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能海寛生誕150周年記念国際シンポジウム(予報3)

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こちらもチラシが完成!

 12月1日に開催する能海寛生誕150周年記念国際シンポジウム「雲南に消えたチベット仏教求法僧- 能海寛の風景と思想 -」のチラシも校了しました。というか、昨日お知らせした摩尼山「賽の河原」トレック(11月10日)と表裏になったチラシです。シンポの申し込みも、裏側にあたるトレック面の一番下の欄に書いていただくようにしています。チラシ(↑右クリック)と前報をあわせてご参照いただければ幸いです。

 日時: 12月1日(土)13時~17時
 会場: 公立鳥取環境大学 学生センター多目的ホール
 主催: 公立鳥取環境大学  
 共催: 能海寛研究会
 後援: 中村元記念館・鳥取県教育委員会・鳥取市教育委員会
*このイベントは平成30年度公立鳥取環境大学学長裁量経費特別助成によるものであり、宗教活動とは一切関係ありません。

イベント名称: 能海寛生誕150周年記念国際シンポジウム 
 主題: 雲南に消えたチベット仏教求法僧 - 能海寛の風景と思想 -
 次第: 12:30 開場
 13:00 開会の辞
    趣旨説明 眞田 廣幸
 13:10 第一部 能海寛の風景
  1.基調報告 岡崎 秀紀(能海寛研究会会長)30分
    「山陰から世界へ-能海寛と河口慧海の時代-」      
  2.招聘講演 何 大勇(中国 雲南民族大学教授)60分
     「チベットをめざして-能海寛の歩いた四川と雲南-」

 14:40 <ティーブレイク&スライドショー>

 15:00 第二部 能海寛の思想
  3.浅川 滋男・森 彩夏(公立鳥取環境大学)60分
    「能海寛を読む-世界に於ける仏教徒-」
  4.講評と質疑 60分
    [講評] 今枝 由郎(京大こころの未来研究センター特任教授)
   
 17:00 閉会の辞

【事務局(お問い合わせ先)】
公立鳥取環境大学保存修復スタジオ(鳥取市若葉台北一丁目1番地1)
FAX:0857-38-6775 電話(代表)38-6700 E-mail:hozonshufuk@kankyo-u.ac.jp
*参加希望者は極力メールまたはファックスでご連絡ください。申し込み用紙は こちら の最下段にあります。


2018卒論中間報告(1)

 先週末、卒論の中間報告提出の締め切りがあり、『世界における仏教徒』に関わる論考も一篇含まれていますので、ここに転載しておきます。
--

能海寛『世界に於ける佛教徒』(明治26年刊)の口語訳と批評
Translation to the modern spoken Japanese and Review of "New Buddhist in the world"
written by NOMI Yutaka in 1893
                                1157134 MORI Ayaka

 能海寛(のうみ ゆたか 1868-1901?)は明治維新の直前、島根県浜田市の浄蓮寺に生まれた。廃仏毀釈の嵐によって仏教が衰退を余儀なくされた明治期にあって、能海は「新仏教」のあり方を模索する。哲学館などで仏教学、英語、サンスクリット語、中国語等を学び、世界的な視野から旧仏教の革新を主張した。また、仏教の原点を探るため、当時鎖国中であったチベットへの入境を目指す。しかし3回にわたる挑戦もむなしく、雲南省の奥地で消息を絶った。  
 これまでの能海に関わる研究はこうした彼の事跡に係わるものが大半であり、能海の思想にまで踏み込んで考察するものは少ない。本研究では、能海の主著『世界に於ける佛教徒』(1893)を口語訳して、宇内一統宗教(世界統一宗教)をめざす能海の「新仏教」構想を明らかにし、その内容を批評する。

1.口語訳-世界に於ける佛教徒
(1)既訳部分の解説
 口語訳のテキストには、能海寛研究会による復刻版(2002)を用いた。前期に口語訳を終えたのは全18章中、序、1~2章、8~9章である。
 第1章「宗教の改革」: 欧米知識人のキリスト教離れと仏教嗜好を誇示しつつ、キリスト教を今なお信仰するのは「無識者・婦女子」のみであると決めつけ、「国家の安寧を害し、平和を破壊するもの」としてキリスト教に対する批判を強めている。そして、今後は新仏教がキリスト教にとって代わる「宇内一統宗教」の大業を成就すると扇動している。
 第2章「新仏教徒」: 旧仏教の堕落を嘆き、新仏教徒の必要性を説く。新仏教の担い手となるべきは日本の仏教徒以外にないとも述べている。
 第8章「サンスクリット(梵学)」: 誤訳・省略を含む漢訳仏典ではなく、釈迦の時代に近い古代インドの原本によって仏教を理解すべきとして、サンスクリット学の必要性を訴えている。「仏教学上、翻訳上、布教上において、最も必要なサンスクリット語の原本を探し求めることを決して怠ってはなりません」と説く。
 第9章「仏教国の探検」: チベットをはじめ、ネパールやカシミールなどの仏教国・地域の探検の必要性を述べる。また、旧仏教の僧侶は布教に尽力しないで、宗派内の争いや権力・出世争いなどにあくせくしており、「旧仏教徒の腐敗した脳髄を撃破し、真正なブッダの光明を発揮する新仏教徒が生まれなければ、この宗教界の乱世は納まらない」という過激な表現で批判している。
(2)口語訳の進捗状況
 夏休み中に3~7章及び17章のラフな口語訳を終えており、現在、推敲を進めている。これに加え、全ての翻訳を完成させる。

2.西北雲南踏査と国際シンポジウム
 本年9月12~19日に4名でチベットに近い西北雲南を訪ねた。能海寛は明治34年(1901)4月、金策尽きて四川省重慶から連れてきた付人を帰すにあたり、妻に宛てた手紙を託す(『能海寛遺稿』200頁)。そこには「西北に向かって(チベット)内地をめざす」と書いてある。わたしたちは大理から麗江を経由して金沙江を越え、旧チベット領カム地方の南端にあたるデチェン・チベット族自治州のシャングリラ(中甸)、徳欽まで移動した。標高2,000~3,200mの高地であり、車での移動でさえ険しい道のりであった。一人チベットをめざした能海の苦労が偲ばれる。一説には、阿東の「屏風岩」付近が能海終焉の地とされており、「屏風岩」推定地の撮影にも成功した。しかし、同行した何大勇教授(雲南民族大学)は、能海が関所のある金沙江を越えて、旧チベット領の屏風岩や梅里雪山をみた可能性は低いと考えている。
 来たる12月1日には、能海生誕150周年記念国際シンポジウム「能海寛の風景と思想」が本学で開催される。同種の事業は地元島根や母校東洋大学(哲学館)でも催されているが、『世界に於ける佛教徒』の奥部まで触れられていないので、本学シンポでは、この問題を掘り下げて語りたい。 (参考文献省略)

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魯班13世

Author:魯班13世
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魯班(ルパン)は大工の神様や棟梁を表す中国語。魯搬とも書く。古代の日本は百済から「露盤博士」を迎えて本格的な寺院の造営に着手した。魯班=露盤です。研究室は保存修復スタジオと自称してますが、OBを含む別働隊「魯班営造学社(アトリエ・ド・ルパン)」を緩やかに組織しています。13は謎の数字、、、ぐふふ。

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