2016居住環境実習・演習Ⅱ中間報告会(その6)


(3)谷口ジローの風景 -『父の暦』に描かれた町並み-
谷口ジローは鳥取市出身の漫画家である。1966年に上京し、石川球太、上村一夫のアシスタントを経て独立。関川夏央らの原作者と組み、ハードボイルドやSF、動物ものなど多彩な分野の作品を手がける。ベルギー・フランスの漫画、バンドデシネに強い影響を受け、ペンネームのジローは、バンド・デシネの代表作家、ジャン・ジローに由来するという。『歩くひと』(1990-91)の翻訳版刊行を機にヨーロッパでの評価が高まる。故郷の鳥取を舞台とする三部作『父の暦』(1994)、『遙かな町へ』(1998)、『魔法の山』(2007)があり、すべてフランス語訳されている。『父の暦』は2001年、フランスのアングレーム国際漫画フェスティバルでキリスト協会賞を受賞、その2年後には『遥かな町へ』がヨーロッパの3大コミック大賞を制覇し、2011年には「フランス政府芸術文化勲章(シュヴァリエ)」を受賞した。

1994年に刊行された『父の暦』には、立川~樗谿の戦後の風景がたくさん登場している。近代化した空港や商店街と対照的な「過去」の風景として描かれている。『父の暦』のあらすじを紹介する。主人公は父とわだかまりがあり、地元の高校を卒業後、故郷を離れ、東京の大学に進学した。そして、そのまま東京で就職し、長年故郷の鳥取市に帰省していなかった。しかし、父が亡くなったという知らせを受け、三十年ぶりに故郷に帰ることになった。通夜のために帰省した主人公を、故郷の人たちは温かく迎え、父の思い出を語る。自分が知らなかった真実、父の優しさと切ない思いに触れ、おぼろげに父との思い出や故郷の風景を思い出していく。『父の暦』は、「故郷に帰るのではなく、いつの日か故郷がそれぞれの心の中に帰ってくる」ことを描いる。そして、故郷をとおして「父」という存在の重さを語ろうとしたものである。このように、樗谿や立川の風景が、多くのコマで描かれている。


ゼミの卒業生(4期生)、松本さんは2007年度の卒業論文で「谷口ジローの風景」データベースを作成しました。『父の暦』『遙かな町へ』に描かれた県内すべてのコマを集成し、現状(当時)の風景写真と対比させたものです。上図の右はそのデータシートのサンプルである。すでに述べたように、『父の暦』には主人公が幼少期を過ごした鳥取の風景として、立川~樗谿の景観が少なからずとりあげられている。

データシートのサンプルをさらに示そう。上は『父の暦』P.32の1コマ目である。主人公におぼろげに残る父との思い出の場所として、樗谿の鳥取東照宮随神門周辺を背面から描いている。左下が2007年の撮影、右下が現在の撮影である。ちょうどいま4年生・院生が随神門や手水屋(ちょうずや)の実測調査をしている。
下は『父の暦』P153、1コマ目の上町・観音院前である。母が別居した日、母を探すために家を飛び出した主人公を父が迎えに来た時の場面。このカーブする旧道は「放哉の小径(こみち)」と命名されている。鳥取出身の自由律の俳人、尾崎放哉(1885-1926)にちなむ道とされている。谷口ジローの描く風景をどのように活用しているのか、と言うと、文化財建造物とともに町並みの拠点に位置づけ、「まちあるきコース」に取り込みたいと考えている。

今後は以下をめざす。
①歴史的外観を留める町家等建造物の連続立面 図のスケッチ、
②撮影した町家等(など)建造物のデータベースの完成
③「谷口ジローの風景」データベースの完成
これらを町並み保全に役立てていきたい。(ぱでぃ)