2018年楊鴻勛先生建築史国際学術シンポジウム招聘講演(2)


日本の建築考古学-魏志倭人伝と三世紀前後の大型建物
4月27日(金)に関空を旅立ち、翌28日(土)に福州大学で開催された中国建築史学会主催の楊鴻勛先生記念国際シンポジウムで招聘講演してきました。予報の段階とは、シンポジウムの名称・内容等が変わっていたので、まずは正式な名称等をお知らせしておきます。
名称: 2018年第二届楊鴻勛建築史学国際学術研討会
日時: 2018年 4月28日(土) 9:00~19:00
主催: 中国建築学会建築史学分会(中国建築史学会)
中国科技史学会建築史専業委員会
事務局: 福州大学建築学院
会場: 福州大学明徳庁
次第: 第1部 建築文化遺産研究と保護の新成果
第2部 建築考古学の理論と方法(1)
第3部 建築考古学の理論と方法(2)

わたしは第3部で講演しました。その内容は予稿初稿(1)~(6)に連載したとおりです。演題と目次は敢えて中国語で示しておきます。
日本的建筑考古学-魏志倭人传与三世纪左右的大型房子
1 回忆杨鸿勋先生
2 到“邪马台国"的路
3 日本海的珍珠-青谷上寺地遗迹
4 “卑弥呼"的宮室-缠向遗迹
5 “邸阁"再考-松原田中遗迹
6 结束語 -黄帝时明堂与弥生时代的昆侖建筑



↑タイムテーブル(表裏)と論文集表紙

卑弥呼と邪馬台国の話題といえば、日本の古代史マニアにとっては最大の関心事の一つですが、中国人にはもうひとつピンと来なかったかもしれません。しかしながら、青谷上寺地出土建築部材(約7,000件)の分析により「想像」から「実証」へと駆け上がった日本先史時代建築の復元レベルについては、十分驚きをもって理解していただいたと思っています。なお、今回の講演のロングバージョンは6月22日(金)、京大人研の共同研究班「3世紀の東アジア」で発表することが決まっています。
福州大学でのシンポジウムには、わたし以外に以下の外国人研究者が参加し、講演されました。発表順に紹介しておきます。
清水 重敦(京都工芸繊維大学)「日中文化遺産の修理理念と方法」
箱崎 和久(奈文研)「日本平城宮第一次大極殿の復元とその意義」
フィリップ・C・ケイストン(新ブランデンブルグ応用科学大学)
「建築考古学と古建築修復-ドイツ建築考古学の応用」
布野 修司(日本大学特任)「中国都城モデル-都市計画にみる寸法システム」
当初は、27~28日の2日かけてシンポジウムをおこなう予定でしたが、これを27日まる1日に圧縮したため、朝から晩まで外国語づけできたくたになりました。しかし、おかげで、28日は特別エクスカーションとなり、郊外の農村地区で大型の民家を見学できました。これについては、いずれまた。


↑(左)ホテル対面にある福州規画館 (右)福州中庚聚龍酒店