大学の李先生から、茨林囲に係る4つの情報①~④をご教示いただいた。このうち①と③は動画であり、②と④が文献情報である。今夜は、④のネット資料を翻訳して紹介する。
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マカオの日本人キリシタンとポルトガル宣教師 茨林圍01街路表示


④茨林囲のジャガイモ-コロンブス大交換の物語

 マカオの名勝地、聖ポール天主堂跡の裏手に「茨林囲」という地名がある。16世紀末、日本でカトリックの布教が禁止され、信者が迫害された際、日本を逃れてマカオに移り住んだ信者がいた。彼らは聖パウロ神学校の裏手の空き地に住み、食料としてジャガイモを栽培していた。こうしたことから、この地名がついた。しかし、なぜ日本人は米や他の作物ではなく、ジャガイモを植えたのか、不思議に思ったことはないだろうか。


茨林圍02ポルトガル人 ポルトガル人と洋装の日本人教徒


 米よりも栄養価の高く、育てやすいジャガイモを栽培するのは当然であると考えられるが、 茨林囲の日本人のように、ジャガイモは中国の「原生種」ではなく、彼らの「祖先の故郷」は海外にある。1492年、コロンブスの艦隊がアメリカ大陸に到着した。 それ以来、新旧大陸のつながりが確立され、動植物などの交流が盛んに行われるようになった。ジャガイモはまさに「コロンブス交換」の一つであり、アメリカからヨーロッパに伝わり、船でアフリカやアジアに広がって中国に定着したのだ。ジャガイモだけでなく、トマト、サツマイモ、唐辛子、カカオ豆などもアメリカ大陸からヨーロッパやアジアにもたらされ、今日の食卓の定番となっている。 つまり、アメリカ大陸からもたらされたこれらの作物がなければ、チャツネ(インド料理のスパイシーな調味料)、キムチ、トマトソースのスパゲッティ、チョコレートなどは生まれなかったのである。


茨林圍03草木 1616年、ニュルンベルクの植物学者バジリウス・ベスラーが描いたジャガイモ


 食卓に彩りを添えるだけでなく、ジャガイ、サツマイモ、トウモロコシ、ピーナッツなどはアメリカ大陸が原産地で、16~17世紀前後に海外経由で中国に伝わり、中国の農業と生態を変えた。当時、中国は稲作に依存していたが、稲作は平坦な土地でしかできなかったため、人口の大半は稲作地域に住んでいた。中国に新たな穀物が導入されたことで、農民は西部の山岳地帯や北部の乾燥地帯でサツマイモ、ジャガイモ、トウモロコシなどの穀物を栽培できるようになり、山岳地帯や乾燥地帯が発展しただけでなく、中国の人口も大幅に増加した。
 茨林囲の名前に戻ると、「不思議な出会い」であることがわかる。聖ポール天主堂跡の背後で、無関係なはずの日本人とジャガイモとマカオが、海と帆船でつ ながっている。これはまさにグローバリゼーションの一場面であり、地球の生態系を変えるだけでなく、人類の文明の発展にも影響を与えている。(元主将)

(この記事は2021年5月18日付『マカオ日報学生新聞』E8面に掲載されたものです)
匿名 2022年9月27日 18:10


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鯰のナレズシ 早くも試作(2)

0422鯰スシ20ほぼ漬け込み完成01


風味ゆたかな塩麹飯づくり

 4月23日(火)4・5限、前日下拵えしたナマズのナレズシづくりに挑戦した。この日の参加者は以下。
  M2銅山、M1陳、4年鈴木・安部・荻ノ沢・西山

 役割分担は院生2名がナマズ処理、ASALAB3名は麹飯づくり、鈴木は魚卵の味付け調整とした。レシピは基本的に佐治町谷口家のサバズシに従ったが、餅米は使わず、薬味も多少変化をつけた。薬味の大半は教授がご自宅からもってこられたものである。そのなかで、夏みかんと山椒は郡家の因久山焼窯元からいただいたものだという。鮎のナレズシの作り方をご指導いただいたお宅だが、今回用いた薬味は鮎ズシづくりとは関係ない。薬味は以下のように加工した。

 ①皮を剥いたショウガを細かく千切りにする。
 ②夏ミカンの皮をピーラーなどで薄く剥き、搾汁も酢の代わりに使用するため、実を四つ切にしておく。
 ③鷹の爪(赤トウガラシ)は種を抜いてから細かく輪切りにする。
 ④山椒(木の芽)を長さ3㎝ほどに調整し、手のひらで叩いて香りを際立たせる。


鯰寿司03飯下準備02 鯰寿司02飯下準備01


 これらと塩麹などを、教授が予め炊いておいた米飯3合に混ぜていく。米飯を約50°まで冷ました後に混ぜる。以下の要領。

 〈1〉ショウガ・柑橘皮・トウガラシ・山椒は適量だが、多めに入れる。魚臭を取り、風味をつける。
 〈2〉塩麹パウダーを適量入れる。味見をしながら、量を少しずつ増やすのがよい。
 〈3〉料理酒・みりんを1:1の比にしてカップ0.6~0.7杯程度混ぜる。
 〈4〉夏ミカンの果汁を1個程度混ぜる。

 この結果、米飯はかなりゆるくなる。リゾットに近づくということ。この方がナレズシには良いらしい。味見をすると、塩加減・甘み等はちょうどよく、フルーティでとても美味しい。


0423鯰スシ02米飯づくり01薬味01 鯰寿司05飯づくり02


続・ナマズの下拵え

 前日、塩漬けにして冷蔵したナマズ3尾とギギ1尾を取り出し、1)水道水で塩をきれいに洗い出し、2)キッチンペーパーで表面に残る水分をふき取る。3)魚表面の水分はキッチンペーパーでくるんで吸収させる(しばらく時間をおく)。4)チューブ入り液体塩麹をナマズの表面に丁寧に塗りつける。


