山湯山の梨園と浜湯山の辣韮畑(2)


続・林道を下る
7月5日(水)。11名で摩尼寺門前から湯山に至る林道をトレッキングしました。林道は摩尼寺側の一部をのぞいてアスファルト舗装されており、歩きやすかったです。天気も丁度良い曇り空でした。
道中から日本海と浜湯山のラッキョウ畑を望むことのできる場所がありました。写真中央に見える小島は「海士島(あまじま)」です。その形からクジラ島と呼ばれる場合もあるそうです。薄茶色の砂地はラッキョウ畑です。4月には収穫前の青々とした葉が繁っていましたが、5~6月に収穫が終わり、いまは砂丘に戻っています。しかし、まもなく新しい球根が植え付けされ、10月下旬~11月初旬には紫色の花が咲き乱れます。一年を通してさまざまな風景を愉しむことができるのです。

林道を歩き始めて30分ほどで摩尼山北麓にある最初の梨園に辿り着きました。すでに梨の実は袋掛けがされていました。しかし、袋掛けがされていない木が1本あり、まだ小さい梨の実を見ることができました。そこから、さらに山道を下ると前回梨の花の撮影に訪れ山湯山の集落近くの梨園が見えてきました。


↓袋かけ ↑袋かけしてない小さな梨の観察



棚田から梨園へ
山麓の梨園は斜面に木が植えられていましたが、集落近くの梨園は平坦な土地が階段状に展開しており、元は棚田であったことが分かります。摩尼山北麓の斜面で始まった梨栽培が徐々に棚田にまで浸透し、水田に取って代わっていったものと推定されます。そうした水田はなお一部に残っていますが、集落側では野菜畑に変わってしまった田も少なくありません。こうした土地利用の変化は、航空写真からも確認できます。


航空写真引用:国土地理院 地図・空中写真閲覧サービス http://mapps.gsi.go.jp/maplibSearch.do#1


ラッキョウ畑の景観変化
出発から1時間ほどで山湯山果実組合に到着し、休憩の後、浜湯山のラッキョウ畑へ向かいました。福部砂丘では昭和24年に軍演習地の払い下げによって栽培植物の作付けが盛んになり、その中でもラッキョウは乾燥に強い作物として注目されました。また、ラッキョウの栽培は、葉が砂地を覆うことで「飛砂」を防止するという長所があったと聞いています。今回は、収穫が終わり砂地が露出したためか、一部の道路に砂が飛んでおり、そのことでラッキョウの「飛砂防止」の効果を実感した次第です。(かっきー)

*4月、7月の写真とも中央遠景に摩尼山を望む