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雲のかなたへ-白い金色の浄土(6)

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金沙江をこえて

 14日は大理を出発して、喜洲・麗江を経由し、午後3時に金沙江の畔に到着しました。橋の名称は不明ですが、「普達(プーター)」という看板が目を引きます。麗江の海抜が2300mまであがっていたのに対して、この谷筋では1800mまで下がっていますから、山間部ながら昆明より標高が低いことになります。金沙江は長江最上流部の一部であり、青海西部の崑崙山脈中に源を発し、チベットと四川の省境を南下して雲南に入り、玉龍ナシ族自治県の石鼓鎮あたりを分水嶺として南から北へ流れを反転させます。その後、四川の宜賓で岷江と合流して長江となります。チベット東部のカム地方を東西に二分する川であり、川底から砂金を採取したことから金沙江の名がついたといいます。


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 コンクリート橋の対岸には大きなストゥーパ(チベット式チョルテン=多宝塔)がみえます。橋を渡り終えると、そのストゥーパの前側には大きなヤクの彫像が複数展示されていました。大理・麗江はそれぞれペー族とナシ族の居住区ですが、これから先はチベット族の世界であることを強く印象づけています。一説に、能海寛は金沙江をこえ、徳欽から阿東あたりまで進んで行方不明になった言われていますが、同行した何大勇さんは何の根拠もない、とにべもありません。むしろ能海は金沙江をこえることができなかったと推測しています。当時、金沙江に関所が存在したからです。金沙江の対岸は今は雲南省の一部ですが、実質的にはチベットであり、大理で付人と離れ一人で行動していた能海が関所をこえるのは難しかったろうと何さんは考えています。どちらの考えが正しいにしろ、この場所は能海を研究する上でとても重要な場所だといえます。
 その後車をしばらく走らせると、玉龍雪山の背面が見えてきました。麗江の町なかでみることのできなかった玉龍雪山が背面とはいえ視界に収まったのはラッキーでした。


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↑玉龍雪山背景


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中甸古城と「源鑫閣」客桟

 夕方、デチェン・チベット族自治州の中心地シャングリラに到着しました。シャングリラ(香格里拉)という市名は新しいものです。旧名は中甸、チベット語でギャルタンと言います。シャングリラ古城の宿舎となった「源鑫閣」客桟で高度を計測したところ、海抜3150m。少し肌寒くなっていますが、ブータン高地やラサなどに肌さわりの感覚が近く、ようやく念願のフィールドに近づいたという感触を得ました。しかしながら、酸素が薄い高地を苦手とする会長さんは頭痛を覚えはじめ、少しフラフラ気味です。ラオルオの話によると、当地に住む地元の人も会長さんくらいの年齢になると、標高の低い金沙江付近(1800~1900m)に移住するケースが少なくないそうです。
 宿舎になった「源鑫閣」(↑右2枚)はチベット族の古民家を改装した味のある建物です。部屋に入るとエアコンがないため寒さを不安に感じましたが、代わりにベッドにはホットシートが敷かれているのでとても快適でした。ホテルにはブータンでよくみるマニダル(五色旗)が吊るされており、チベット仏教の信仰を強く感じます。


0914シャングリラ火鍋02 0914シャングリラ01鳥鍋09レストラン


土鶏鍋

 ホテル周辺にあまりレストランがなく、しかたないので何大勇さんが選んだ火鍋料理にすることにしました(↑)。火鍋はヤク肉と鶏肉の2種類ありましたが、ヤク肉はクセが強いとのことで、鶏肉にすることになりました。先生が店員になんども「辛くないように、塩辛くもないように、パクチーは使わないで」とお願いしましたが、無駄なお願いだったようで、何度もお湯をつぎたして塩気を薄めました。
 いちばん美味しかったのは、鍋の前にでてきた黄色のパンでした。みんなよく食べてお代わりまで注文するところでしたが、饅頭がでてきたので控えました。あとで分かったのですが、黄色のパンは蕎麦粉で作ったものでした(↓)。教授は蕎麦が大好物ですが、会長さんは蕎麦アレルギーの体質でどんどん食欲がうせていきました。


 0914シャングリラ01鳥鍋03蕎麦餅 右手前が蕎麦餅


 鍋の鶏肉はいわゆる「土鶏」です。地鶏と訳すだけでは不十分でして、有機飼育した野生の鶏に近い種類です。ごらんのとおり、土鶏をまるごと一尾ぶつぎりにして鍋に納めています。トサカも足先もみんな入っている。見栄えはよくありませんが、たしかにスープも肉も(塩気は強いが)良い味がする。ただし、肉にしゃぶりついても、口に入る肉身がほとんどありません。鳥肝がいちばん美味しかったかも。一方、野菜・山菜の類は豊富であり、とりわけ特産の松茸には期待したのですが、肝心の風味はきつめのスープでかき消されてしまっていました。ブータンで食べた松茸とは程遠い。そんなこんなで、会長さんと先生は早々に食欲をなくしてしまいましたが、なんと、あやかめさんは結構よく食べています。あとで聞いたところ、「野菜が美味しかった」とのことでした。食事に関してはマクドナルドの安定感とブータンの食事のおいしさを改めてありがたく感じた一日でした。


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↑土鶏火鍋 下はマツタケ(新鮮ではない)
0914シャングリラ01鳥鍋07マツタケ01


講演中止の衝撃

 食後、ショッキングな連絡が何さんからもたらされました。16日に昆明の雲南民族大学で予定されていた教授の講演会が中止になったというのです。講演についてはブログで二度広報しています。関空水没以前、講演会は16日に予定されていました。関空水没後は、教授のほうから中止せざるをえない、と申し入れされていたのですが、何さんから時間を圧縮してでも18日午前にやってほしいということで、チラシを作り直してまでも開催することになりました。その中止理由は、18日が抗日戦争勝利記念日にあたり、キャンパス内で日本人研究者の講演会などできない、というものでした。抗日戦争勝利記念日が18日であるのは最初から分かっていたことであり、何さんは「すいません」を繰り返すばかりです。教授は食欲だけでなく、やる気まで失って(↓)、ほんとこの先どうなるのだろうと、周りも思案にくれた次第です。帰国後、別の研究者から、青海(西寧)の民族大学でも似たようなキャンセルを受けて振り回されている、という連絡がありました。中国共産党がチベットに係わる研究者を相当警戒している可能性が高いような気がしてなりません。 (ザキオ)


0914シャングリラ01鳥鍋06食欲不振


【連載情報】
雲のかなたへ-白い金色の浄土(1)
雲のかなたへ-白い金色の浄土(2)
雲のかなたへ-白い金色の浄土(3)
雲のかなたへ-白い金色の浄土(4)
雲のかなたへ-白い金色の浄土(5)
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雲のかなたへ-白い金色の浄土(14)
二人の感想-ブータンから西北雲南の旧チベット領まで
雲のかなたへ-白い金色の浄土(15)
雲のかなたへ-白い金色の浄土(16)

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Author:魯班13世
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魯班(ルパン)は大工の神様や棟梁を表す中国語。魯搬とも書く。古代の日本は百済から「露盤博士」を迎えて本格的な寺院の造営に着手した。魯班=露盤です。研究室は保存修復スタジオと自称してますが、OBを含む別働隊「魯班営造学社(アトリエ・ド・ルパン)」を緩やかに組織しています。13は謎の数字、、、ぐふふ。

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