0423鯰スシ01下拵え01縦01 鯰寿司01ナマズ下準備01


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鯰のナレズシ 早くも試作(1)

0422鯰スシ03大鯰54洗い01 0422鯰スシ03大鯰54卵とり01 大鯰54㎝


ナマズとギギを捌く

 4月20日(土)、魚類学ゼミの定置網(千代川河口)にナマズ3尾がかかったと連絡が入り、どうしようかと悩んでいたところ、その3尾は月曜の朝には水槽で死んでおり、同ゼミ実験室の冷蔵庫に冷凍保存された。教授は日曜日ころから、捕獲ナマズをナレズシにすることを想定し、23日(火)の卒論ゼミでその作業を一気に進めようと考えられていた。しかし、早くもナマズが死んでしまったため、22日(月)4限より、集まるメンバーだけで作業を開始した。メンバーは以下のとおり。
  M2笈川、M2銅山、M1笹田、4年脇野(筆者)


0422鯰スシ02調味料01 0422鯰スシ01ギギ01 ギギ


 まず魚ゼミ実験室を訪ね、冷蔵のナマズ3尾、水槽のギギ1尾を受け取って調理場となるスタジオに移動した。ナマズは大ナマズ2尾、小鯰2尾で、冷蔵品を持ってみるとずっしりと重みを感じた。
 スタジオに到着後、調理班と買い出し班に分かれた。ナマズは冷凍されていたため、調理班はナマズを水道水で解凍することから始め、買い出し班は①酢、②生姜(チューブ)、③料理酒、④みりん、⑤塩、⑥麹3種、⑦アルミホイルを大学前のイオンで購入した。筆者(脇野)はサークルの会議があり、一時抜けたので、買い出しとナマズを捌く作業には大学院生3名が取り組んだ。ナマズはスタジオ近くの手洗い場で捌いた。包丁の切れ味が悪く、主にキッチンバサミでの捌きとなった。キッチンバサミで腹を割き、臓物と卵を外に出し、さらにエラも外に出す。また鱗も包丁で軽くしごいて取る。以下、分担。
  1)大ナマズ(体長54㎝) 笈川が模範的に担当 笈川はギギ(体長約30㎝)も担当
  2)大ナマズ(体長58㎝) 笹田担当
  3)小ナマズ(体長26㎝) 銅山担当
大ナマズ2尾は大きな卵をはらんでいた。卵のサイズはどちらも縦12cm✕横7~8cmを測る。


0422鯰スシ03大鯰58背面01 0422ナマズ56サイズ01 大鯰58㎝

0422鯰スシ03大鯰54卵と内臓01 0422鯰スシ04小ナマズ01 (左)大鯰54cm内臓 (右)小鯰28㎝


ナマズの塩漬け(仮)

 捌いた後、ナマズとギギの身は塩・酢を混ぜた冷水で洗い、丁寧にぬめりをとった。その後、相当量の塩を身に塗り込み、塩漬けにして漬物樽に入れ、4409演習室の冷蔵庫で保管した。この日の作業は以上まで。翌日、本格的におこなうナレズシづくりの下拵えである。

 
0422ナマズ塩練りこみ01 0422ナマズ塩漬け01
(左)塩の練りこみ作業  (右)漬物樽に入れたナマズの塩漬け


 

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鳥取県東部のナレズシ(4)

コロンブス交換のような東アジア的食文化の拡散

 加藤隆昭氏の論文「鳥取県東部地方の"ナレズシ"について(その1)」 [1991]について、まず"ナレズシ"とは、魚肉等を澱粉の発酵作用と塩分の力で保存していこうとする貯蔵食品と定義される。それは、現在みられる各種の"ハヤズシ"の根源的形態のものとしてとらえうる伝統食物であることから、現在の"ハヤズシ"のように、飯に酢を混ぜるのではなく、発酵作用からヨーグルトのような風味がするということを理解した。次に、"ナレズシ"を調べようとして、それに触れた論著に「"ナレ ズシ"がある」と記載されていた場合でも、たとえばそれが料亭のアユズシである場合もあるように、"ナレズシモドキ"の可能性もありうる点に留意する必要があり、文献を読む際には書かれているモノの分布地域や社会生活の中でどのような位置づけ、どのような歴史的背景の中で成立してきたのかを、しっかり精査する必要があることを理解した。
 また、スシは日本列島の内部で独自に発生したものではなく、遠い我々の祖先が壮大な東アジア的規模での人や物の動きの中で受け入れた渡来の食物であ り、コロンブス交換のような文化の伝播が広範囲で行われ、各地域によって文化が発展していることが分かった。また、抹茶や納豆は中国大陸に起源があるが、現在は日本の文化という認識が強いことから、文化の歴史的背景を研究することは極めて重要であると感じた。

