サテンドール(ⅩⅩⅢ)


遠音
サテンドール・シリーズを復活しようと思い立ったのは、八雲立つ出雲の街に「サテンドール」という名のジャズ喫茶があることを知ったからだ。しかし結局、その店を訪れることは叶わなかった。すでに発症してしまっている。
スタートは米子市郊外の奥谷にある「遠音」という店。ジャズ喫茶と言えば、音楽を鑑賞する場所である。時によっては、メモをとったりする。実際、わたしは主人に対して、今流れているアルバムについて質問し、
リー・コニッツです。アルトではなく、テナーを吹いているコニッツ。
という返事を頂戴したので、小曽根真&ゲイリー・バートン@松山のチラシ余白にそそくさとメモ書きした。調べてみるか・・・


おそらく『インサイド・ハイ・ファイ』(Lee Konitz - Inside Hi-Fi ・1956)であろうと思う。クール・ジャズの雄コニッツが、アトランティックに残した初期の代表作で、「アルト・サックスをはじめ、テナー・サックスを吹いたトラックも収録した貴重盤」と紹介されている。メンバーは、リー・コニッツ(as,ts)、サル・モスカ (p)/ビリー・バウアー (g) 、ピーター・インド(b)、アーノルド・フィシュキン(b)、ディック・スコット(ds)。トップ・レビューには、「ギター(ビリー・バウアー)とのユニゾンプレイはまるで2管のように響く。コニッツ作品の中でも最上の出来」と絶賛している。
ここまで書いたからには買わねばなるまい。1000円で新品が届きます(中古より安い)・・・いやまて、買うならビリー・バウアーか。そうしよう。輸入盤にレアで良いのがあるな。


遠音は純粋なジャズ喫茶ではない。時間帯で流れる音楽を変えている。午前はクラシック、昼はボサノバ、午後はジャズというふうに。室内の雰囲気も暗くて尖った感じはまったくしない。オープンで明るく、音楽を学ぶというムードはまるでない。もっとリラックスしているが、お客様の行儀はよく、だべりまくるご婦人たちの群れはいないのである。夫婦、親子、カップルなどが静かに音楽を聴きながら文庫本や漫画を読んでいる。書棚には故谷口ジローの作品もたくさん並んでいた。
こうした雰囲気はコニッツを始めデズモンド、マリガンあたりの洗練された演奏とよくあっている。冷蔵庫クラスの大きなスピーカーはフロア奥の床面にゆったり正座している。音量は大きすぎず、器材の威圧感を感じない点もジャズ喫茶としては異端であり、特筆すべきだろう。ただし、メニューはシンプルだ。珈琲・紅茶・ケーキのみ。このあたりは「ジャズ喫茶」的である。プレーンのシフォンケーキに苦みの強い珈琲をつけてもらった。セットで700円。安いね。
ジャズファンというよりも、音楽好きな普通の客をターゲットとした店で、玄人筋は不満かもしれないが、わたしはとても気に入った。いずれまた訪れて、文庫本などゆっくり読みたい。

放浪の天才画家-山下清展
米子市美術館へ移動し、「山下清展」をぐるりとまわった。1階の照明がひどい。ダウンライトの赤目の光が額縁やショーケースのガラスに反射してまともに絵がみえない。自影も露骨なほどガラスに映る。1000円の入場料をとってこのザマか・・・2階は改善されていた。ショーケースがなくなって、額縁にもガラス板のないものが多く、山下の作品をじっくり味わえた。ウィーンの美術史博物館とか、バルセロナのピカソ美術館を思い出すわけです。大きな油絵が壁にかけられていて、何の障壁もない。フラッシュを焚かなければ写真を撮ってもいい。未だ欧州のレベルには遠いわけです。
山下清は貼り絵から出発したんだね。父方の叔母が切り絵に没頭しており、没後、河原町公民館で個展を開いたりしたので、わたし個人にも馴染み深いものである。貼り絵・切り絵がゴッホ風印象派の絵に展開していくのはよく理解できる。山下は陶芸にも手を染めている。どっちかというと、わたしは絵よりも焼き物が気になった。そしてまもなく、山下清が吉田璋也の招聘で鳥取に滞在したことを知る。砂丘と牛ノ戸で遊んだらしい。そんなこんなで、このたびのリーチ展(鳥取)と山下清展(米子)の背後にいる人たちの顔が走馬燈のように浮かんでは消えたのだった・・・(大袈裟だね)
それにしても、生き方の問題なんだな。放浪癖の治らない寅さん、高田渡、そして山下清。羨ましいとしか言いようがありません。【続】
