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2018人間環境実習・演習B期末発表会(5)

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宇内一統宗教の構想と矛盾

 最後にこの4ヶ月の輪読の成果をまとめようと思う。能海は『世界に於ける仏教徒』(1893)において、世界的に普遍性をもつ「宇内一統宗教」、すなわち世界統一宗教としての新仏教の構想を示した。アジア各地の仏教国を訪問し、ブッダの思想を直接的に反映する古代インド仏典やチベット仏典を収集・英訳することで、正しいブッダの思想を明らかにして世界に伝道し、衰退するキリスト教にとって代わろうと目論んだのである。
 そうした野心を裏付けるかのように、キリスト教に対する攻撃は苛烈をきわめており、東南アジアの上座部仏教に対する差別的な発言も散見される。文章を読んだ感想としては、仏教徒としての「寛容さ」以上に、他の宗教・宗派に対する「排他性」が露骨にうかがわれる点、残念に思った。キリスト教などの西洋文化や廃仏毀釈が仏教を危機的な状況においこんでいたことを差し引いても、旧宗教勢力に対する辛辣な物言いは想定範囲を大きく超えている。
 能海の批判は、キリスト教などの異教にとどまらず、葬式仏教に堕した日本の旧仏教にも及んでいる。

  【口語訳】第2章より抜粋
   (日本の旧)仏教とはただ寺院・僧侶・経巻でしかなく、僧の仕事は葬儀の取り扱い、
   そうでなければ墓地の番人のようなものだとみなされているではありませんか。

 ところが、こういう堕落した状況は中国、インド、東南アジアでも同じであり、新仏教の責任者となるのは日本人以外にないと開きなおっている。妻帯・肉食・飲酒・喫煙の許される世俗化した日本の僧侶に「新仏教」のリーダーたる資格はあるのだろうか。戒律遵守に加えて、深い教養をもち、複数の言語を操る現在のチベット仏教のリーダー、ダライラマ14世のような修行者でなければ仏教の世界的リーダーにはなりえないのではないか。
 ちなみに、ダライ・ラマ14世(1935-)は2歳までアムド(青海)の農村で育っていたが、輪廻転生の導きによりダライ・ラマの後継者に指名され、1940年に4歳で即位して、1951年までチベット君主の座にあった。その後、中国の軍事進攻から逃れるため、1959年にインドに亡命してダラムサラに中央チベット行政府を樹立した。仏教の魅力を分かりやすく伝える点で彼の右に出る人物はいない。欧米でも高い評価を得ており、1989年にはノーベル平和賞を受賞した。現在、ダライラマ制度そのものの廃止を検討中と聞く。


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信仰の自由/宗教の多様性

 教授に教えていただいたのだが、ドイツの哲学者カール・ヤスパース(1883-1969)は『歴史の起源と目標』(1949)のなかで信仰の未来について論じている。 難しい訳文だが、引用しておこう。

   世界の統一が信仰の統一なしに起こるだろうということが、ありそうにもないと解される
   にしても、私はあえて反対のことを主張する。すなわち、(世界帝国とは異なった)世界
   秩序という万人に拘束力をもつ普遍者は、さまざまな信仰内容が、ひとつの客観的
   普遍妥当的信仰内容に統一されることなく、歴史的な交わりにあってあくまで自由である
   場合、ほかでもなくこの時こそ、初めて可能なのである。(重田英世訳 1964:p.416 、理想社)

 かみくだいて言うならば、宗教あるいは信仰の未来は、宗教相互が他の宗教の存在を容認し、レスペクトしあうことによってのみ共存共栄の道が可能になる、そうでない限り、宗教に未来はない、とヤスパースは主張しているのである。新仏教が低劣なキリスト教を覆い尽くすと言わんばかりの能海の主張に比べれば、ヤスパー スの考えははるかに洗練されたレベルに達している。仏教の起源と未来に向き合った能海の考えは高く評価されるべきだが、いちがいに礼賛すべきではない側面も少なくなく、 「宗教の多様性」という観点からとらえなおす必要があると思われる。(Task)