正月を迎える歳神への奉納-佐治村のナレズシ

 鳥取県東部地方のナレズシは12月頃に漬け込みを開始する。これは正月のハレの食品として賞味するからである。酒も「寒造り」が当たり前であるように、雑菌が繁殖しにくい(発酵途中の温度管理がしやすい)冬場に造る。これとナレズシには類似した点があることも理解した。また、八頭郡一円でナレズシが現在まで維持されてきた背景には、「米」の神様と認識されている「歳神さん」への正月のお供えとしての意味が重要である。「歳神信仰」という社会的背景を忘れてはならない。ナレズシを作る際に大量の米を用いる。しかし、「食うのは魚だけで、飯は食いません」という智頭町民の発言から、米の神様へのお供え物であるにも拘わらず、飯は廃棄するという点について少し不思議に感じた。
 鳥取県東部のナレズシの分布は(千代川支流の)智頭川流域に集中している。一方、自身の地元にある日野川にも同じようにナレズシの分布があるかどうか調べたが、見つからなかった。しかし、中流・下流では鮎や鯉が生息していることから、詳細に調査を行うことで、ナレズシの食文化を見つける可能性はあるのではないかと感じた。
 加藤論文の(その2)[1992]については、ヒアリングの補足調査をおこなっていた。内容は河原町・佐治村・用瀬町・智頭町の3町1村(いずれも智頭川流域)を選び、 「主として"ナレズシ"が社会生活の中でどのような位置を占めているのか」というアンケートを実施した成果である。この調査では、主に佐治村に関する事実結果の一部が報告されている。簡単にまとめると、アンケート実施当時の佐治村では96件中73件がスシを作っており、「昔は作っていた」という家庭を含めると佐治村全体の98%の家庭でスシが作られ、その魚にはサバ・サケ・マス等が中心となっていた。また、アユ・コイなどの淡水魚も素材とされるが、以前アンケートを実施した際よりもその割合が減っていたことから、この地域では徐々に海産性の魚へと移行していることが分かった。さらに、佐治村でスシは平均的に3か月前後漬けられ、正月に食べ始められ、スシの作り方は各家庭で酒やミリンを加えるなどの工夫から変化が起こりつつあることが分かった。
 また、佐治村でスシは正月のハレの食や神様へのお供えなど行事食的な認識の強いものとなっており、神様へのお供えや元日の料理という位置づけは共通項をもつ可能性を極めて高く有するものとして捉えられる。そして、祀られている神として筆頭に挙げられるのが「歳神さん」であり、佐治村の人々の間で歳神さんとは「農業の神」「豊作の神」など、米作に係る神として潜在的に認識されている。このことから、佐治村のナレズシが伝統的に維持されて作られている背景には、単に冬場の保存食であるというだけでなく、歳神信仰とかなり密接な関係をもって維持されていたことが分かった。(4年 元主将)


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鳥取県東部のナレズシ(3)

中国南海地域の魚茶(魚酸)

 今回の輪読[加藤隆昭1991]を通じて、日本のスシは寿司(ハヤズシ)一種だけではなく、魚貝などを米飯といっしょに付け込んで乳酸発酵させた貯蔵食品、すなわしナレズシというもっと古いスシの存在があることを初めて知りました。非常に面白かったし、機会があればぜひ食べてみたいと思います。授業が終わって、今回の授業内容について、中国の友だちとSNSで話したら、これは中国の「魚茶」に似たものではないか、と言われ、驚いて中国南海地域も似たような料理があることを知りました。それをきっかけに少しそれについて調べました。今回のレポートで報告します。
 「魚茶」あるいは「魚酸」は、中国南海地域の伝統料理です。名前に「茶」と付いていますが、実際には私たちが普段飲む紅茶や緑茶などとは全く関係がありません。魚に「茶」という字がついているのは、食べる際に湯水を注いで魚肉を食べる作法が茶を淹れる方法と似ているからです。「魚茶」には「干魚茶」と「湿魚茶」の二種類があり、ご飯で漬け込んだものを「干魚茶」と呼び、粥で漬け込んだものを「湿魚茶」と呼びます。
 魚茶の作り方はナレズシと似ています、食材は天然発酵させた米に、新鮮な魚肉、さらに好みで豚肉、または鶏卵などを加えて製造されます。魚茶の製造法と食材は馴れずしと基本的に同じだと言えます。


陳ナマズ01


 先ずは①小さな生魚をきれいに洗い、塩を振りかけて1〜2時間漬け込みます。次に②塩水を絞り出し、冷やしたご飯、麹、または炒った米を加えてよく混ぜ合わせ、きれいな瓶の中に詰めて密封します。気温が高い場合は7日から10日で蓋を開けて食べられますが、寒い場合は半月から1ヶ月待ったほうがよいです。また、発酵時間が長いほど、味はより濃厚になります。魚茶は酸味があり、ほのかに塩味が感じられ、食欲をそそります。食べるときは柔らかくて少し弾力があり、透明感があり、食べた人は皆その味を絶賛するようです。(広東出身の留学生M1 CN)


陳ナマズ02



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鳥取県東部のナレズシ(2)

 4月18日の歴史遺産保全特論授業で輪読した加藤隆昭[1991・1992]の感想文が集まりましたので、匿名公開しておきます。

ナレズシと歳神信仰、疱瘡信仰

 4/18の授業では、ナレズシの起源と鳥取の千代川周辺のナレズシの歴史について知見を得ることができた。鳥取では保存食であり、行事食でもあるということであった。この中で私が特に興味を持ったのは、ナレズシと歳神信仰の関係だ。八頭郡一円では多くの場合「米の神」「農業の神」として信仰されている[加藤1991]、と配布資料の論文にはあった。しかし、アユズシ、サバズシどちらを取っても、食する主体は魚であり米ではない。私はこの「米が主体ではない」ということが気になった。というのも、幼少期に「米粒1つ1つには神様が宿っており、無駄にすると罰が当たる。」といった教育を受けており、米にかかわる神に供える物であるのに、ナレズシを作るにあたって大量に米を使用するが、食するのは一部であるというのは「もったいない」と考えることはなかったのだろうかと思った。そこで、鳥取の歳神信仰について調べたが、なぜ魚を供えるのか、ナレズシを供えるか等、詳しいことはわからなかった。
 しかし、鳥取県東部地方の「ナレズシ」について(その1)に書かれていた歳桶については鳥取県庁が管理運営する公式ウェブサイトに1999年1月5日撮影の「八頭郡の歳徳神」という動画が公開されている。この動画では八頭郡の歳神信仰の特色である歳桶の中に入れて供える物、歳おろしの作法等が解説されている。動画内ではナレズシに関する言及はなかったが、「八頭郡では、現在でも昔ながらの祭り方がよく残されている」とあった。
 また、「正月の疱瘡神祭祀」[石垣2023]によると、八頭郡若桜山中では、大部分は民家の出居や座敷の表、中には歳神の横などで木地または麹蓋の上に小さく豆粒大の餅を2個重ねて供える。とある。なぜ豆粒大なのかは供え餅が大きければ大きな疱瘡にかかるという信仰による。疱瘡神祭祀は日本各地に広がる信仰である。多くの場合、歳神よりも劣位にまつる。疱瘡神にはナレズシを供えないということからも、八頭郡ではナレズシはごちそうで、最高のもてなしであるという価値観を表しているのではないかと考えた。(M1 SM)

