2018卒業論文中間報告(3)
環オホーツク海沿岸狩猟民族の罠技法に関する比較研究
Comparative study on the trap techniques of the hunting people in the coast areas around the Okhotsk sea
SATO Yumi
1.環オホーツク海の諸民族と生業
筆者はオホーツク海に近い北海道北見市の出身であり、アイヌ文化と狩猟採集の生活様式に早くから興味をもっていた。こうした理由から、北海道アイヌ以北の、おもにオホーツク海沿岸域に住む諸民族の狩猟文化を卒業論文の対象とする。これら極東の諸民族は、古アジア系とツングース系に大別できる。古アジア系民族とはこの地の先住民であり、北海道・樺太・千島のアイヌに加えて、チュクチ、コリヤーク、ニブフ(ギリヤーク)など極北沿海域に散在する集団である。アメリカ大陸先住民とも人種系統が近いとされる。対して、ツングース系民族は、モンゴロイドが寒冷地適応によって進化した新しい集団である。エヴェンキ、エヴェン、ウデヘ、オロチ、ナーナイ、ウリチ等の民族が含まれ、朝鮮民族もツングースが強く漢化したものと推定されている。
これらを生業との係わりからみると、沿海域やアムール(黒龍江)等の大河川流域で漁労を主生業とするグループ【A】は定住性が強く、竪穴住居に住んでいる。オホーツク海沿岸域の古アジア系民族に加えて、アムール沿岸域のツングース(ナーナイ、ウリチ等)も【A】に含めてよい。【A】の場合、漁労に重きをおきながら狩猟もおこなう点、注意を要する。一方、内陸山間地域に住むツングース(エヴェンキ、エヴェン等)のグループ【B】は狩猟を主生業とするため移動性が高く、テントに居住する。
本論では、オホーツク海沿海域を対象とするため漁労を主、狩猟を従とする【A】がおもな対象となるが、データベースには部分的ながら【B】資料も含めて広範囲に考察を加えたい。なお、本論の対象は弓や銃等の飛道具ではなく、伝統的な「罠」に限定する。動物に裂傷を与える度合いの低い技術を評価してのことである。各地の博物館等で標本を調査し、実際に罠を制作し実験考古学的な分析を試みる。
2.標本の調査と罠具の制作
昨年来、北海道博物館、平取町二風谷アイヌ文化博物館、北方民族博物館、ところ遺跡の館、ところ埋蔵文化財センター、網走市立モヨロ貝塚館、国立民族学博物館(民博)を訪問し、標本調査とヒアリングを積み重ねた。標本データは51点に達し、データベース化している(論文には個別に詳述)。その使い方は、ヒアリングと文献から考察する。また、そうした考察が机上の空論にならないようにするため、実際に罠具を制作し仕掛けを試みたい(資格取得済)。民博収蔵庫で調査した標本のうち、①ヤクートとエヴェンのオコジョ用罠、②アイヌのテン用罠は、後述するように、現代日本の罠具に類似しており、すでにその模型を制作している。
3.考察と課題
宇田川洋(1996)「アイヌ自製品の研究-仕掛け弓・罠-」(『東京大学文学部考古学研究室研究紀要』14:pp.27 -74)によると、罠は「仕掛け弓型」「圧殺式罠」「くくり罠型」に分類できる。データべース化した51件の罠具をみても、この分類は基本的に妥当と思われる。程度の差こそあれ、罠具の形状や捕獲方法は類似点が多い。対象動物は小型から大型まで多様だが、食用以上に毛皮の獲得を重視しているので、毛皮に傷をつけないよう捕獲する手法が求められる。また、罠具は現地調達が可能な自然素材(枝やツル)が使用され、その場で作れて構造も単純なものが多いことが分かった。
今年6月、智頭町板井原集落を研究室のメンバーとともに訪問し、「火間土」という山菜料理店を経営する老夫婦(80歳代)に少し前まで使われていたハリガネの罠具の制作と使い方の実演をしていただいた。その罠具は、データベースに含めた上記①②の罠具と類似しているところがあり、今後の実験考古学的研究にヒントを与えるものとして刺激をうけた。板井原は平家落人伝説のある山間集落であり、今は「限界集落」化しているが、昭和40年代まで焼畑をおこなうなど伝統的な文化をよくとどめている。そうした地域で用いられた罠の技法が北方ユーラシアの狩猟民族と共通する点についても背景を考えてみたい。
