薬師寺ぶらのすけ

こんにちは、くらのすけです。平城宮に続き、薬師寺の報告をします。
薬師寺は680年に天武天皇が発願した官寺です。官寺とは律令制下、寺を維持していく費用をすべて官から支給され、かつ監督された寺を指します。730年には既に東塔が建立されています。その後、973年に金堂・東西両塔を除いてほぼ焼失したのをはじめ、1445年には大風で金堂が倒壊し、1528年には兵火で西塔も失いました。こうして創建時の建物は東塔のみとなりました。現在、寺に残る建築のうち、奈良時代にさかのぼる唯一の建物となっています。本来、東塔は三重の建物ですが、各層に裳階をつけており、六重に見える塔です。この特異な形が、全体として律動的な美しさを持ち、”凍れる音楽”という愛称で親しまれています。ただ、訪れた際は解体修理により見ることができず残念でした。
「薬師」とは医者を指します。僧侶はお医者さんとして人々の病気を治していましたそれが薬師如来です。薬師寺とは、薬師如来を祀ることが由来となっています。。ブータンやチベットの僧院で薬学・医学が盛んなことを思い出しました。



左:大講堂(平成復元) 右:金堂(昭和50年代復元)
薬師寺三重塔の様式的特長の一つに「地円飛角」の垂木が挙げられます。天平時代になると垂木は上下二段にある「二軒」となります。下側を「地垂木」、上側を「飛檐垂木」と呼び、地垂木の断面は丸型(円型)、飛檐垂木の断面は角型で、この様式を地円飛角といい。中国から伝来した古風な建築様式です。薬師寺東塔はその最古例として知られています。


左: 二軒(講堂) 右: 西塔(昭和復元)