《参考文献・サイト》
加藤隆昭(1991)「鳥取県東部地方の”ナレズシ”について(その1)-千代川の上・中流域における事例・分布域・食制の確認を中心として-」『鳥取県立博物館研究報告』第28号
石垣絵美(2023)「正月の疱瘡神祭祀 The Smallpox Goddess Worship on New Year in Japan」『 國學院大學学術情報リポジトリ』2023.
「正月行事」 鳥取県・とりネット. https://www.pref.tottori.lg.jp/265709.htm, (参照 2024-04-24)



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鳥取のキリシタン(1)

東洋文庫展示ChristianMissions-detail_page-0001 東洋文庫展示ChristianMissions-detail_page-0002


キリスト教交流史-宣教師のみた日本、アジアー

 「ナマズでまちおこし」する唯一のまち、埼玉県吉川市を訪ねようと思っていて、昨年訪問経験のある千葉在住のノビタにメールしたところ、上野・浅草から1時間以内で行けることが分かった。
①浅草駅→吉川駅
https://maps.app.goo.gl/rcueAqvVHaJEJBNs8
②上野駅→吉川駅
https://maps.app.goo.gl/pr8DoVk1zDhCpM6o9

 埼玉まで遠出するなら、ついでに視ておきたい展示がある。東洋文庫で開催されている企画展「キリスト教交流史-宣教師のみた日本、アジアー」である。1月27日(土)から始まったこの展示も5月12日(日)で終わる。なんとか視ておきたい、と考えている。

◆会場: 東洋文庫ミュージアム
〒113-0021 東京都文京区本駒込2-28-21  ℡03-3942-0280
駒込駅(JR山手線・東京メトロ南北線2番出口)徒歩8分
千石駅(都営地下鉄三田線A4番出口)徒歩7分


鳥取の隠れキリシタンに係る基礎文献

 ノビタは鳥取の切支丹に係る文献をいくつか紹介してくれたので、ここに整理しておく。

①浦川和三郎(1943)『浦上切支丹史』九 鳥取:p.474-
 浦上四番崩れの記述あり。
②気高町教育委員会編(1997)『気高町誌』の「亀井氏と切支丹」(p.235-)
 江戸時代初期に鹿野を治めた亀井氏と切支丹は関係が深いとし、亀井氏がキリシタン大名であったという記述あり。また、酒津をキリシタン信仰の場としたと考察(p.238)、同所の東昌寺境内にある切支丹灯籠(p.239)と子安地蔵(マリア地蔵、p.240 )についての記述あり。
③高橋伸明(2006)『杉田玄白探訪』【県立図書館蔵】
 杉田玄白の娘・稲が鳥取池田家の御転医である田中家に嫁いでいるが、これは両者が隠れ切支丹であるためと推定している。田中家にマリア観音が祀られているという記述があったはず?
④上野忠親(1915)『雪窓夜話抄』巻下【県立図書館蔵】
 上野忠親が記し、その後、滝勝胤によって延享三年(1746)~宝暦二年(1752)頃に再編された。因伯叢書発行所によって活字として発行されたもの。その中で「森元交拷問にあひながら醫道を考へし事」では池田家の医師・森 元交が切支丹であったいう記述あり。また、その頃(江戸前期?)は切支丹に日本国内で知られていない技術を持つ者がおり、医学のために切支丹に敢えて入信する者が多かった。
⑤鳥取県教育委員会(1960)『鳥取県文化財調査報告書』第1集:p.21
「文化保護財 切支丹灯籠」 概括的な解説と写真あり。「とっとり文化財ナビ」(http://db.pref.tottori.jp/bunkazainavi.nsf/bunkazai_web_view/9501FC1DED864D734925796F0007FFD9?OpenDocument)に切支丹灯籠が紹介されている。

⑥松田重雄の一連の著作
松田(1972)『池田藩主と因伯のキリシタン』
松田(1969)『切支丹灯籠の研究』など
 郷土史家、全国中学校校長会の会長を務めた。他に類書あり。
 県立図書館には「国かくれキリシタン研究会」の会誌が複数ある。
 このほか、鳥取藩史、新鳥取県史、新修鳥取市史も切支丹関連の記述があるかもしれない。

 以上の図書については、すでに何冊か古本を注文済。今年の4年生は福岡、長崎の出身者が3名いる。まさに隠れキリシタンの本場であり、これをマカオや鳥取と結びつけることができれば面白いかもしれない。『薬研堀慕情』もバカにならんよね。


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鳥取県東部のナレズシ(1)

