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座談会「遺跡整備とオーセンティシティ」(3)

図12長屋王邸の復元模型_12 図11


朱雀門に学ぶ

 司会  平城宮朱雀門・東院庭園・大極殿の復元事業(図11)とも係わられたんですよね。
 浅川  はい。図12が朱雀門の出土状況と復元平面図です。写真の穴ぼこは礎石の据えつけ痕跡で、このほか基壇版築と雨落溝が検出されています。復元平面は5間×2間(柱間17尺等間)となります。平面までは実証性が高いわけですが、上屋はどうやって復元したのか。『続日本紀』には「重閣門」という表現があるので、平城宮正門の朱雀門が二重門か楼門だった可能性は高く、時代は下りますが、平安末の「伴大納言絵詞」に描かれた朱雀門は二重門になっています。最近、平屋案もでていますが、わたしは納得できません。他の宮城十二門の場合、平屋ならば端間が中央三間より短くなっていますからね。朱雀門だけ原則を逸脱しているのはおかしい。こうした証拠から構造形式の大枠は二重入母屋蔵と仮定し、建築の細部は和銅三年(710)の平城遷都に近い薬師寺三十塔、法隆寺金堂・中門、唐招提寺金堂などの細部を使って設計するわけです。時代的に問題がない要素をパッチワークでつなぎ合わせていく。こうした方法を鈴木さんや細見さんから学びました。


図13長屋王邸の復元模型_13 図12


 眞田  復元はミスマッチじゃなかったんですか?
 浅川  いやいや、これはもう最高のミスマッチでしたね。決して係わっちゃいけないものだった(笑)。平城宮朱雀門は1997年に竣工したのですが、「古都奈良の文化財」の世界遺産登録(1998)の直前ですから、イコモス派遣の審査員は神経質になっていただろうと想像しています。そもそもヴェニス憲章(1965)は復元/再建をアプリオリに禁じています。世界遺産条約(1992)は「根拠が大なら容認」ですが、朱雀門の場合、復元の根拠は薄弱ですからね。結局、こういう復元建物が審査をくぐり抜けたのは奈良ドキュメント(1994)のおかげなんでしょう。あれは、ホームアドバンテージだ・・・
 司会  どういうことですか。
 浅川  奈良オーセンティシティ会議では、遺産や修復の「多様性」を強調しますが、ホームの日本にとって多様性とは「復原/復元」にほかならないですからね。ヴェニス憲章で認められていない「復原/復元」という介入を、奈良ドキュメントでは「多様性」という傘の下で認めさせようとしたと批判されても仕方ない。奈良ドキュメントは、その前言によると、ヴェニス憲章を継承・発展させようとしたものですが、復原/復元を容認することで、材料のオーセンティシティの喪失を許容することになった。結果として、ヴェニス憲章の根本理念をなしくずしに崩壊させてしまった。
 司会  しかし、奈良ドキュメントのおかげで、日本の世界遺産は増えていくのですよね。
 浅川  奈良ドキュメントは世界遺産登録のハードルを下げることに貢献しましたが、いまや世界中で数が増えすぎて、世界遺産の飽食現象がおきてしまっています。数が増えれば増えるほど価値が下がってゆく。 【続】


図14長屋王邸の復元模型_14 図13

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魯班13世

Author:魯班13世
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魯班(ルパン)は大工の神様や棟梁を表す中国語。魯搬とも書く。古代の日本は百済から「露盤博士」を迎えて本格的な寺院の造営に着手した。魯班=露盤です。研究室は保存修復スタジオと自称してますが、OBを含む別働隊「魯班営造学社(アトリエ・ド・ルパン)」を緩やかに組織しています。13は謎の数字、、、ぐふふ。

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