Comparative study on the trap techniques of the hunting people in the coast areas around the Okhotsk sea
SATO Yumi
1.環オホーツク海の諸民族と生業
筆者はオホーツク海に近い北海道北見市の出身であり、アイヌ文化と狩猟採集の生活様式に早くから興味をもっていた。こうした理由から、北海道アイヌ以北の、おもにオホーツク海沿岸域に住む諸民族の狩猟文化を卒業論文の対象とする。これら極東の諸民族は、古アジア系とツングース系に大別できる。古アジア系民族とはこの地の先住民であり、北海道・樺太・千島のアイヌに加えて、チュクチ、コリヤーク、ニブフ(ギリヤーク)など極北沿海域に散在する集団である。アメリカ大陸先住民とも人種系統が近いとされる。対して、ツングース系民族は、モンゴロイドが寒冷地適応によって進化した新しい集団である。エヴェンキ、エヴェン、ウデヘ、オロチ、ナーナイ、ウリチ等の民族が含まれ、朝鮮民族もツングースが強く漢化したものと推定されている。
これらを生業との係わりからみると、沿海域やアムール(黒龍江)等の大河川流域で漁労を主生業とするグループ【A】は定住性が強く、竪穴住居に住んでいる。オホーツク海沿岸域の古アジア系民族に加えて、アムール沿岸域のツングース(ナーナイ、ウリチ等)も【A】に含めてよい。【A】の場合、漁労に重きをおきながら狩猟もおこなう点、注意を要する。一方、内陸山間地域に住むツングース(エヴェンキ、エヴェン等)のグループ【B】は狩猟を主生業とするため移動性が高く、テントに居住する。
本論では、オホーツク海沿海域を対象とするため漁労を主、狩猟を従とする【A】がおもな対象となるが、データベースには部分的ながら【B】資料も含めて広範囲に考察を加えたい。なお、本論の対象は弓や銃等の飛道具ではなく、伝統的な「罠」に限定する。動物に裂傷を与える度合いの低い技術を評価してのことである。各地の博物館等で標本を調査し、実際に罠を制作し実験考古学的な分析を試みる。
2.標本の調査と罠具の制作
昨年来、北海道博物館、平取町二風谷アイヌ文化博物館、北方民族博物館、ところ遺跡の館、ところ埋蔵文化財センター、網走市立モヨロ貝塚館、国立民族学博物館(民博)を訪問し、標本調査とヒアリングを積み重ねた。標本データは51点に達し、データベース化している(論文には個別に詳述)。その使い方は、ヒアリングと文献から考察する。また、そうした考察が机上の空論にならないようにするため、実際に罠具を制作し仕掛けを試みたい(資格取得済)。民博収蔵庫で調査した標本のうち、①ヤクートとエヴェンのオコジョ用罠、②アイヌのテン用罠は、後述するように、現代日本の罠具に類似しており、すでにその模型を制作している。
3.考察と課題
宇田川洋(1996)「アイヌ自製品の研究-仕掛け弓・罠-」(『東京大学文学部考古学研究室研究紀要』14:pp.27 -74)によると、罠は「仕掛け弓型」「圧殺式罠」「くくり罠型」に分類できる。データべース化した51件の罠具をみても、この分類は基本的に妥当と思われる。程度の差こそあれ、罠具の形状や捕獲方法は類似点が多い。対象動物は小型から大型まで多様だが、食用以上に毛皮の獲得を重視しているので、毛皮に傷をつけないよう捕獲する手法が求められる。また、罠具は現地調達が可能な自然素材(枝やツル)が使用され、その場で作れて構造も単純なものが多いことが分かった。
今年6月、智頭町板井原集落を研究室のメンバーとともに訪問し、「火間土」という山菜料理店を経営する老夫婦(80歳代)に少し前まで使われていたハリガネの罠具の制作と使い方の実演をしていただいた。その罠具は、データベースに含めた上記①②の罠具と類似しているところがあり、今後の実験考古学的研究にヒントを与えるものとして刺激をうけた。板井原は平家落人伝説のある山間集落であり、今は「限界集落」化しているが、昭和40年代まで焼畑をおこなうなど伝統的な文化をよくとどめている。そうした地域で用いられた罠の技法が北方ユーラシアの狩猟民族と共通する点についても背景を考えてみたい。