千代川流域のナレズシ

 4月18日(木)、大学院歴史遺産保全特論の授業が本格的にスタートしました。この日は千代川流域のナレズシに係る以下の論文をとりあげ、①の音読による輪読をしました。

 ①加藤隆昭(1991)「鳥取県東部地方の“ナレズシ”について(その1)千代川の上・中流域における事例・分布域・食制の確認を中心 
として」『鳥取県立博物館博物館報告』28巻:pp13-32
 ②同(1992)「鳥取県東部地方の“ナレズシ”について(その2) 八頭郡佐治村におけるアンケート調査の結果を中心として」『郷土と博物館』鳥取県立博物館 pp.12-20 

 ①を読むと、県東部のナレズシの分布は智頭川流域に集中しており、とくに河原(+用瀬)の鮎寿司が正月の行事(歳神信仰)と関係が深く発展しており、佐治や智頭などの山間部では、鯖が鮎に取って代わるようです。1週間後の25日までに、②も個人的に読んで、自分の視点からレポートを提出するようお願いしたので、良いレポートについてはまたアップします。

鮎のナレズシの作りかた(郡家)

  二日後の20日(土)、大事な皿が割れてしまったので、それに近い器を買いなおすべく、郡家(こうげ)の因久山焼窯元を訪れました。買い物を済ませた後、80代のおばあちゃんとその息子さん(50代)にヒアリングさせていただきました。鮎のナレズシを作り、食べる習慣についてです。

 1)まず名称は「鮎ずし」ではなく、「鮎のナレズシ」という。
 2)20年ばかり前、鳥取市滝山の知人から贈答でもらって美味しかったのでこんな食べ方もあるんか、と思って、作り方を訊いた。
 3)9月頃、鮎のハラワタとウロコをとって塩漬けにし、しばらくして(11月ころか?)麹をまぜた。12月になると食べた。
 4)米飯は一切使わない。鯖のキズシに似ている。
 5)正月の行事(歳神様)のことは知らない。
 6)以前は八東川でもよく鮎が釣れたし、父親は投網で鮎を
  獲りにいったものだが、
 7)鮎も獲れなくなって、10年ばかり前からナレズシを作らなくなった。


サバズシDSC_0033
『八頭の郷土料理』よりサバズシの頁。塩サバ+米+米麹+酒+生姜+鷹の爪


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えがな日々(2)

0417えがポテチ05大谷02 0417えがポテチ05大谷01
 

エガちゃんポテチ、再販!

 4月15日(火)深夜2:50、最新の動画が公開され、2月に即日完売したエガちゃんとブリーフ団のポテトチップスがファミマで再販されることになった。発売日時は16日(水)午前10時。前回は買い逃したが、今回はなんとしても買いたいということで、16日午前9時45分より店に入って待機。ほとんど客は居なかったが、発売5分前になって我ら以外で3組が店棚の前にたむろした。10時になると、店員がレジカウンターで直接段ボール箱をあけ、販売が始まった、前回は爆買い転売する者が少なからずあらわれたので、このたびはエガちゃん好み「旨辛 担々麺風味」とブリーフ団好み「黒胡椒チーズ味」をそれぞれ一人一袋に限り販売することとなった。うちは夫婦二人なので、二袋ずつ購入した。その後、さらに別のファミマ二ヶ所をまわった。人が少ない。店員も「2月はすごかったんですけど、今回はちょっと違いますねぇ」という感想を漏らした。


0417えがポテチ01


大谷くんと瑞原さんをポテチで視るぜぇ

 家に戻れば、ドジャースではないですか。大谷くんの雄姿をみつめつつ、さっそく袋を開き、二種類のポテチを口に入れる。「旨辛 担々麺風味」はとても辛い。コカコーラ・ゼロがないとちょっと厳しい。家内は少しかじって全然食べなくなりました。真美子さんなら食べるだろうか。「黒胡椒チーズ味」の方はスパイシーだが、辛いというほどでなく、家内もご満悦。大学で3コマ授業して戻ってくると、「黒胡椒チーズ味」はなくなっていたけれども、「旨辛 担々麺風味」は手つかずのまま残っていました。わたしは、残りの激辛ポテチをつまみにして糖質0%発砲酒を呑み、mリーグ・セミファイナルを視た。予想どおり、レギュラ-戦首位のパイレーツは落ちてきており、なんと〈2+2〉の風倫火山が2位まで上昇してきた。瑞原さんが、長いながいラストンネルを抜けたことが朗報ではあります。

ガツンと行くぜぇ

 そして今日は17日(水)。所用のついでに大学前のイオンに行くと、ガツンとミカンが冷蔵室にある。コンビニにはないが、イオンにはあるのね。うれしくなって、ガツンとミカン1箱買ってかえり、ゼミの休憩時間にみんなで食べました。さあ、ガツンとゼミ、やりますよ。


ガツンとミカン02
左端はわらび餅

えがな日々(1)

0414筍05すみれ塩03 すみれ塩ラーメン+筍


裏山資本主義

 先週末の金曜日(12日)、演習室で採点をしていると、つい先ほどまでナレズシ論文の打ち合わせをしていた他ゼミの院生が再びあらわれた。大きな袋をもっている。「裏山で筍を採ってきました。先生、一つ要りませんか」という。こういう里山資本主義的贈答は田舎暮らしをしていると頻繁にある。学内の場合、里山ではなく、裏山だが。有難いことだと思う一方で、筍の灰汁抜きをしたことがないので、とりあえずその方法を訊いた。「たっぷりのお湯に米糠と塩を混ぜて一時間ほど煮るだけ」という(あとで別の人から鷹の爪も混ぜた方がいい、と言われた)。しかし、その糠はどこで手に入れるのか。「スーパーで無料です」と教えられた。


