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座談会「遺跡整備とオーセンティシティ」(2)

図04長屋王邸の復元模型_04 図4


なぜ入母屋造なのか

 司会  わたしも亡くなられた岡田英男先生にはお世話になりました。岡田先生のご指導で長屋王正殿を復元されたのですね。
 浅川  そうです。岡田先生のご指導でした。
 山田  長屋王邸正殿は当初切妻だと思われていたが、図面を描いてみると整合性がないのではないかということから、立体化して描いていくプロセスで構造や意匠を復元的に理解できる。それが復元の一つの意義なのかなと思いました。
 浅川  四隅が隅行45度でおさまる平面ならば、常識的には入母屋か寄棟に復元するのですが、長屋王邸正殿の場合、端間は15尺×10尺ですから振れ隅になります。こういう遺構はたしかに切妻に復元するのが一般的なんですが、貴族・皇族住宅のなかで切妻造建物のランクは低い。他の貴族住宅正殿では入母屋・寄棟に復元できる遺構が出土しているのに、最上級クラスにあたる長屋王の正殿が切妻ということはないだろう。であるとすれば、どうしたら入母屋造にできるか、という疑問があって、大瓶束風の処理の発想が芽生えたわけです。切妻でももちろん納まりますが、長屋王邸正殿というランクと切妻という屋根形式がミスマッチなので、構法を考え直したんですね。
 司会  ここでもミスマッチ?(笑)


図05長屋王邸の復元模型_05 図5


四隅の切り込み階段

 浅川  図4は「年中行事絵巻」に描かれた絵などをもとに復元された平安宮紫宸殿と長屋王邸正殿の平面比較です。よく似ているでしょう。身舎の梁間は2間を原則としていますが、平城宮の内裏正殿は3間になっていて、長屋王邸正殿も3間ですし、鈴木亘さんの復元された平安宮紫宸殿でもそうなっています。さらに、端間だけながい寸法計画も平安宮紫宸殿と長屋王邸正殿に共通しています。「年中行事絵巻」はまさにこの端間部分を描いているのですが、落棟の下に切り込み階段を表現している。つまり、柱間の長い紫宸殿の四隅には切り込み階段があった。現在の京都御所紫宸殿(幕末造替)も同様です。正面中央にも幅広の階段がありますが、わたしはこの「四隅の切り込み階段」を古式なものとして重要視しています。
 図5が学報(『長屋王邸・藤原麻呂邸の調査』1995)掲載の復元図を自ら更新したものです。四隅に切り込み階段を設けて平面を十字形にしています。こうした復元プロセスのなかで、はっと気づいたのですが、関野克先生が正倉院文書から復元された紫香楽宮「藤原豊成板殿」も十字形平面になっている(図6)。四隅に階段の表現はありませんが、隅木のない錣葺きの原始入母屋造の場合、この点注意しないわけにはいきません。
 眞田  纒向の正殿も四隅に切り込み階段で復元されてましたね。
 浅川  その件については、あとでもう一度とりあげますので。


図06長屋王邸の復元模型_06 図6


図07長屋王邸の復元模型_07 図7


リバーシブルな整備手法

 司会  復元研究はしばらくおいて、平城宮の整備についてもお話しください。
 浅川  奈文研で育ったので、平城宮を基準にして全国の整備指導をやってきたのですが、いまはそのことを結構反省しています。平城宮の整備手法を振り返ると、図7が1980年代の整備(第2次大極殿・内裏地区)の航空写真で、図8は遺構と復元表示の関係を示すジオラマです。このころ復元建物はほとんどありません。基本は、遺構上に80センチの土盛りをして盛土上に復元表示する。表示パターンがいくつかあります(図9)。①遺構に覆屋をかけて遺構を露出展示、②柱位置・基壇のみの復元、③約1メートルの高さまでの建物の部分復元(兵部省・式部省)、さらに④完全な建物復元(推定「宮内省」)など表現を組み合わせている。当時はなんとも思わなかったのですが、改めて考えると、この時代の整備が好ましいと思えてしまう。推定「宮内省」には3棟の復元建物が建っています。このような「少数・小規模・リバーシブル」の原則に従うのならば、日本の遺跡の場合、復元建物を含んでよいと思っています。


図08長屋王邸の復元模型_08 図09長屋王邸の復元模型_09 図8・9


 司会  「少数・小規模・リバーシブル」のうち、 少数・小規模は分かるのですが、リバーシブルについてもう少しお話しいただけませんか?
 浅川  ここにいうリバーシブル(reversible)とは「回復可能」という意味で、ヨーロッパの修復理念としてしばしば使われる用語です。遺跡整備に伴う復元建物もリバーシブルであるべきだと思うのです。推定「宮内省」復元建物の場合、盛土のなかにコンクリート基礎を埋め込んで建物を常置化しているからリバーシブルとは言えないだろう、というご批判を頂戴しそうですが、いざとなれば建物を解体できる(解体しやすい)し、素朴なコンクリート基礎を撤去すれば、当初の遺構を再観察できる。だから、リバーシブルは「解体可能」と言いかえてもいい。遺跡上に建物を復元する場合、建物の真下(地下)にオーセンティックな遺構があるのですから、復元建物はリバーシブルであるべきだと思っています。
 図10は2回目の総担当をやった造酒司です。日本の遺跡というのは、こういう2次元的で凹凸に乏しい遺跡が圧倒的に多い。そして、2次元であるが故に遺跡の内実もよくわからない。だから、一部に3次元的な復元建物を含むほうが遺跡をイメージしやすい。実証性が高いとはいえないが、復元に大きな間違いがあるとも思えないし、リバーシブルな構法を採用することで遺構を再確認できるようにしておけばよいと思うのです。 【続】


図09長屋王邸の復元模型_10 図10

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魯班13世

Author:魯班13世
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魯班(ルパン)は大工の神様や棟梁を表す中国語。魯搬とも書く。古代の日本は百済から「露盤博士」を迎えて本格的な寺院の造営に着手した。魯班=露盤です。研究室は保存修復スタジオと自称してますが、OBを含む別働隊「魯班営造学社(アトリエ・ド・ルパン)」を緩やかに組織しています。13は謎の数字、、、ぐふふ。

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