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薬師寺ぶらのすけ

 160730 薬師寺マップ 薬師寺マップ


 こんにちは、くらのすけです。平城宮に続き、薬師寺の報告をします。
 薬師寺は680年に天武天皇が発願した官寺です。官寺とは律令制下、寺を維持していく費用をすべて官から支給され、かつ監督された寺を指します。730年には既に東塔が建立されています。その後、973年に金堂・東西両塔を除いてほぼ焼失したのをはじめ、1445年には大風で金堂が倒壊し、1528年には兵火で西塔も失いました。こうして創建時の建物は東塔のみとなりました。現在、寺に残る建築のうち、奈良時代にさかのぼる唯一の建物となっています。本来、東塔は三重の建物ですが、各層に裳階をつけており、六重に見える塔です。この特異な形が、全体として律動的な美しさを持ち、”凍れる音楽”という愛称で親しまれています。ただ、訪れた際は解体修理により見ることができず残念でした。
 「薬師」とは医者を指します。僧侶はお医者さんとして人々の病気を治していましたそれが薬師如来です。薬師寺とは、薬師如来を祀ることが由来となっています。。ブータンやチベットの僧院で薬学・医学が盛んなことを思い出しました。


 160730 東塔(修理中) 東塔(修理中)


 160730 大講堂 160730 金堂
左:大講堂(平成復元)   右:金堂(昭和50年代復元)


 薬師寺三重塔の様式的特長の一つに「地円飛角」の垂木が挙げられます。天平時代になると垂木は上下二段にある「二軒」となります。下側を「地垂木」、上側を「飛檐垂木」と呼び、地垂木の断面は丸型(円型)、飛檐垂木の断面は角型で、この様式を地円飛角といい。中国から伝来した古風な建築様式です。薬師寺東塔はその最古例として知られています。


160730 二軒 160730 西塔
左: 二軒(講堂)      右: 西塔(昭和復元)


160730 東院堂 東院堂


 回廊から内側の建造物は東塔をのぞくと昭和~平成に復元されたものばかりでしたが、回廊の外に建つ東院堂は鎌倉時代に再建さられた国宝建築です。元明天皇のために皇女の吉備内親王が養老年間(717から724年)に創建した東禅院が前身です。現在の建物は弘安8年(1285年)の建築。堂内の厨子に本尊・聖観音立像を安置しています。先生は復元事業の事前調査として薬師寺回廊の発掘調査にも携われたそうです。東院堂の縁は休憩場所だったので、思い出深そうで、改めて「とても良い建築だ」と唸られていました。


160730 回廊 回廊(復元)

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魯班13世

Author:魯班13世
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魯班(ルパン)は大工の神様や棟梁を表す中国語。魯搬とも書く。古代の日本は百済から「露盤博士」を迎えて本格的な寺院の造営に着手した。魯班=露盤です。研究室は保存修復スタジオと自称してますが、OBを含む別働隊「魯班営造学社(アトリエ・ド・ルパン)」を緩やかに組織しています。13は謎の数字、、、ぐふふ。

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