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ヒマラヤの魔女(2)

カルマ・チョデン「ファルス」表紙


空飛ぶファルス

 昨年(2017)の9月、ブータン調査の帰国日にパロ空港の土産物売店でカラフルな書籍をみつけた。表紙に写実的なファルスの木彫が大写しになっている。ブータンの民俗文化を理解する上で避けて通れない貴重な情報源であり、大変興味を抱いたのだが、ヌルの残金が少なく、購入を断念した。ところが、ブータン王立航空(ドゥク・エアー)のフライトに搭乗し、座席前のポケットに入っていた機内誌『タシデレク』のページをめくってまもなくあるエッセイに目を奪われた。

   Paul Spencer Sochaczewski
   “FLYING PHALLUS FIGHTS FORCES OF EVIL”
   TASHIDELEK September-October, 2017, Drukair

 調査隊の学生リーダーだった公爵にそのエッセイをみせたところ、卒論でブータンを主題にすることを決めていた彼も興味を抱き、二人とも機内誌を一冊ずつ日本に持ち帰った。その後、一年が経ち、三つのグループが翻訳に取り組んでいる。一人は英語好き3年生Taskの夏休みホームワーク、残りの二組は後期P2&P4「ヒマラヤの魔女」の翻訳グループだが、このたび2年生(P4)に先んじて1年生(P2)が翻訳を終えたので、ここに校閲し連載を開始する。


図01フライングファルス_02


   魔力と戦う フライング・ファルス
 男性器は"元気よく、やや傾いていて、ときに泡立ちながら" どのようにして村人を守っているのか?
                  ポール・スペンサー・ソチャチェフスキー

トンサ地区ナブジ村

 「大丈夫、新しいファルスを作ってあげるよ。」
 「でも、明日の朝には旅立つんだ。」
 「まぁ、任せておいてください。」

 バンコク自邸の厄除けの力を少し高めようと考え、私は中央ブータンに住む村の芸術家、カルマに「宙に浮く(木彫の)ファルス」を注文した。これは、アジアの世帯主が家の守りのためになす実用的で経済的なやり方のようだ。木製のファルスが、かりにタイに輸入されたとして、内陸の伝統国ブータンで効果を発揮しているように、同様の魔よけの効能を示す保証はない。しかし、それは10ドルの投資に値すると思われた。
 いろいろあるけれども、ファルスはふつう素朴で定型化しているが、しばしば華麗で写実的に表現され、ブータンの多くの家を飾っている。ブータンはすばらしい平和主義の国で国民は大いに満足しているし(つまり、これが国民総幸福量GNHなんだが)、内陸の王国はアジア諸国を悩ませているやっかいな内紛とは無縁なわけだから、これらのファルスは良い仕事をしているに違いない。


図04フライングファルス_03


 念のため言っておくけれど、(ファルスがなくとも)私はすでに十分な幸運を得ていた。
 我々の小グループはジグメ・シンゲ・ワンチュク国立公園内にあるナブシ~コープ遊歩道をトレックしていた。ほんの一握りのトレッカーだけが公園内の6つのキャンプサイトで宿泊することが許されていたので、そこはまるで私たちの私有地のように感じられた。私は川端の岩に腰かけ、銅青色のカワセミが清らかな渓流に飛び込んでいくのを見つめていた。アジアで最も魅力的で美しい自然保護区域の一つで、一人きりでね。
 しかし、こうした小さな運気に恵まれるならば、(ファルスによって)さらに多くの運気と加護がもたらされるあろう。


図05フライングファルス_04 


図02フライングファルス_03


 アジアの至るところで、人びとは宇宙の守護者を信仰している。たとえば、神秘的な刺青(いれずみ)、魔よけのお守り、タントラ*1の呪文や功徳を積むこと、などである。ところがブータン人は家を悪魔や非難から避けるために男性器を選んだ。これらのファルスはブータン公用のゾンカ語ではポー(po)と呼ばれる。それはブータンの家屋の壁に描かれることもあれば、木彫にして硬い石と木材でできた住居の軒先に吊るされることもある。ブータン学・GHN研究センター長のカルマ・ウラ公爵はファルスについて以下のように述べている。「元気良く、恵まれた男性器であり、いつでもやや傾いていて、泡立っていることもある」と。


図03フライングファルス_03


 幸運のファルスに対する熱愛を流行させたと一般的に信じられている人物は、15~16世紀の仏教修行僧ドゥクパ・クンレーである。ファルスの流行におけるドゥクパ・クンレーの役割は、ビキニの水着をブレイクさせたブリジット・バルドー:*2に匹敵する。
 優しく穏やかな接し方をする主流派の仏師とは異なって、ドゥクパ・クンレーは無秩序・衝撃・畏怖をもって説法をした。固定化したすべての人為的ルールの不条理にスポットライトを当て、弟子たちに予測可能なあらゆる観念や情緒の安定性を放棄させたのである。そうすることによってのみ、仏教の悟りにおける「瘋狂の智恵」を理解するに足るだけの賢明さを得ることができるとした。
 ドゥクパ・クンレーは恐るべきチベット仏教の申し子である。クンレーは女たらしであり(自分の母も手込めにしたが、それは母のためだったと彼は語る)、燃えさかる雷鳴によってブータンの悪魔を鎮めていった。男女の関係は悟りへの第一歩であり、できるだけ多くの女性と交わることをためらってはならないというタントラの信条を実例をもって示したのである。【続】


図09フライングファルス_06
↑ファルス信仰発祥のチメラカン(プナカ)。ドゥクパ・クンレーは右手前のストゥーパ(チョルテン)を建設し、魔女を地下に封じ込めたと伝承される。


【注】
*1 タントラとは、ヒンドゥー教シャクティ派の経典で女神シバの性力を崇拝する。シャクティとはエネルギーという意味で、とくに女性の性的能力を指してお り、シャクティ派は「宇宙の万物は女性の性力によって生み出された」と考えた。タントラの教えはボン教、仏教、ジャイナ教に共通して存在する。
*2 ブリジット・バルドーは、フランス・パリ15区出身の女優、ファッションモデル、歌手、動物保護活動家である。頭文字がB.B.であることから、同じ発音で「赤ん坊」を意味するフランス語 bébéとかけて「BB」が愛称となる。猫のような目にぼてっとした唇が愛らしく、「フランスのマリリン・モンロー」とも形容され、20世紀のヨーロッパを代表するセックス・シンボルであった。
 [参考サイト] http://urx.space/OqZq https://goo.gl/images/rraRpo)

ブリジット・バルドー


【連載情報】
ブータンの宝塔(1)
http://asaxlablog.blog.fc2.com/blog-entry-1936.html
ブータンの宝塔(2)
http://asaxlablog.blog.fc2.com/blog-entry-1937.html
フライング・ファルス(1)
http://asaxlablog.blog.fc2.com/blog-entry-1934.html
フライング・ファルス(2)
http://asaxlablog.blog.fc2.com/blog-entry-1935.html

 

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Author:魯班13世
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魯班(ルパン)は大工の神様や棟梁を表す中国語。魯搬とも書く。古代の日本は百済から「露盤博士」を迎えて本格的な寺院の造営に着手した。魯班=露盤です。研究室は保存修復スタジオと自称してますが、OBを含む別働隊「魯班営造学社(アトリエ・ド・ルパン)」を緩やかに組織しています。13は謎の数字、、、ぐふふ。

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