0414筍01 0414筍02 0414筍03あくぬき01


筍の土佐煮

 その二日後の日曜日(14日)、ドジャースの試合を視ながら、筍の灰汁抜きにチャレンジした。言われたとおりにすると、大きな鍋にもくもくと灰汁が湧いてきた。この灰汁のお風呂に浸かれば、自分の灰汁も消えるかな、なんちゃって(笑)。一時間以上煮込んで火をとめたが、そのまましばらく置いといてと家内から指示された。さて筍で何をつくるか。いちおうスーパーで木の芽(山椒)は買ってきている。山椒の酢味噌和えに傾きかけたが、やはり土佐煮が断然楽だなと思い返した。ふつうの煮ものに鰹節を混ぜるだけだからね。最後に、木の芽を掌で叩いて香りを際立たせ、盛り付けた煮物にトッピングして完成。


0414筍04土佐煮01


 堅かった。ずいぶん煮込んだはずなのに、筍は完全に柔らかくはなっていない。しかし、食べられないほどでもはない。こういう微妙な料理を家内はいつも「美味しいよ」と言って、意地のように食べてくれる。どんなものでも「美味しいよ」と言って完食する人格を尊いとは思うものの、自分は食が進まなかった。まだ堅くて、すこしえぐみがあり、出汁も染みていないからだ。明日になれば、すこしは美味くなるだろう・・・

すみれ塩ラーメンと筍

 翌15日の昼食、すみれの塩ラーメン(半生麺)を食べた。じつはこれも、同じ院生のお土産(というか、私が頼んだもの)である。北海道で就職活動した後、千歳空港の売店で買ってきてくれた。分かる人は分かるでしょ? すみれ塩らーめんはエガちゃんの大好物であり、この正月にはすみれ本店を訪れて、塩ラーメンをむさぼる動画がアップされた。そのとき、雪景色の中に女神のような中学生が降臨する。江頭さんの大ファンで、家族でエガちゃんねるを視ているんだけど、友だちにはそのことを秘密にしている、という少女。今年に入ってから視たエガちゃんねるの動画ではいちばん印象に残っている。その後、インド人に騙されて、多摩袋に媚薬を塗り付けられる動画などをみると、その少女のことが頭をよぎった。430万人のあたおかからは反論されるだろうが、あの少女が視ても恥ずかしくない内容にしてくれないかな、と思ったものである。コンプライアンス軽視の、この私が。


0414筍05すみれ塩01



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ナマズ食の文化史的再評価と郷土料理としての復興(3)

6月2日(金)イワトコナマズ懐石 菅浦「佐吉」 2023年6月2日 イワトコナマズ(琵琶湖菅浦)


2024大学院歴史遺産保全特論

 先週木曜日(11日)、新規参加者3名に集まってもらい、ナマズ食のパワポを視せてオリエンテーションとしました。今週18日から本格的に始動します。昨年は手探りの授業運営でしたが、今年は燻製とともに発酵(ナレズシ)に焦点をあわせていこうと考えています。

 キーワード: ナマズ 古代食 捕魚 燻製 発酵(ナレズシ) 郷土食グルメ                         

 授業概要: 倭(西日本)に関する最古の記録『漢書』地理志には「会稽(中国浙江省紹興)の海外に東鯷人(東のナマズ人)あり」とみえる。弥生期西日本の倭種を「ナマズ人」と呼ぶ記録である。さらに考古学的には、驚くべきことに、縄文~中世のナマズ遺存体(骨)は、フォッサマグナ以西の西日本でしか出土しておらず、「鯰」という文字を含む地名もフォッサマグナ以西にほぼ限定される。これほどナマズと西日本の関係は深く、動物考古学の専門家は古代の倭人がナマズを食べていたのは間違いないと指摘している。しかしながら、そうした鯰食の伝統は薄れ、現代日本でナマズは日常的な食材ではなくなっている。しかし、世界的にみると、東南アジアや南米ではナマズを美食の食材とみなしており、日本においても地方の郷土料理として細々と命脈を保っている。この授業では、「ナマズの古代食に係る復元的考察を現代の郷土食グルメの創作につなげる」ことを目標とする。とくに注目しているのは古代の保存食として知られる燻製と発酵(ナレズシ)である。ナマズ食に関する資料の講読、現地での捕獲や実食、実験的調理を通して古代食の復元と創作料理の提案を試みる。


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 到達目標
・日本におけるナマズの捕獲・養殖と食文化を理解する。
・東南アジアなど海外における鯰の捕獲・養殖と食文化を理解して日本と比較する。
・魚の燻製と発酵(ナレズシ)の方法を学び、ナマズに応用可能か否か検証する。
・古代の調理法を文献史料等から復元し、ナマズの現代郷土料理に応用する。


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発掘された『田中淡著作集』第2・3巻

前期授業が始まりました!

 前期1週目を終えてホッとしている。何年経っても、1週目は緊張するんです。

 4月9日(火): 3限「住まいと建築の歴史」(2年次以上)スタート。第1講は簡単なオリエンテーションとミニ講義「遊動から定住へ -住居の起源」。旧石器・縄文建築論である。2年前(2022)のこの講義では、履修生170名に達し、200講義室(大講義室)を使った。コロナ禍の最終年度だったが、途中から濃厚接触者・感染者続出、わたしも最終講義で感染した苦い経験がある。コロナを差し引いても、わたしのBRD式講義では、毎週全レポートを採点する必要があり、百数十名の採点に疲弊した。これに懲りて、昨年(2023)より履修制限をかけ、希望者には「履修したい理由」を書いてもらうことにした。その締め切りも早くした。すると、70名にまで履修者は減り、今年はさらに半減して、13講義室(小講義室)で授業をおこなうことになった。少なすぎるような気もするが、わたしの講義は13講義室で始まったので、原点回帰でよいと思っている。当初の履修生はわずか12名。それがみるみる増えていき、100名を超えるようになった。コロナ前には140名に達し、それでも辛抱したが、コロナ中の170名でギブ。あとで学生に話を聞くと、希望申請の締め切りが早すぎて、気付かなかったと言われた。本日まで追加受け入れすることとした。
 4・5限は卒論ゼミ。まず座席を決め、掃除。民家指向の女子3名はJW-CADのエクササイズ、男子2名はマカオ「茨林囲」の文献をディープルで読み始める。まずは、漢字には繁体字/簡体字/日本漢字の3種類があることを教え、ディープルを使う場合、簡体字を使うのが良いと指示した。台湾・マカオは繁体字であり、繁体字→簡体字の互換サイト復活!

