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雲のかなたへ-白い金色の浄土(12)

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梅里雪山国家公園

 16日(日)午後4時半、ようやく山道の渋滞を抜け、一時間ばかり走って飛来寺の街に戻った。海抜3300mの高地である。孫ドライバーには、ホテルではなく、飛来寺という寺院に直行してほしいとお願いしていた。孫さんは、ホテルより手前のチケット売り場のある大きな門の前で車を停めた。「ここでいいだろう」と彼はいう。その言に従い、4名は車を下りた。
 高価な入場券を買い敷地に入ってうろうろ探し回るが、仏教寺院の堂宇らしきものはどこにもみえない。ただ広場の中央谷寄りに小さなストゥーパが等間隔に並んでいた。ここは寺ではなく、「梅里雪山国家公園」であり、晴天ならばストゥーパ群の向こうに梅里雪山を望むビューポイントであることがまもなく分かった。ビューポイントといっても、雪山には相変わらず雲が巻かれているのだから、高い入場券を買った意味などない。それよりなにより午後6時が迫ってきている。飛来寺境内の閉門が気にかかる。


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飛来寺

 会長が猛烈なスピードで歩き始めた。高地が苦手でいつもはふらふらしているのに、この時に限っては、まるで競歩の選手のように高速で飛来寺へ向かう。お寺に目がないのである。飛来寺は近いようで遠い距離にある。たぶん500mほど歩いて、ようやく伽藍を発見した。会長に遅れること100m以上、残りの3名もようやく寺に辿り着いた(午後5時50分頃)。


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 飛来寺は明の万暦42年(1614)に創建された仏教寺院であり、雲南省文物保護単位に指定されている。釈迦を本尊とし、インドからチベットに密教をもたらしたパドマサンババ(ブータンのグルリンポチェ)やゲルク派の開祖ツォンカパなどチベット仏教の聖人・活仏を祀っているが、儒教・道教の尊格をも併祀して漢族世界との融和をも表現しているようだ。なにぶん写真撮影が禁止されており、内部については扉の外からとらえるしかなく(↓右)、時間も限られていたので、記憶が曖昧になっている。


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 本堂にあたる海潮殿のほか孫殿、関聖殿、四配殿などを配する崖寺であり、海潮殿の奥壁は崖を切り出している。快晴ならば、ここでも梅里雪山を遥拝できるが、雪山は相変わらず雲に巻かれていた。ちなみに、境内には1991年に遭難した日中合同登山隊の慰霊碑がながく設置されていたが、いまは明永氷河の入口に慰霊碑を新設していて、嘘かほんとか知らないけれども、日本人の名前を削除しているという噂を聞いた。正直なところ、建造物にさほどの迫力がなくがっくりしているところに、孫ドライバーがあらわれた。「すまない、ごめんなさい、寺がこちらだとは全然知らなかった。迎えに来たので車にのって」と言われて、ご好意に甘え、飛来寺神韵大酒店に戻ったのが午後6時13分のことである。


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差不多死了!

 ホテルに戻ったとはいえ、部屋でのんびりというわけにはいかない。阿東で事故処理にあたっている二人のことが気がかりなので、とりあえず4人全員が2階のレストランで待機することにした。孫ドライバーは何度もラオルオに電話をかける。どうやら何さんとラオルオは、バスに乗って帰路にあるらしい。一時間以内にはホテルに戻るというのだが、例の渋滞がまだ続いているとしたら、にわかには信じ難い情報である。まぁ珈琲でも飲むか、ということになったが、ホテル側にとってみれば異例の注文だったようで、四苦八苦しながら地産の雲南小粒珈琲豆を手淹れしてくれた。新鮮かつ濃厚な味がした。おまけに、「メニューにないから代金は要らない」とまでマダムはおっしゃる。やはり(漢族とちがって?)少数民族は良い人が多い、と感心しているところに、ラオルオと何さんがどたばたとレストランに入ってきた。すでに渋滞は解消していたので、スムーズにバスが走ったのだという。
 二人は笑顔で、「いやぁ迷惑をかけました、すいません」という。これが仏性というものではないか。現場から逃走して珈琲を飲んでいる我々は「お疲れ様でした、ご苦労でした」という労わりの声をかけるしかない。ラオルオも目を輝かせて、「ひどいメにあわせて本当に申し訳ない」と我々をねぎらう。いやいや、とつぶやきながら、自ずと声がでた。

   我差不多死了!?

 中国人は全員首を縦に振って頷いた。これを直訳すれば、I was almost dying(おれはほとんど死にそうだった) だが、良い日本語に訳すとすればどうなるだろうか。

   もう死んだかと思ったよ!?

ぐらいですかねぇ。そして、ラオルオは言う。

   四十年以上ドライバーをやっているが、こんな事故に遭ったのは初めてだ。

 わたしも答える。

   四十年近く海外のフィールドワークをやっているが、交通事故に遭ったのは初めてさ。
   

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雪山あらわる

 110番に通報したものの、事故現場に警察がやってきたのは二時間半後であったという。パトカーもまた渋滞に巻き込まれていたのだ。それから検証と交渉が始まった。トラックの運転手は何回も「なぜ突然バックしたのか?」と尋問されたが、ついにその理由を説明をしなかったという。ともかく日本とちがってJAFや保険会社がただちに動きだすわけでもないし、そもそもチベット族のトラック運転手が保険に入っているわけでもない。賠償金交渉は難儀をきわめたようだ。トラック運転手は「3万元(約5万円)払うのが限度だ」と言ってゆずらず、警察側も「それで勘弁してやってくれ」とラオルオを説得したらしい。お金がないと突っ張られれば術もなく、3万元で手を打った、とラオルオは悔しがった。後で、わたしと会長は見舞金の拠出を決めた。
 そんな野暮な話をさえぎるように、突然、何さんが笑いながらいう。

   雪山がみえますよ!

 一同仰天し、8階の屋上に駆け上がった。そういえば、朝は雨が降りそうなどんよりとした曇り空に黒い雲が貼りついていたが、さきほどの国家公園や飛来寺では、空は青く晴れていてさほど多くない白い雲が雪山にまきついていた。あの白い雲が飛散してしまったのである。その景色はご覧のとおりです。関空水没以後、トラブルの連続で艱難辛苦の途を歩み続け、ついには交通事故にも遭い、駄目押しの山道渋滞に辟易させられた一日の夕べに雪山はその全容を露わにした。
 神聖な山並みに見入り、シャッターを押し続ける。これまでの苦労がすべて報われていくような気持ちになった。


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↑神女峰メツモ周辺  ↓バウバメン峰周辺
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↑記念写真  ↓日の出側
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【連載情報】
雲のかなたへ-白い金色の浄土(1)
雲のかなたへ-白い金色の浄土(2)
雲のかなたへ-白い金色の浄土(3)
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二人の感想-ブータンから西北雲南の旧チベット領まで
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魯班13世

Author:魯班13世
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魯班(ルパン)は大工の神様や棟梁を表す中国語。魯搬とも書く。古代の日本は百済から「露盤博士」を迎えて本格的な寺院の造営に着手した。魯班=露盤です。研究室は保存修復スタジオと自称してますが、OBを含む別働隊「魯班営造学社(アトリエ・ド・ルパン)」を緩やかに組織しています。13は謎の数字、、、ぐふふ。

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