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風景論から思想論へ(教師補足)

 3年生のみなさん、ご苦労さまでした。人間環境実習・演習Bで、他の研究室が過疎地への移住や地域振興を主題とするなか、ASALABのみ能海寛の著作の輪読という例外的な作業に取り組みました。ASALABだって地域貢献に関わる仕事は少なからずしていますが、それはあくまで全業績の一部であり、研究室の本業は「学問」にあるべきだと思っています。今回の取り組みは全学的にみれば例外的かもしれませんが、あえて「学問」的な基礎作業に挑んだということです。学生諸君がどう感じたか分かりませんが、テキストの読み方、参考文献の扱い方、研究会の参加報告などの基本的な活動は、仮に能海やチベット仏教とは無縁の卒業研究に取り組むにしても、今後の活動のベースになっていくものと信じています。

 さて、能海寛の『世界に於ける仏教徒』(1893)について簡単に補足しておきます。能海の業績については、能海寛研究会の長期にわたる活動により著しく研究が進展してきています。昨年末、同研究会による本書の輪読会にいちど参加し、内容の革新性に触れて驚きを禁じえませんでした。その後、春から学生とともに一部の口語訳に着手し、7月8日には能海生誕150周年記念シンポジウムにも参加しました。島根県内で開催されるこうした事業に参加して、会員等による熱心な活動に感心させられながらも、すべての討議において「能海の偉大さ」が前提としてあり、かれの事跡を細かく追跡する「風景」論的な考察がなされているものの、能海の「思想」に踏み込んで批評しようとする動向はほとんどみとめられません。ここにいう「風景」とは司馬遼太郎が『空海の風景』で定義した用語であり、空海の思想そのものに踏み入るのではなく、空海をとりまく状況や空海の行動を描写することで、空海の内面を浮かび上がらせようとした手法です。
 中間報告において、口語訳に着手したわたしたちは能海の「思想」の危うさにも若干言及したわけですが、「そうは言っても、能海は世界宗教としての仏教を構想した偉人ですから」という類のレスポンスしかありませんでした。まことに残念なことですが、その「世界宗教」という概念こそに大きな問題が潜んでいるにも拘わらず、です。

 わたしはこのたびの発表会を〆るにあたって、大学の教員・学生の前で以下のような発言をしました(能海研究会のメンバーも一名参加されていました)。若干補足して転載します。

  そもそも能海のいう宇内一統宗教(世界統一宗教)などというのは成立しえない。
  こういう普遍的宗教は全体主義的政治体制の世界でなければなしえないものです。
  宗教や信仰は多様であり、その思想に優劣はありません。一方が優れて、他方が
  劣っているというようなことはないのです。『世界に於ける仏教徒』を読んだ感想と
  しては、時代の匂いなのかもしれませんが、幕末の尊皇攘夷の志士が近代になって
  そのまま大東亜共栄圏に突き進んでいったのと同じような匂いを感じます。
  島根にいくと、地元の偉人ということで、能海はただただ礼讃されています。かれが
  歴史上突出した構想を抱いて、それを実現しようとした傑物であったことは認めます。
  しかし、かれが著したテキストについては、もう少し冷静になって客観的に読み解か
  なければならないと思うのです。
   
 繰り返しますが、能海寛という人物は、明治前半を生きた興味深い宗教家です。『世界に於ける仏教徒』という著作はその人物の「思想」を理解するに最善の書であり、今後は4年生の卒論として口語訳と批評を完成に近づけようと思っています。【完】


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魯班(ルパン)は大工の神様や棟梁を表す中国語。魯搬とも書く。古代の日本は百済から「露盤博士」を迎えて本格的な寺院の造営に着手した。魯班=露盤です。研究室は保存修復スタジオと自称してますが、OBを含む別働隊「魯班営造学社(アトリエ・ド・ルパン)」を緩やかに組織しています。13は謎の数字、、、ぐふふ。

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