 4月10日(水): 3限よりゼミ。昨日の活動を続ける。ちなみに教則本『はじめて学ぶJW-CAD』は以下のスケジュールを学生が自主設定した。わたしは指導しません。上級生に指導係もいません。自分でがんばれ!
 4/09 p1~50(線・円の作図)
 4/10 p51~95(家具・平面図の作図)
 4/16 p96~124(文字・寸法の作図)
 4/17 p125~145(レイヤの操作練習・図面枠の作成)
 4/23 p146~189(演習:1階平面図の作図)
 4/24 p190~224(演習:2階平面図の作図)


 

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お花見とニューバランス

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金蛋麺

 4月7日(日)。ついに翔平中心の生活時間が到来しましたね。やっぱり生中継が視たいので、どうしても不規則な生活になってしまいます。早朝の試合は苦しく、録画して起きてから視るけど、結果は絶対に分からないようにしないとね。この日ドジャースは、カブスとの二戦目。シカゴは寒くて、風が強い。ロスを拠点とするドジャースも昨年のエンジェルスも北上すると、体が動かなくて苦労しますが、この日は山本由伸が苦しみながら勝利投手になって、翔平も2安打。言うことありません。でも、教師の老体はぼろぼろ。午前中は起きているのか眠っているのか分からない状態でした。


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 昼飯はどうするか。3月のマカオ行の帰り、香港空港で買った土産物に「金蛋麺」があり、これを開けてみました。金とは黄金色のことですね。蛋は鶏卵(たまご)。つまり、小麦粉に鶏卵(の黄身)を混ぜてつくる麺です。例のマカオのセナド広場に店を構える「黄杖記」の竹生麺と同類の極細・極長の麺です。箱を開けると、6つの小袋が入っていて、量が少ないと思ったので、全部茹でたら、凄い量で麺くらいました(6人分でした)。残念なことに、スープがついてなくて、昼はのタレにオイスターソース・生姜・胡麻油など混ぜてざる麺にしました。なんとか半分食べましたが、残りは夕食にまわし、今度は焼きビーフン風にして食べました。「黄杖記」の麺はスープが美味しかったからね、お土産セットにするなら、濃縮出汁をつけてほしいな・・・


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智頭河畔 桜Cafeフェスティバル

 午後3時を過ぎるころ智頭に向かった。なぜか衝動的に、智頭河畔 桜Cafeフェスティバルに行こうと思ったの。空は快晴、桜は満開。会場に着くと、屋台は撤収し始めており、品薄状態だったが、たこ焼き、豆腐ガトーショコラ、点滅電球型ポット(↓)に入ったアップル・ジュースにありついた。桜花溢れる川岸は心地よい。
 帰りに河原町に寄って、ブータン絵本を友人に1冊献呈。その後、鳥取に戻ってシューズアイランドに直行。革靴を一足買い、ついでに「翔平夫妻の履いてるニューバランスの運動靴」について訊ねた。新郎新婦のニューバランスは運動用ではなく、オシャレ用で、9060という型らしいが、店には入ってないとのことで、なんでもいいから似ているの持ってきてとお願いした。9060は2万円以上する。わたしは白い1万円未満の布靴を買った。型番は分からない。履きやすく、歩きやすいシューズだと思う。これで散歩の時間が増えればいいけど。


0407智頭桜03電球カップ02 0407智頭桜03電球カップ01 4月9日ゼミ写真 ボトル写真ゼミ 智頭の屋台で買った電球型ポット(中にアップルジュース)。下にボタン電池がついていて、ボタンを長押しするとネオン煌めきます。右2枚はお茶を入れて大学にもってった写真。


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マカオの切支丹-茨林囲への途(1)

茨の二義性-茅と受難と

 昨日すこし触れたように、マカオ都市大学の李先生(テイ君の指導教員)が送信してくださった「茨林囲」の映像データ等を紹介しておきます。わたし自身、まだ流し読みしかしていないのですが、とても重要なことが分かってきました。鍵を握るのは「茨」という漢字です。驚いたことに、「茨」は国字(和製漢字)らしい。一つに、「茅」もしくは「茅葺き小屋」を意味します。そういえば、石州好みの茶室を含む大和郡山の書院「慈光院」では、あられ石敷きの参道を上がると「茨木門」に至る。寄棟茅葺きの二重門です。「茨林囲」の「林」はたぶん建物が軒を連ねている様子をさすのでしょう。つまり、当初は茅葺きの集落だったということで、ますます日本人の民家集落がイメージされますね。「囲」は裏長屋小路のこと。


