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二人の感想-ブータンから西北雲南の旧チベット領まで

1994永寧モソ人の調査001


 昨日お知らせした「たくみ21」11月例会のスピーカーを務める二人の学生が、この夏の刺激的な体験の感想をまとめてくれましたので、掲載します。上下に散りばめたパノラマ写真はラオルオが提供してくれたものですが、みれば分かるように、今回の調査のスナップではありません。1993~95年の西北雲南チベット・ビルマ語族の調査時の写真です。背景に映る湖は濾沽湖。この湖の畔に、民族学上有名なモソ人母系社会が形成されています。
 運転手はもちろんラオルオ(40代)、同行者は何大勇(20代)、わたしたち日本人は30代でした。年齢も半分なら、体重も半分だ。では、二人の感想文を。


覆された中国のイメージ

 これまで『世界に於ける佛教徒』を翻訳して能海寛の思想に触れてきました。思想自体は過激で、現代の私たちにはとても称賛できるような内容ではないと思います。しかし、自分の考えをただ口先だけで述べるのではなくて、その本質を確かめるために、危険を承知で、実際に行動を起こしたことは偉業であると思いました。そんな彼が歩いた、チベットへの道のりは車でも険しいものでした。車もない明治の時代、殺害の危険が常につきまといます。そしてお金は底をつき、四川から雇った付人を手放してもなお、能海はひとり西北へ進みます。山や川など当時から変わってないであろう自然の風景を見ながら、能海も同じ景色を見たのだろうかと想像しつつ、彼はこのときどんな気持ちだったのだろうと考えさせられました。私だったら絶望してあきらめてしまうかもしれません。しかし彼は妻への最後の手紙に、これからもチベットを目指してさらに西北に進むと書いています。恐怖や不安はあったにちがいありませんが、ひたすら前を向いて歩いていったのだと思うと、能海の並々ならぬ覚悟を感じました。

 また、私は今回の調査で、初めて中国に行ったのですが、行く前と後では中国に対するイメージが結構変わりました。メディアでは食の安全が偽装されていたり、環境汚染がひどかったりなど、中国に対してネガティブな情報ばかり流れている気がします。また、中国人は自己主張が激しいとか、おおざっぱだというイメージもありました。実際はどうなんだろうと思う中、雲南省に行ってまず感じたのは、皆がオープンな雰囲気だということです。道を尋ねれば、全員立ち止まって教えてくれました。中国語はまったくわからないのですが、教授やラオルオがほかの中国人と話しているとき、まるで知り合いであるかのような雰囲気に感じました。きっと曖昧な表現の多い日本語とストレートな表現の多い中国語の違いも関係してくるとは思うのですが、最初に持っていた、自己主張が激しいというイメージではなく、皆が親切でオープンな感じに見え、私的にはそれがすごくいいなと思えました。 一方でおおざっぱなイメージは覆されませんでしたが、個人的には、ちょうどよい感じに雑というか、私の性格もおおざっぱなところがあるので、いろんなことにきっちりし過ぎている日本より意外と合うのかも…なんて思いました。でも、16日の事故の後、渋滞に巻き込まれたときのあの雑さはさすがに驚いたし、もう経験したくないなと思いました。今回の旅はこの渋滞のほかに、関空の水没から始まり、交通事故にも遭い、その他諸々のハプニングが起こるなど、特に交通の面でついてないことがたくさんありました。しかし、誰にもケガはなかったので、不幸中の幸いだったと思っています。そして、海外に行った経験が少ない私にとって、自分が住んでいる国と異なる国の文化を実際に見て感じられたことや、能海の足跡をたどれたこと、梅里雪山を見れたことなど、様々なアクシデントも含めて、普段体験できないことを体験できたので、行って良かったなと思いました。 (あやかめ)


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来年もブータンに行けたらいいな!

 私は、今回の調査で初めてブータンへ行きました。行く前のイメージは「幸せの国」ということのみで、どんな国なのか想像もつきませんでした。
 調査経験も少なく、自分に何ができるのか不安でしたが、先生や先輩についていくことに全力を尽くそうと心に決めて、ブータンへ向かいました。ブータンは見渡す限り壮大な自然が広がっていて、とても美しく、初日から日本へ帰りたくないと思いました。滞在中は、民家の仏間や寺院を調査しました。その際、 ブータンに仏教が伝播する前から信仰されていたボン教が所々で影響していることを知りました。宗教は淘汰しあう関係だと思っていましたが、必ずしもそうではないことが、面白いと思いました。

 ブータンで印象的だった出来事が2つあります。1つ目はある寺院を見学していた時のことです。3歳くらいの男の子(僧侶見習い)が泣きながら歩いてきました。その時、わたしたちの運転手さんが、知らない子どもにも拘わらず、優しく抱き上げあやしてあげているのをみて、ブータン人の優しい国民性や、助け合いの姿勢を知り、ブータンが「幸せの国」と言われる所以を感じることができました。
 2つ目は今枝由郎先生との会食です。今枝先生と浅川先生の会話の中に出てくる本や著者名が、恥ずかしながら初めて聞く名前ばかりで、自分の教養の無さを痛感しました。さらに、今枝先生が「文章を書くこと・読むことはパワーを使うことで、神聖なことだ」と、おっしゃっていたことが印象的です。これをいい機会と捉えて、日本に帰ったらもっと勉強に励もうと思った食事の席でした。
 今回ブータンへ調査に行き、ブータン人の信仰をはじめ、彼らの持つ様々な文化を知ることができました。今回の調査を通して、もっと世界中の文化について沢山学びたいと思いました。実際に現地に行って学ぶことも多いですが、日本に いる間に知識をつけておけば、よりよく学べたと思ったので、勉強に励んで、来年も行けたら良いなと思いました。(バレー)


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魯班13世

Author:魯班13世
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魯班(ルパン)は大工の神様や棟梁を表す中国語。魯搬とも書く。古代の日本は百済から「露盤博士」を迎えて本格的な寺院の造営に着手した。魯班=露盤です。研究室は保存修復スタジオと自称してますが、OBを含む別働隊「魯班営造学社(アトリエ・ド・ルパン)」を緩やかに組織しています。13は謎の数字、、、ぐふふ。

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