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第3回れきまち研究会「まちの里山資本主義」の記録(3)


鉢屋川で流し雛

 私たち「文化を守る会」がこれまでつくり出したものはいろいろあるのですけれども、昨年のオクトーバーフェスト(秋の地蔵祭)はNHKローカルでも取り上げられまして、一躍有名になったのが「地蔵ぜんざい」。それから「地蔵きな粉餅」「地蔵寿司」「地蔵せんべい(これはずっと前からある)」があります。
 それからもう一つ、「地蔵流し雛」。これは新たな試みとして計画しかけたことなのですが、登録文化財「倉吉市水源地ポンプ室」を最初に調査されたのは浅川先生のようですね。あの辺りから流し雛をして、五叉路手前の鯉のところで引き上げ、子どもたちがすこやかに育つようにお参りするというのがいいのではないかと考えていたのです。ところが、流し雛というのは神道の行事らしいので、これはいかがなものかということで、ちょっとこの辺は考え中です。
 そういえば、最近カナダからの来客がありました。下の写真の左から2番めは高校で英語のアシスタントティーチャーをやっておられるマギーさんです。もうすぐ赤ちゃんが生まれるというので、カナダからご両親が来日されました。旦那さんも一緒にお地蔵さんの前で映した写真です。カナダから来たご両親に鯉を見せたかったのだそうです。「『赤瓦』にも行ったけれどもこっちのほうがだいぶんいいよ」と仰っていました。


カナダ公民館便り70 3月号 pdf_01


しほっつぁんの復活へ

 埋もれているものを発掘してみたいのは、四王寺市(しほっつぁん)の復活です。私が小さいころ河原町の小鴨川の土手で農具市がありました。長谷の観音市のような感じでたくさんの人が農具を買い求めに来ておられたのを覚えています。そういう四王寺市を復活させたい。今日は来ておられませんが、河原町には木嶋さんというすごいアイデアマンがいらっしゃいます。木嶋さんは「農具市と言っても、今の長谷の観音市に農具なんて出ていない。食べもの屋ばっかりで面白くない」と言われます。それで、空き家を利用してフリーマーケットをやってみたらどうだろうかという案を出しておられます。四王寺市の意義について、またその歴史について、眞田会長に河原町で講演してもらいたいという話も木嶋さんとのあいだで出ています。
 それから、磯野長蔵の顕彰。磯野さんは、明治屋の社長の娘婿になった方です。後に明治屋とキリンビールが一緒になってキリンビールを創設するときに係わられたのですが、じつはこの近所の旧三島家のお生まれです。倉吉市で最初の名誉市民になられた方ですのに、町民にさえ余りなじみがない。もっと顕彰しても良いように思います。オクトーバーフェストの際、キリンビール山陰支社に早川公民館長が行かれて、キリンビールに出店していただいた経緯もあります。それから、磯野長蔵ミニ博物館というのを御生家の前の牧さんのお宅をお借りしてやりました。何か新たな顕彰を考えてもいいのではないかと思います。
 次に、もっと知りたい小川家。小川家住宅は県の保護文化財、庭園は県の名勝となりました。昭和の倉吉商店街を網羅した双六の紹介が残っています。その双六の上がりは河原町の小川家なんですね。小川家あっての河原町、河原町あっての小川家となるように、つながりをもっと強くしたいと考えています。



ほととぎす厠半ばに出かねけり

 いきなりですが、ここでクイズを出します。賞品はありませんがお考え下さい。

  第1問 「何桜彼桜銭世中」

これは劇の題名です。一体これは誰の何という作品でしょうか。そのまま読むと「なにざくらかれざくらぜによのなか」ですが、じつはそうではなくて、「さくらどきぜにのよのなか」と読みます。どうでしょう。ヒントを出しましょう。「人肉質入れ裁判」どうでしょう。

 ○会場 名前がいま思い出せんが、ヨーロッパのほうだね。

 ヨーロッパです。「ベニスの商人」のことです。中村宗十郎という人が初めて日本でシェイクスピアをやったときの劇の題名が「何桜彼桜銭世中(さくらどきぜにのよのなか)」となっています。何故この問題を出したかは後で言います。

  第2問 「ほととぎす厠半ばに出かねけり」

この俳句の作者は誰でしょう。ちょっとわからないかもしれません。作者は、野口英世の前に千円札になった方です。誰でしたかね。

 ○会場 ああ、野口さんの前の千円札。
 ○司会 まだ生まれてないだろう?
 ○会場 聖徳太子は………
 
 夏目漱石です。今イギリスのウィリアム王子が来日されていますが、『ベニスの商人』の作者シェイクスピアもウィリアム君なのです。ウィリアム・シェイクスピア。金がすべての人間は人に嫌われるということがこの戯曲には書かれてあるように思うのです。
 それから、夏目漱石。「ほととぎす厠半ばに出かねけり」というのは漱石の俳句ですが、漱石は東大の教授にならずに朝日新聞社専属の、当時では何の者ともわからないような小説家になった。それで、博士号もなんにも要らないと考えた。「ほととぎす厠半ばに出かねけり」という俳句ですが、漱石は西園寺公望という時の総理大臣から招かれれましてね。文化人ばっかり集めたパーティーの招待状をもらったのです。そのとき、漱石は所用があって出られないと返事を出しました。そのはしがきに、「ほととぎす厠半ばに出かねけり」という一句を添えたということです。時の総理大臣に、招待されればうれしくて、もうどうしようもないぐらいうれしくてたまらないでしょうに、私はトイレで用足し中だからよう行かない、という俳句を書いて出したのです。つまり、漱石という人は、地位や名誉よりももっと大事なものがあると考えていて、それを句にしたのだと思います。
 森鴎外もそうです。陸軍軍医総監になったのにもかかわらず、墓は、森林太郎墓以外の文字を彫るべからずと遺言し、その通りになっています。
 「河原町の文化を守る会」のメンバーも、お金もうけがしたくてやっているのではない。それが目的で活動しているのではないということです。人に褒められたり立派なことをしているぞというプライドがあってそれをやっているのでもない。ただ楽しいからみんなで一緒にやっているのです、ただそれだけです。そうではないですか。石井さんどうですか。

 ○会場 そのとおりだろうと思いますね。
 ○天野 冨谷さんもうなづいておられますね。
 ○会場 はい。  【続】


【これまでにアップしたサイトです】
 第3回れきまち研究会の記録(1) http://asaxlablog.blog.fc2.com/blog-entry-995.html
 第3回れきまち研究会の記録(2) http://asaxlablog.blog.fc2.com/blog-entry-997.html

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魯班13世

Author:魯班13世
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魯班(ルパン)は大工の神様や棟梁を表す中国語。魯搬とも書く。古代の日本は百済から「露盤博士」を迎えて本格的な寺院の造営に着手した。魯班=露盤です。研究室は保存修復スタジオと自称してますが、OBを含む別働隊「魯班営造学社(アトリエ・ド・ルパン)」を緩やかに組織しています。13は謎の数字、、、ぐふふ。

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