風に吹かれて-第7次ブータン調査(7)


ヤプユムの曼荼羅
8月30日(木)。1泊した民宿のパロ地区シャリ谷シャリ村のT家がこの日の調査対象です。それにしても昨夜は辛かった。20匹はいたであろうモスキートの群れが、一晩中耳元を舞っては、布団からはみ出した手足を刺してくるんだから、とても眠れたものじゃありません。「ブータンは厳格な仏教国だから蚊を叩いて殺してはいけない」という出発前の教授の訓戒を遵守した学生たちは偉い! 私は我慢できなかった。ただ、後でウタムさんに聞いたところ、手で蚊を叩くのはダメだが、蚊取り線香で部屋から追い出すのは許されているとか。そういえば、ホテルの部屋にはアースマットの類が備えつけになっていました。


さて、29日のレポートにもあったように、T家は木造入母屋造三階建で、1階を物置(元は家畜小屋と思われる)、2階を作業場兼使用人部屋、3階を居室としています。3階の居室部分に居間と仏間があり、版築壁の仏間を核として左右正面に木造の客間が取付きます。とりわけ仏間はとても立派な造りをしています。正面中央に三ツ並びの扉を設けた間口4.3m×奥行5.3mの大規模な仏間には、内陣柱が2本独立して建っており、祭壇壁面は版築壁を穿って仏龕を2穴設け、中央の大きな仏龕に釈迦(SANGAY:いちばん上の写真)を1体、右隣の小さな仏龕には千手観音(CHENRIGJI ↑)を2体祀っています。


幅80㎝ある仏間の版築壁には、内外両面にびっしり仏画が描かれており、これまで見てきた民家仏間のなかでひときわ仏堂に近い古風な姿を示しています。とくに廊下側外面の壁画はくすんでいて、長い年月を経ているように見えます。教授は、昨晩この仏間を見られた瞬間、「あっ、ここ2012年に来たことがある」と記憶をよみがえらせるぐらい印象的な仏間です。
内側の壁画の廊下側は千仏画(ニンマ派やドゥク派の僧侶の曼荼羅も有り)ですが、仏壇側には鬼の形相をした歓喜仏(ヤプユム)が描かれています。歓喜仏はチベット仏教に特有なもので、男女2体が合体している状況を表現していますが、穏やかな顔をしたヤプユムと激しい形相のヤプユムの両方があり、ツェリン家の場合は後者であり、調伏されたボン教(あるいはバラモン教)の「鬼」に由来するのではと想像したくなります。ウタムさんによると、神界で行われる性的行為は悟りの境地を表現していると考えられており、、歓喜仏ヤプユムはそれを図像化したものだそうです。ただし、あくまでイメージであり実際に僧侶がそのような行為に及ぶわけではないとのことでした。

↑↓ヤプユムの壁画(左側壁奥側)




ヤプユムの壁画は曼荼羅のようです。中央に1体の歓喜仏を大きく描き、その周りを色彩の異なる9体の小さな歓喜仏が囲みます。異なる色彩は、ゴンデュというニンマ派の説法を色彩別に表しているとのことです。さらに教授の聞き取りによると、鬼のような形相をしている歓喜仏はやはり元々は「悪魔」であり、調伏されてこのような歓喜仏になったそうです。これもやはりボン教の神であったとのことですが、どのような神様だったかはウタムさんもご存じないようです。


仏間外側の古風な壁画(↑)には、結った髷に経典を刺した在家信者ドゥクトップや調和が保たれた世界が描かれています。壁画の劣化が激しいので、剥落留めのような措置が求められます。教授は木材の摩耗具合や壁画の状態から、建築年代は17~18世紀まで遡るだろうと推測されていました。もしそうであれば、日本であれば重要文化財クラスの建物といってもいいでしょう。T家の仏間においても「悪魔」や「魔女」を直接示すイメージはありませんでしたが、ボン教の影響は時代が古くなればなるほどほど強く、民間信仰としてはかなり深く息づいていることがうかがえます。【続】

↑↓マンダラ状に配列された多様な仏(ヤプユムではない)

【連載情報】風に吹かれて-第7次ブータン調査
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