慈光院茨木門01 慈光院茨木門02 慈光院 (左)茨木門 (右)書院遠景


 日本のキリシタンが逃れて居着いた集落としてふさわしい風景が「茨林囲」の三文字からうかがわれるわけですが、じつは「茨」にはもう一つの意味が隠されている。キリストがゴルゴダの丘で十字架にかけられた磔刑の際、キリストの頭にはイバラ編みの冠がかぶされた。つまり、茨(冠)とは受難の象徴です。中国語では「荊冠」と書く。平たく言うと、茨=荊とはトゲのある草のことです。深いですね。ちょっと驚いています。
 このほかではジャガイモ栽培の件がよく取り上げられています。茨林囲にあって、日本人の大好きな米ではなく、芋を植えたのはなぜか? 16世紀後半~17世紀前半の都市化がどの程度だったかは分かりませんが、米をつくるなら大規模な平坦地と灌漑システムが必要なんだけど、ひょっとしてジャガイモを「コロンブス大交換」と関連づけて解釈しているのかもしれません。以下、提供された情報の概要です。文字が繁体字なのは、李先生が台湾出身だから。
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很開心收到您的訊息,也期待教授再次來澳門深度考察。
知道您對茨林圍的關注,以下提供教授參考:
ご連絡いただき、大変嬉しく思います。またマカオにお越しいただけることを楽しみにしております。
茨林囲にご関心があると知り、以下、教授の参考のために提供いたします。

①电视节目|第2874集- 澳门现存围村-茨林围 - 澳廣視 TV番組 第2874集-マカオに現存する長屋小路-茨林囲
https://www.tdm.com.mo/zh-hans/video/program-playlist/433442?tabIndex=0
聖ポール天主堂の付近には、今でも人が住む長屋小路集落があります。その名は茨林囲(ツィラムワイ)、400年近い歴史があります。『茨林囲口述歴史』(原題:茨林围口述历史)という本は、古くからの居住者の徹底的なインタビューを通して昔日の裏長屋の風情を知ることができます。

②《茨林圍口述歷史》有篇免費、有侵權之嫌的文章可以看看:
『茨林囲口述歴史』には、著作権侵害申請されている記事が無料で掲載されているので、ぜひチェックしてください:
https://ilalexlai.com/%e8%8c%a8%e6%9e%97%e5%9c%8d%e6%b8%a9%e9%a6%a8%e8%b5%b0%e4%b8%80%e5%9b%9e/?fbclid=IwAR0ppZ6Ad6b51x5iX7b36fS8Q6K23alk2QsSJBQTTDVT0hWorGqfx-nH8sw_aem_AaIM3eOfiCDcuy07rbbXa4FP6QGQT80blJN6axy2k6S0UEZgViFFO0p9k2GBYWh9KPFGdoTkFfzvJknViT-LhWas

③薯仔“種”岀茨林圍 茨林囲にジャガイモを植える
https://www.youtube.com/watch?v=Pl3WmVd8c4o
【澳門記憶】大三巴牌坊旁的茨林圍,原是古時的“慶盛坊”,也曾是日本天主教徒聚居的圍村;隨著社會變遷,茨林圍曾逐漸走向衰微,所幸茨林圍仍保留著一批極具歷史價值的文物,並由一群生於此、長於斯的老街坊進行活化,讓古樹、古井、古城牆煥發新機,繼續述說茨林圍的記憶。
【マカオの記憶】 聖ポール天主堂跡の隣にある茨林囲は、古くは「慶盛坊」と呼ばれ、日本のキリスト教徒が住んでいた小路集落です。 社会の変化とともに、茨林囲は次第に衰退していきましたが、幸いなことに、この地域には歴史的価値の高い文化財が残っており、ここで生まれ育った旧住民のグループが再生活動を行っているため、古木や古い井戸、古い城壁がよみがえり、茨林囲の記憶を語り継いでいます。


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新年度の始まりは再会から

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JOCA南部-ブータン蕎麦と旧院生研修

 ロスで翔平が今季第1号のホームランを打った日、南部町法勝寺では蕎麦屋「やぶかつ」で将平が昼定食を食べていた。桜は小雨の八分咲。就職した青年海外協会JOCAの研修がJOCA南部でおこなわれていたのである。ちなみに、研修生6名は各地のJOCAで活動するが、その全体研修の会場が南部であり、5日で研修は終了し、全国の赴任地に散らばる。旧院生(将平)の場合、赴任地は広島県安芸太田市のJOCA×3(やぶ月)である。JOCA南部までのこのこ出かけていって旧院生に再会し、好物のブータン太麺きつね蕎麦をたくるのが目的というわけではなかったが、昼食時間に照準をあわせて訪問し、2週間ぶりの再会を果たした。ほんの半時間ばかりの再会であり、まもなく旧院生は新人研修の仲間たちと午後の活動に消えていった。


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 そこから大根島に向かった。中村元記念館を訪れ、『アシ・ツォメン みずうみのマーメイド』を献呈するとともに、今年から始まる年度業績の提出法について、少し具体的な話をうかがった。ずっと小雨が降っていて、中海も日本海も煙っていたのが残念。米子周辺のガソリンの高騰には驚いた。180円/㍑が平均値で、安くても178円(中部よりのエリア)、高ければ181円。なんでこんなに高いのか。奈良だとまだ160円代であり、鳥取インター近くのスタンドでは割引価格で154円なのに。鳥取インターから菖蒲集落は近い。昨年、ナマズ獲りに精を出した場所だ。その情報を知らせてくれた人物は県立中央病院で出会った中学校の同級生である。そうだ、彼女にも絵本をあげよう、ということで立ち寄ると、お返しに大粒イチゴのパックを一箱いただいた。田舎暮らしはこういうところがいいね。美味しかった。


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プロフィール

魯班13世

Author:魯班13世
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魯班(ルパン)は大工の神様や棟梁を表す中国語。魯搬とも書く。古代の日本は百済から「露盤博士」を迎えて本格的な寺院の造営に着手した。魯班=露盤です。研究室は保存修復スタジオと自称してますが、OBを含む別働隊「魯班営造学社(アトリエ・ド・ルパン)」を緩やかに組織しています。13は謎の数字、、、ぐふふ。

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