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続・奇跡の発見

01圧縮2015_11_14浅川先生現地指導 (18) 記者発表


記者発表から現説まで

 片貝家ノ下遺跡の現地説明会は14日(土)・15日(日)両日午後開催された。わたしは14日午前9時に現場入りし、さっそく遺跡をご案内いただいた。注目の埋没竪穴住居SI3については、まず断面に残る黒色土層の勾配に目がいった。向かって左(東側)の勾配は45度に近く、常識的には草葺き屋根の傾斜角である。ただし、向かって右(西側)の勾配はやや緩い。これについては、断面ラインが住居を半分割する東西軸から振れているためであろうと教えられた。担当者によれば、屋根勾配はさらにきつくなる可能性が高いという。
 黒色土層をわたしは草葺きの垂木の痕跡であろうと解釈した。厚さが10㎝程度で、しかも、黒色土層上面のところどころに突起が残っており、それは垂木上の木舞の痕跡であろうと思ったのである。さらに一部には、その上にもう一層の黒色土層が重なりあっている部分があった。それは草葺きの痕跡ではないか、と今のところ推定している。


00圧縮2015_11_14浅川先生現地指導 (15) 現説


 秋田県埋蔵文化財センターはこれらの出土状況を土屋根の痕跡としてとらえ、すでに記者発表していた。全国の焼失竪穴住居を視察し、大半のケースを「土屋根」だとわたしは解釈してきた。もちろん、それなりの根拠がある。焼失竪穴住居の場合、

  1)垂木などの炭化した構造材
  2)屋根下地と推定される炭化物層(西日本の弥生住居では茅が多い)
  3)屋根土の層

がセットで検出された場合、その蓋然性が高まる。片貝家ノ下遺跡は「焼失竪穴住居」ではないから、この3原則が必ずしもあてはまる必要はないのだが、今のところ、明瞭な「屋根土の層」が確認されているわけではないし、屋根勾配45度は、土屋根(もしくはその下地)として想定し難い数値である。また、一般的に土屋根の厚さは均一ではない。頂部で0~10㎝、周堤に近い底部で30~40㎝を測る。ところが、SI3の断面に残る黒色土層は厚10㎝前後でほぼ均一であり、2層構造になっているところでも厚20㎝程度であり、これを屋根土とみるのはやや難しいように思われる。


00圧縮2015_11_14浅川先生現地指導 (14) 現説


 この問題を考えるにあたって重要な意味をもつのは、昨日も指摘したように、降下火山灰であろう。①降下火山灰が火熱を帯びていた場合、屋根の葺き草は焼け、垂木や木舞は炭化するであろう。②土屋根であったなら、屋根の木材等は炭化せず土壌化し、土屋根の層は明瞭に痕跡を残したであろう。降下火山灰が火熱を帯びていない場合、③屋根の木材等は炭化せずに土壌化し、土屋根ならその層を残し、草屋根なら消滅したと思われる。こうした降下火山灰の問題は、私の力量の及ぶところではなく、火山灰の専門家に解釈を委ねたい。


ブログ01片貝家の下遺跡見学会資料_04 現説資料より


 わたしはあくまでも、建築考古学の立場で意見をのべるしかない。繰り返しになるかもしれないが、

  ①45度を超える屋根勾配
  ②黒色土層の上面に残る木舞状突起の痕跡
  ③2層構造の場合、炭化した葺き材の堆積層と推定される丈(せい)の短い黒色層
  ④明瞭な屋根土層が未だ確認されていない点
  ⑤斜めの黒色土層が周堤にさしこまれ、それら全体を降下火山灰(草屋根?)の層が覆っている点

などを勘案した結果、記者発表と一般来場者用の説明の両方において、「草葺きの可能性が高い」と発言した。


ブログ02片貝家の下遺跡見学会資料_04 現説資料より


01圧縮2015_11_14浅川先生現地指導 (17) 記者発表


 ただ、ひるがえってやや気になる点がある。屋頂に近い最上部の遺構検出面で黒色土層がコ字形をなして連続しており、それは板状垂木の痕跡、または屋根に貼り付けた薄い粘土(屋根土の一種というよりも、トチ葺きの板をつなぐ接着剤のようなものか?)の可能性を示唆している。であるにしても、屋根勾配はきつすぎると思うのだが、今後さらなる検討が必要であろう。
 現場を観察して、屋根の構造を「草葺き」と推定したが、これをネガティブにとらえる必要はまったくない。頑丈な土屋根構造ではなく、脆弱な草葺き屋根の構造が3次元的に残るということ自体、なおさら衝撃的なことだと考えている。

 現説冒頭で自分の考えを披露し、わたしの役割は終わった。観衆に紛れ込んだ池田さんを探してもらい挨拶をして、現場を離れた。午後4時半の飛行機にのるため、即刻秋田空港に引き返さなければならなかったのである。
 発掘調査に関わるようになって28年、焼失竪穴住居を最初に観察した南谷大山遺跡(鳥取県羽合町・1992)以来なら23年の歳月が流れている。 これだけの時間をまって、ようやく3次元的に形を残す屋根構造を目の当たりにした。まことに幸運なことである。秋田の地に招聘いただいた県埋蔵文化財センターほか関係各位に深い感謝の気持ちをあらわしたい。【完】


新聞報道

 現説は雨でコンディションは良くなかったが、県内外から計600人もの見学者が押し寄せた。わたしが現場にいたのは初日だけだったが、久しぶりに考古学の活気を感じた一日でもあった。
 以下、11月15~16日の新聞報道を転載しておく。

151115_秋田さきがけ_01doc 151115_秋田さきがけ_02doc 11月15日 秋田魁新報

151115_毎日秋田版_01doc 11月15日 毎日新聞

151115_北鹿_01doc 11月15日 北鹿新聞

151116_読売秋田版_01doc 11月16日 読売新聞


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魯班13世

Author:魯班13世
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魯班(ルパン)は大工の神様や棟梁を表す中国語。魯搬とも書く。古代の日本は百済から「露盤博士」を迎えて本格的な寺院の造営に着手した。魯班=露盤です。研究室は保存修復スタジオと自称してますが、OBを含む別働隊「魯班営造学社(アトリエ・ド・ルパン)」を緩やかに組織しています。13は謎の数字、、、ぐふふ。

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