循環の破綻
高田渡のトークを思い出す。一日中ヒマで仕方ないとき、洗濯機や水道の蛇口を歯ブラシでピカピカになるまで磨いてしまうんだ、と。半年ばかり前の息子もそういう状態だったのだろう。親とは真反対に極端な綺麗好きで、食事後の皿洗いは瞬時に片付けるし、食洗機の扱いも見事。布巾の類は塩素水につけて殺菌してしまう。逆立ちしても真似のできない生活態度である。
そんな綺麗好きの男が金魚水槽に目をつけた。水は濁り、アクリル面に藻が付着している。夏祭りの金魚掬いで手に入れた小さな八尾の金魚たちは体調数センチにまで成長しているが、濁り水や藻のためにみえにくくなっていた。これを、キッチンシンクを清掃する勢いで綺麗にしてくれたのだ。水は透明になり、アクリル面に付着していた藻も消えている。大きくなった金魚は外側からよく見えるようになった。家族一同喜んだ。
しかし、二月ばかりして、大きな金魚一尾が死に、またしばらくして別の金魚が水に浮かんで死体となった。金魚の遺体は珈琲樹の鉢に埋葬した。金魚としての生涯を終えたが、その栄養分で珈琲豆に転生してもらいたいと願ったのである。
その後も金魚は死に続け、七月には二尾まで減り、先週から最後の一尾を残すのみとなった。息子は金魚を病気だと思ったようで、最後に残った一尾の金魚をバケツに隔離している。塩素中和液に加え、殺菌液やビタミン液も買ってきて水槽やバケツに注ぎ込む。なんの効果もなかった。
理由は分かっていた。水槽内の循環が破綻してしまったのである。わたしもずいぶん金魚やメダカを死なせてきたが、あるとき悟りを開いた。目覚めてしまったのである。魚を生存させているのは微生物なのだ、と。空気ポンプのスポンジ槽は2週間もすればどろどろのヘドロ状になる。そこはアンモニアの毒素を解体する微生物の巣になっている。金魚の糞尿を浄化して住み心地のよい水環境を維持してくれる。その一方で、スポンジ槽を放置しておくと、ポンプが詰まり、空気の出が悪くなる。
ある朝、目覚めたのである。そうだ、微生物の巣となったスポンジ槽をチューブから切り離して水槽の底に残し、ポンプのチューブには新しいスポンジ槽をつなげばいい。この新しいスポンジ槽は周期的に清掃するが、古いスポンジ槽はいっさい触らない。水替えのときも、元の水を半分以上残して古いスポンジ槽はそのままとし、新しいカルキ抜きの水を補充する。こういうやり方では水に濁りが消えないけれども、金魚は死なない。金魚は透明な清水を望んでいるわけではないのだ。藻や微生物で濁った水が棲みやすいのである。
息子は水槽を完全清掃するにあたって、古くなって汚れたスポンジ槽を廃棄してしまった。これが金魚連続死の原因である。2日前、ホームセンターに行って400円で小さな金魚を五尾買った。生き残った金魚とともに水槽に流しこんだ。バケツのなかで使われていたポンプのスポンジ槽はすでに汚れて深緑色になっている。微生物が培養されている証拠である。バケツの水も水槽に移した。十分ではないかもしれないが、すでに水中に微生物は拡散されているはずである。循環の準備は整った。
さきほどまでTVで「ハウルの動く城」をやっていた。ハウルがソフィーを叱ったシーンに思わず笑う。ソフィーが良かれと思ってハウルの部屋を片付けたばかりに、魔法の一部がおかしな具合になり、髪を洗ったハウルが金髪になってしまったのである。「部屋を片付けるな」とハウルは怒って指示する。研究者も同じさ。汚い書斎が良いのである。整理されていないようで、研究者個人にとっては都合よく構造化されている部屋が細君や秘書や愛人によって片付けられるとパニックに陥ってしまう。放心状態になって、しばらく原稿が書けない。半死状態と言ってもいい。金魚の苦しさを身をもって味わうわけだ。
そんな綺麗好きの男が金魚水槽に目をつけた。水は濁り、アクリル面に藻が付着している。夏祭りの金魚掬いで手に入れた小さな八尾の金魚たちは体調数センチにまで成長しているが、濁り水や藻のためにみえにくくなっていた。これを、キッチンシンクを清掃する勢いで綺麗にしてくれたのだ。水は透明になり、アクリル面に付着していた藻も消えている。大きくなった金魚は外側からよく見えるようになった。家族一同喜んだ。
しかし、二月ばかりして、大きな金魚一尾が死に、またしばらくして別の金魚が水に浮かんで死体となった。金魚の遺体は珈琲樹の鉢に埋葬した。金魚としての生涯を終えたが、その栄養分で珈琲豆に転生してもらいたいと願ったのである。
その後も金魚は死に続け、七月には二尾まで減り、先週から最後の一尾を残すのみとなった。息子は金魚を病気だと思ったようで、最後に残った一尾の金魚をバケツに隔離している。塩素中和液に加え、殺菌液やビタミン液も買ってきて水槽やバケツに注ぎ込む。なんの効果もなかった。
理由は分かっていた。水槽内の循環が破綻してしまったのである。わたしもずいぶん金魚やメダカを死なせてきたが、あるとき悟りを開いた。目覚めてしまったのである。魚を生存させているのは微生物なのだ、と。空気ポンプのスポンジ槽は2週間もすればどろどろのヘドロ状になる。そこはアンモニアの毒素を解体する微生物の巣になっている。金魚の糞尿を浄化して住み心地のよい水環境を維持してくれる。その一方で、スポンジ槽を放置しておくと、ポンプが詰まり、空気の出が悪くなる。
ある朝、目覚めたのである。そうだ、微生物の巣となったスポンジ槽をチューブから切り離して水槽の底に残し、ポンプのチューブには新しいスポンジ槽をつなげばいい。この新しいスポンジ槽は周期的に清掃するが、古いスポンジ槽はいっさい触らない。水替えのときも、元の水を半分以上残して古いスポンジ槽はそのままとし、新しいカルキ抜きの水を補充する。こういうやり方では水に濁りが消えないけれども、金魚は死なない。金魚は透明な清水を望んでいるわけではないのだ。藻や微生物で濁った水が棲みやすいのである。
息子は水槽を完全清掃するにあたって、古くなって汚れたスポンジ槽を廃棄してしまった。これが金魚連続死の原因である。2日前、ホームセンターに行って400円で小さな金魚を五尾買った。生き残った金魚とともに水槽に流しこんだ。バケツのなかで使われていたポンプのスポンジ槽はすでに汚れて深緑色になっている。微生物が培養されている証拠である。バケツの水も水槽に移した。十分ではないかもしれないが、すでに水中に微生物は拡散されているはずである。循環の準備は整った。
さきほどまでTVで「ハウルの動く城」をやっていた。ハウルがソフィーを叱ったシーンに思わず笑う。ソフィーが良かれと思ってハウルの部屋を片付けたばかりに、魔法の一部がおかしな具合になり、髪を洗ったハウルが金髪になってしまったのである。「部屋を片付けるな」とハウルは怒って指示する。研究者も同じさ。汚い書斎が良いのである。整理されていないようで、研究者個人にとっては都合よく構造化されている部屋が細君や秘書や愛人によって片付けられるとパニックに陥ってしまう。放心状態になって、しばらく原稿が書けない。半死状態と言ってもいい。金魚の苦しさを身をもって味わうわけだ。