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ヒマラヤの魔女(4)

図06フライングファルス_04  ボーイング社B-52(右)B-52米軍がベトナム戦争で使った爆撃機


続・空飛ぶファルス

 私たちが朝食を終えようとしているとき、村の芸術家、カルマは、カラフルで飛行機の形に似た何かを携えてキャンプ場にやってきた。より近づいて観察すると、カルマは私の前腕と同じぐらい長くてピンク色に塗られたファルスを彫っていたことが分かった。ファルスづくりの最終工程として、色あせた黄色の布切れをファルスに付け足した。その布はおそらく国中どこでもみられる祈りの経典旗へのオマージュ(敬意)なんだろうけれども、悪魔に対抗する射精を表現しているようにも思われた。彼はまた木製の剣をつくり、ファルスと直交するように釘で打ちつけた。その姿は、手作りで未完成のB-52爆撃機(↑右)のような風貌にまあまあ似ていた。私たちの友人にしてトレック・ガイドのタシ・ナムゲは説明した。ファルスは魔除けであり、木製の剣は無知を切り裂き、知恵に向かう第一歩となるものだと。


図07フライングファルス_04


 わたしのフランス人の妻は男性メンバーに対して、フランスの俗語をつかい、そのファルスを「フライング・ジジ(空飛ぶちんちん)」と名づけてみせた。わたしたちは水田の真ん中に境内を構える素朴な寺院に「空飛ぶちんちん」をもって行った。本堂の管理人を兼任している平信者のドルジを急いでさがした。そのファルスを供養するように頼んだとき彼は尻込みせず受け入れてくれた。
 わたしは訊ねる。
  「このファルスはどんな魔物にでも太刀打ちできるの?」
  「本当はね、すごく強い魔物にはもっと強力な何かが必要なんだ」
とタシは答えた。私たちの愚問に対して動揺することのない忍耐を示し、センスの良い皮肉を仄めかすことで気持ちを制御している。
  「たぶんもっと大きなファルスでしょ?」
  「いや、全然ちがうよ。僧侶の裸踊りさ」
 わたしたちの困惑した顔をみて、タシは説明した。「最寄りの車道から一日歩いてやっとたどり着く、この小さな村は重要なファルス現象の震央なんだ」と。
 複雑な伝説を単純化するために、ナブジ村の檀家たちは1棟の寺院を建設しようとしていた。かれらは毎日炎天下のもと働いたが、労働者が眠りにつく夜になると、いつでもいたずら好きな邪教の魔物が聖なる建物を壊してしまった。ついには、ドルジ・リンパという僧侶が悪魔をけ散らすために、夜間に裸のダンスを踊るようになった。その戦略は成功した。やがて暑い日中の労働と寒い夜中のダンスの結果として寺院は完成したのである。


図08フライングファルス_05


 2010年5月、タイに帰国するやいなや、バンコク市民は赤シャツ派(タクシン首相派)と黄シャツ派(反タクシン派)の間で緊張が高まっていた。軍の介入は確実だと思われた。1キロ離れたところで武装した兵士が集まり、和解しがたいデモ参加者との対決に備えつつあった。
 私たちは「空飛ぶちんちん」の梱包を慎重にとき、それをタイ式庭園の空中に吊るした。
  「これはバンコクで機能するだろうか?」
 このお守りを買うとき私はカルマに訊ねていた。その種の質問はカルマにとって漠たるものでしかない。村の少年はブータンの首都ティンブーすら一度も訪れたたことがなかったのだから。彼は肩をすくめてみせた。それは「問題ない」という返事のように思われた。
 そして、彼は正しかった。バンコクの中心街が軍事介入による衝突で燃え盛るなか、小さなソイ(小路)での生活は比較的平穏が続いた。我が家の前でラーメン屋を営む男は店を開けたままだったし、焼鳥屋の女将(おかみ)、野菜の売り子、三輪タクシー(トゥクトゥク)の運転手も同じように開業していた。猫は平穏に居眠りしていた。剣が無知を切りさいて智恵を得たかは分からないが、少なくともファルスを恐れた悪魔がどこかに逃げてしまったと十分確信している。 【完】



【著者紹介】

 ポール・スペンサー・ソチャセフスキー(1947-)
 およそ80か国で生活し活動してきており、1990年代からブータンを訪れている。「ニューヨーク・タイムズ」「トラベル&レジャー」「リーダーズ・ダイジェスト」「ウォ―ルストリート・ジャーナル」を含む国際的な出版物に600以上の作品を発表している。最近の著作として、『人類の奇妙な出会い』シリーズ全5巻、『遠い緑野』『赤毛の人びと』『ビートルズへの溺愛』『あなたの旅のお伴に』などがあり、すべてアマゾンで購入できる。
 補足:ニューヨークのブルックリン生まれ。1992年にPaul Spencer Wachtelに改名している。


図10フライングファルス_06著者


【連載情報】
ブータンの宝塔(1)
http://asaxlablog.blog.fc2.com/blog-entry-1936.html
ブータンの宝塔(2)
http://asaxlablog.blog.fc2.com/blog-entry-1937.html
フライング・ファルス(1)
http://asaxlablog.blog.fc2.com/blog-entry-1934.html
フライング・ファルス(2)
http://asaxlablog.blog.fc2.com/blog-entry-1935.html

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魯班13世

Author:魯班13世
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魯班(ルパン)は大工の神様や棟梁を表す中国語。魯搬とも書く。古代の日本は百済から「露盤博士」を迎えて本格的な寺院の造営に着手した。魯班=露盤です。研究室は保存修復スタジオと自称してますが、OBを含む別働隊「魯班営造学社(アトリエ・ド・ルパン)」を緩やかに組織しています。13は謎の数字、、、ぐふふ。

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