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ガロ

 深夜のBS朝日「熱中世代 大人のランキング」(再放送)で元ガロのリーダー、大野真澄のトーク番組をやっていた。聞き手は鴻上尚史。ガロと言えば「学生街の喫茶店」(1972)なんですが、昭和歌謡曲風の曲調に少々腰がひけてしまう。しかし、あの曲はレコード会社がレコードの売り上げを狙ってガロに歌わせたもので、大野の発言に従うならば、「みな好きな曲ではなく、ライブ・ステージでは歌わなかった」そうです。
 ガロは日本のCSN(&Y)と呼ばれていた。下は「青い目のジュディ」のコピー演奏。これだけ複雑な3声のコーラスをこなすだけでもたいしたものだ。ギターはもちろん変則チューニング(EEEEBE?)になっている。


 


 CSN(&Y)をやりたい気持ちは死ぬほどわかるし、実際やれたのだから、その気持ちは私などよりはるかに強いものだったろう。しかし、日本の音楽シーンはCSN(&Y)から遠すぎた。ひょっとすると、今なおCSN(&Y)に追いついていないかもしれない。「青い目のジュディ」をモデルにして日本語の歌をつくってもレコードは売れない。

 不思議なことに、大野真澄は番組でCSN(&Y)のことにまったく触れなかった。かれは終始ビートルズ愛を語り、「方向性がちがうと言っても、みんなビートルズが好きだった。その点で音楽の方向性のちがいなどなかったに等しい」と言い切ったのだ。しかし、現実には結成後5年目にあたる1976年にガロは解散している。
 少し調べてみたが、音楽指向のちがいは確かにあったと思う。CSN(&Y)路線を推し進めたかった堀内護、クラプトンに憧れてハードロックバンドを組んだ日高富明、ビートルズが好きだと言いながら吉田拓郎や歌謡界との連携を強めようとした大野真澄。ウィキペディア「ガロ」には、以下の逸話が紹介してある。

  解散理由としては日高富明がロック志向になったという音楽的対立の他、大野真澄が音楽的にも
  人間的にも吉田拓郎に傾倒していったことが直接的には大きいという。それまでハーモニーを重要視
  して音楽性を追求してきたが、拓郎に曲を書いてもらうという話になり、拓郎宅に三人で行ったが、
  大乗り気の大野と比べて乗り気でない他の二人が、曲は自分たちで書くからプロデュースだけして
  欲しいと拓郎に提案すると拓郎が怒り話が流れた。もう一緒に出来ないと解散が決まり(後略)



間奏のオーボエがよいね~



 拓郎の音楽が好きになれないという日高・堀内の気持ちはよく分かる。が、大野の判断は正しかったとも思う。拓郎に曲づくりを委ね、「学生街の喫茶店」以来の大ヒット曲を生む。そうすることで、バンドの運営が楽になる。テレビに露出するときは歌謡曲もどきのヒット曲を披露してレコードの売り上げをのばし、自分たちの企画するステージではCSN(&Y)でもクラプトンでも好きなものをやればいい。CSN(&Y)がそうであるように、演じる曲の主導者を他のメンバーがサポートするようにすれば、いろんなジャンルの音楽を演者も聴衆も楽しめる。ヒット曲があればこそ、そういう贅沢ができるのであって、レコードが売れなければ音楽活動そのものが減衰してしまう。

 CSN(&Y)は固定的なバンドではなく、4つの個性が融合しぶつかりあうアメーバーのような集合体として今に至る。ガロはCSN(&Y)の音楽だけ学び、そういう組織のあり方をモデルにできなかった。そこにガロの悲劇があったように思われてならない。そうした柔軟なあり方を実践してみせたのはアルフィーではないだろうか。アルフィーはもともと大野のバックバンドとして出発している。細かいことは、ウィキぺディアの「ガロ」と「アルフィー」を読み比べていただきたい。結果として、両者の実績には驚嘆すべき格差が生まれている。

 個人的にはアルフィーよりガロの方が好きなので、二人の追善供養にと、さきほどガロのベスト・アルバムを注文した。アルフィーのCDを買うことは今後もないだろうが、そういう私は例外的なリスナーなのかもしれない。



大野のバックバンドがアルフィーで、ムッシュかまやつのバックバンドがガロだった。これはクロスビー風ですね(とくに後半)。ムッシュも本当は「我が良き友」が好きではない、とどこかでコメントしていました。



バズのこの曲はニール・ヤングだ。『ハーヴェスト』1曲め「アウト・オン・ザ・ウィークエンド」をモデルにしている。コード進行、ギターのカッティング、ハーモニカの使い方、すべてそっくり。ただし、メロディは「ケンとメリー」のほうが良いかも。

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魯班13世

Author:魯班13世
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魯班(ルパン)は大工の神様や棟梁を表す中国語。魯搬とも書く。古代の日本は百済から「露盤博士」を迎えて本格的な寺院の造営に着手した。魯班=露盤です。研究室は保存修復スタジオと自称してますが、OBを含む別働隊「魯班営造学社(アトリエ・ド・ルパン)」を緩やかに組織しています。13は謎の数字、、、ぐふふ。

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