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こやにやこにや-今治再訪(2)

五弦琴に琴柱は存在した_01


五弦琴-琴とギターとピアノの起源

 3月7日(水)、快晴寒風。今治の新谷古新谷(にやこにや)遺跡まで移動。古谷(こや)よりも新しく開発された新谷(にや)という谷筋ではいちばん古い場所ということであろうか。この谷筋の湿地から約2,300点の木製品(弥生・古墳時代)が出土している。いま最も注目されているのは「琴」と「筑」、6世紀の弦楽器(5弦)である。
 さて、気軽に「琴」という用語を使ったが、いわゆる和琴は琴(キン)ではなく箏(ソウ)に分類される。箏(ソウ)は可動式の柱(琴柱)を使い、琴(キン)はそれを使わない。新谷古新谷の出土品は槽(ふね)づくりの五弦琴で、琴柱を使うと推定されているが、琴柱の圧痕は残っていない。その一方で、両端と中央に左右対称のホゾ孔を伴い、栓で板と槽を接合している。
 民族音楽の立場からみると、5弦の楽器はペンタの音階に対応しているので理に適っている。しかし、琴柱で弦を固めてしまうと、音は5音に限られ、音域に幅がなくなる。日本の和琴(箏)のように、13本の弦を張るならば、ペンタ音階2オクターブ以上の音域をカバーするので、変化に富んだ演奏も可能になるが、5弦に琴柱の場合、5音固定とみるべきか、それとも琴柱の左右の弦を爪弾いて十音にしていたのか。 


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 わたしは新谷古新谷の出土品をフレットレスの琴(キン)かもしれない、と独断で推定している。琴柱のない三味線のようなネックが幅広になっていて、弦はその間で宙に浮いており、適度な位置において指で弦を押さえて音を変化させたのではないか。あるいは3ヶ所の栓に沿わせてブリッジを配したか。中央にブリッジ(もしくは一列の琴柱)を有する例として、以下の打弦楽器を発見した。楊琴の原型のような打弦楽器である。台湾高砂族の一支族の楽器の改良例のようだ。





 この打弦楽器の場合、中央ブリッジの左右両方で音を出す。これを指で爪弾くこともできるし、撥で叩くこともできる。

 『隋書』倭国伝には「楽に五弦琴と笛あり」という記載があり、隋使の招来品もしくは遣隋使の貢納品とも思われるが、琴柱を使わない琴(キン)であることから隋唐人には珍品骨董の類に映ったかもしれない。富本銭などと同じく、漢代かそれ以前に起源する中国古式の文物が日本に温存されていたことを物語る可能性がある。中国の古琴=七弦琴は琴柱を用いないフレットレスの琴である。共鳴板の端にフレットの位置に対応する徽(キ)を示している。七弦であるのは音階が七音であったからであろうか。日本の場合、五音階になじませるため2弦を排除し、五弦とした可能性がある。


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 少し気になるのは、沖ノ島5号遺跡から出土した金銅製雛形五弦琴である。この共鳴板上には大きな5つの琴柱を表現している。五弦琴に琴柱を使っていた例とみなしうるかもしれないが、時代はやや下って律令期の雛形(模型)であり、すでに箏(ソウ)に変化しており、弥生~古墳時代の琴とは一線を画するのではないか。琴柱は極端に大きく表現されている。こうした琴柱を板上に立てる場合、ホゾ孔を彫りこむか、圧痕が残るかのどちらかでないと辻褄があわぬであろう。
 

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↑(左)ねずみ返し (右)壁板  両者とも小さなホゾ穴を備える。何を突き刺したのか?


0307にやこにや04壁板01 長ホゾ


 ここまで書いて、わたしはアイヌのトンコリのことをようやく思い出した。研究室に送られてきたトンコリはどこに行ってしまったのだろうか。トンコリは槽(ふね)づくりの五弦琴の一種であると同時にギターの起源をイメージさせる弦楽器である。縄文時代の弦楽器は板づくりであった。さぞかし音が響かなかったことだろう。これが弥生時代の途中から槽づくりになっていく。これらこそ琴(キン)の起源であり、後の箏(ソウ)=和琴に展開していく一方で、ギター系の琵琶や三味線に展開してくのである。ギターや琴の起源はいずれも板づくりの弦楽器ということだが、そうして考えると、ストラトやテレキャスなどソリッドタイプのエレキギターは縄文に里帰りしているようにも思える。

 筑という楽器はよく知らなかった。発弦ではなく打弦で音を出す。形状は琴以上にギターに似ている。竹で弦を叩くらしい。中国には明代以降に楊琴(洋琴)がシルクロード方面からもたらされる。この源流のような楽器が台湾高山族の一群に継承されているようだ。発弦楽器としてての筑の最終形はピアノであろう。


0307にやこにや05栓01 0307にやこにや05栓02 栓


木釘としての栓

 長押の起源を論じた2年前、新谷森の前遺跡でみつかった栓は一つだけだった。今回の新谷古新谷では数点出土している。その一方で板・桟・柱などと推定される材には大小さまざまな方形のホゾ孔があいている。これらのホゾ孔には何を突き刺していたのだろうか。ホゾや長ホゾはたしかに確認できる。それらとホゾ孔は複合していたのだろう。しかし、最も見逃されているのが、栓とホゾ孔の複合性である。たとえば、横板の壁と縦桟が接している部分で栓を打つ。この場合、壁板と縦桟には同サイズのホゾ孔が必要である。栓は釘のない時代の釘であったのだと思う。この問題については誰も専門的に取り組んでいない。ひょっとすると、わたしにとって最後の建築考古学の仕事になるかもしれない。


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↑ホゾとホゾ孔で接合した材(仕口)。↓角材にホゾ孔がたくさん開いている。栓を突き刺していたのか?
0307にやこにや06縦桟01




↑楊琴(ヤンチン)。起源は西アジアのサントゥール。類似の楽器はバルカンや東欧などにも分布する。


↑イランのダルシマー

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魯班13世

Author:魯班13世
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魯班(ルパン)は大工の神様や棟梁を表す中国語。魯搬とも書く。古代の日本は百済から「露盤博士」を迎えて本格的な寺院の造営に着手した。魯班=露盤です。研究室は保存修復スタジオと自称してますが、OBを含む別働隊「魯班営造学社(アトリエ・ド・ルパン)」を緩やかに組織しています。13は謎の数字、、、ぐふふ。

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