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登録記念物-摩尼山の歴史性と景観の回復(2)

0705門前02仁王門01案内板01 0705門前02仁王門02禅宗様01


総合案内板はどこに設置すべきか

 2日前の7月3日(月)、県市教委の技師さん4名が今年度の事業対象である案内板(3ヶ所)と石の標識(1ヶ所)の設置場所を検討するため摩尼山を一周され、候補場所の報告データを先生に送信してこられていて、そのコピーが全員に渡されていました。奥の院と立岩周辺については、さほど大きな問題はないのですが、総合案内板については、すでに門前に類似の標識が少なからずあり、それらを残した状態で、新たな工作物を設置する必要があります。
 まず石段脇の路肩や仁王門の敷地(↑)を検討しましたが、研究室としては、いずれも「不可」とせざるを得ないという判断を下しました。今回制作する総合案内板と石の標識は、摩尼山の南半(約37万㎡)を占める登録記念物(名勝地)全体をアピールするものでなければなりませんが、訪問者の大半は門前の茶屋で休憩する人たちであり、石段を上って境内に向かう参拝者は決して多くないからです。また、登録記念物の主役は「奥の院」遺跡と立岩周辺であり、石段の途中で総合案内板をみても、主役級の場所に行きにくいのです。もちろん境内から山頂立岩エリアに至る(近代の)登山道はありますが、起伏が激しく、歩きやすい道ではないそうです。


0705門前03調査風景01


 「奥の院」遺跡へ至るには、門前から参道(石段)を上がるのではなく、門脇茶屋と石段の中間を通りぬける山道を進むのが最短です(所要時間は25分前後)。総合案内板は訪問者を「奥の院」遺跡へ誘う役割を期待されているわけであり、やはり茶屋に近い門前に設置すべきでしょう。門前での具体的検討では、多くの学生が「すでに設置してある案内板を駐車場に移設して、同じ位置に新しい案内板を設けるべき」という意見を述べましたが、先生は①既存の工作物を移設する場合、管理者の許可が必要であるのに加えて、②撤去・移築のための工事費等が発生し、③さらに文化庁からは「新設」に限るという条件が提示されていることから不可能という回答がありました。また、駐車場対面にはすでに中国自然歩道の案内板が設置されています(↓)。


0705門前04中国自然歩道案内板01



0705門前03調査風景02


 先生や会長さんは、現在の「摩尼寺」石柱標識の背面にある桜樹を伐採して、その跡地を活用すべきと考えておられるようです。その桜樹は、幹は太いのですが、すでに半枯れ状態であり、ソメイヨシノの平均寿命が50歳程度であることを考えれば、そう遠くない将来に枯死するのはまちがいないので、伐採することはさほどの問題ではないと思われます。しかも、その場所はさきほど述べた「奥の院」遺跡へつながる山道入口に近い位置にあるので、訪問者を奥の院方向に誘導する役割を果たせます。一方、既存の案内板は山道と反対側にあり、かりにそこに新しい案内板を設置したとしても、山道入口から遠すぎます。
 石の標識「登録記念物 摩尼山」については、先生と会長さんで意見が分かれました。以下、両案を示します。

  A案: 伐採したサクラ樹の敷地の左よりに石柱、右よりに案内板を配する。
  B案: 石段の左脇におかれている地蔵石仏を別の場所に移設し、その位置に
       低い石柱標識を立てる。

 A案はむかって右側に案内板と石柱2本をまとめる方法です。奥の院への誘導には効ありかもしれませんが、レイアウト計画としてはごちゃごちゃしすぎかもしれません。
 B案は石柱と案内板が左右1枚ずつで対称関係になります。デザイン的にはさっぱりしていると思います。なお、石仏については一昨年度の卒業生が摩尼山全体で105体以上あることを確認しており、しかも、しばしば設置場所を変えています。門前への設置もそう古い次期に遡るものではないと推定されます。また、案内板のデザインは、少なくとも門前については、他の工作物などとの調和から考えて、あえて「高札風」に拘る必要はなく(屋根をつけたのは登録プレートの保護のため)、仁王門の「県指定文化財案内板」のような新しいデザインのもの(いちばん上の写真)でもよいという意見がありました。このほうが経費も安く抑えられます。
 今後、整備の委員会が立ちあげられるとも聞いていますが、そこでの議論が期待されます。【完】


総合案内板 設置場所候補(ASALAB案)0705web 0705門前02縦


林道を下る

 摩尼寺境内と門前での活動を終えたのは午後3次半前でした。その後、砂丘へと続く道を下りました。序盤は未舗装でぬかるんでいましたが、五分ほど歩くとアスファルト舗装の林道になり、ホッとしました。この林道は摩尼山から砂丘へ続く唯一の道だそうです。途中、砂丘や日本海が眺望できる場所がありましたが、その前後もずっと灌木が生い茂っていて、海が見えづらいのが残念です。大木はほとんどないので、間伐して景色が楽しめるようすれば良好なトレイルになると思いました。さらに下りていくと山腹の斜面に梨園がひろがっていました。山の斜面に作られた当初の梨園と、棚田から転用した新しい梨園の差をはっきり読みとれます。


20170706摩尼寺 5


 山湯山の集落まで下りて果実組合の駐車場で少し休憩した後、浜湯山のらっきょう畑に行きました。広大な砂の畑地に驚きました。収穫直後で砂丘が広がっているだけでしたが、秋にはラベンダーの絨毯のようになると聞きました。
 心配していた雨も降らず、気持ちよく歩くことができました。摩尼寺について知らないことがたくさんあったのでこれから知識を深めていきたいと思います。夏に摩尼寺の「奥の院」まで上ろうかとの話もあったので、体も頭も準備しておきた
いです。(小次郎)


20170706摩尼寺 6

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魯班13世

Author:魯班13世
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魯班(ルパン)は大工の神様や棟梁を表す中国語。魯搬とも書く。古代の日本は百済から「露盤博士」を迎えて本格的な寺院の造営に着手した。魯班=露盤です。研究室は保存修復スタジオと自称してますが、OBを含む別働隊「魯班営造学社(アトリエ・ド・ルパン)」を緩やかに組織しています。13は謎の数字、、、ぐふふ。

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