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東照宮紀行(二) 久能山篇

20170308 ① 20170308 ② 図1・2


久能山東照宮-神仏分離

 三日目となる3月8日(水)、静岡市の久能山東照宮を訪ねた。静岡駅からバスで日本平へ、日本平からはロープウェイに乗って久能山をめざす。空は快晴、道中から富士山がよくみえた(↑左)。
 久能山に着いて、さっそく東照宮境内へ。最初に目に入ったのが五重塔跡地である(↑右)。徳川家光の建立にかかる五重塔は高さ30メートルに達したが、維新後の神仏分離政策によって明治6年に取り壊されてしまう。鳥取市立川の大雲院が樗谿の因幡東照宮境内地から立ち退きを命じられたように、久能山でも神仏習合の空間構成は神道に純化?されていったのである。当時の「神仏分離/廃仏毀釈」運動が如何に強烈なものであったかを窺える。


20170308 ④ 図3


日光と久能山

 日光と同じく、豪華絢爛な荘厳が境内を飾る久能山東照宮だが、とりわけ目を引かれたのは極彩色の拝殿である。日光東照宮は、陽明門や唐門等に代表されるように、胡粉の白を基調にしていたが、久能山は黒漆を基調にしつつ落ち着いた淡い青・緑・紅が印象的であった。


20170308 ⑤ 図4


 こうした色彩を比較しても、日光と久能山は対照的な霊廟だと感じた。塗装彩色にとどまらず、境内の雰囲気がとても対照的に思えた。煌びやかなで賑やかな荘厳の日光東照宮は、神格化した東照大権現を祀る政事(まつりごと)の舞台としてふさわしい。一方、木漏れ陽が「奥社」を照らし、雄大な駿河湾を望む久能山(図6)には、自然の中でゆったりと時が流れる家康の「眠り」の場である。これほど素敵な安息の地もないであろう。天下をとってほどなく駿府に隠居し、そこで生涯を終えた家康の地元愛を理解できたような気がした。


20170308 ⑥ 図5


*図1 日本平から富士山を望む  図2 五重塔跡地    図3・4 久能山東照宮拝殿 
 図5 久能山東照宮「奥社」  


20170308 ⑦ 図6


「一角一根」説、再び

 日光と久能山の違いを五感で感じとりながら久能山を下りていくと、楼門の狛犬と目が合った。境内で散々写真を撮ってきたが、別れるとなると寂しく感じ、マジマジと狛犬を見てしまう。そこで新たな発見があった。狛犬は頭に立派な一角を備えるだけでなく、下半身には写実的な一物が表現されているではないか。先生が提唱した「一角一根」説を裏付けるかのような発見に運命を感じずにはいられない。そんな衝撃とともに三日目の幕を閉じた。【続】


20170308 ⑧
↑図7 狛犬全景  ↓図8 狛犬細部 
20170308 ⑨


*図6 久能山から望む駿河湾  図7・8(本文参照)

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魯班13世

Author:魯班13世
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魯班(ルパン)は大工の神様や棟梁を表す中国語。魯搬とも書く。古代の日本は百済から「露盤博士」を迎えて本格的な寺院の造営に着手した。魯班=露盤です。研究室は保存修復スタジオと自称してますが、OBを含む別働隊「魯班営造学社(アトリエ・ド・ルパン)」を緩やかに組織しています。13は謎の数字、、、ぐふふ。

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