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ヒマラヤの魔女(5)

fig02TASHIDELEK「Stupa」_05


ブータンの宝塔(2)

 文殊のルーツたるタントラでは、自らの手でストゥーパを建設することで体に執着する五つの深い罪(五逆罪)を浄化するであろうと述べられています。五逆罪は、人の親や羅漢を殺す破壊者であり、教団を分断し、菩薩に危害を加えるようなことを引き起こします。『秘宝篋経』において、釈尊は金剛菩薩に語りました。釈迦の説法を書き残し、それをストゥーパ内に納めることで、あらゆるタサガサ(ブッダの精神)の本質を具現化することができるであろう、と。『法華経』には、ストゥーパの前でひれ伏し祈る者なら誰でも最高位の悟りを得るだけのご利益があるだろう、と(書いてあります)。
 『プラセーナジット王の求め』という経典には、ストゥーパを漆喰で白く塗る者は長寿と富を楽しみ、心身の病いから解放されるであろうとしています。ストゥーパの前で鐘を鳴らせば、その人は権威や名声と語り合い、喜びの声を授かり、前世を思い出すことができるでしょう。さらに、ストゥーパの前で信心深く静かに祈りを暗唱する者は、賞賛に値して幸運な者の中で最優位の存在になるでしょう。
 歌を奉納する者はだれでも勇気があって雄弁であり、純粋な心のある知識と名声が生まれるでしょう。絹の王冠でストゥーパを飾りつけるなら、大いなる至福と完璧な智恵の理解がもたらされるでしょう。ストゥーパを清掃したものは、輪廻の欠陥を免れ、見事な肉体をもって生まれ変わるでしょう。


ボダナート・ストゥーパ ボダナート・ストゥーパ(ネパール)


事 例
 7~70mの長さに及ぶマニ・ダンリム(壁のように長い宝塔)は、(宝物探しで有名な)タートン・ぺマリンパ(1450-1521)とドゥク派第4代座主デシ・テンジン・ラブゲ(1638-96)の時代にブータンで初めて建設されました。規則正しい方向と高さの壁の中に石を乱積みにして、ガンダーラ様式で造られたのです。その表面は装飾され、石と石の隙間は削られた石片で埋められています。ケマールと呼ばれる赤いひもをストゥーパの腰のくびれに巻きつけるのですが、それには神聖なフレーズ「オン・マニ・ペメ・フン(六字大明呪)」がプリントされます。摂政ミギュル・テンパ(1613-80)はチョルテン・ダンリンマ、チョルテン・カンニマ、リスム・ゴンポイ・チョルテン(文殊・聖観音・執金剛の三位一体菩薩の宝塔)など多くの種類のストゥーパを、山径・道路・四つ辻に沿って建設しました。
 聖人や歴史的な(高僧の)偶像を記念し建てられたストゥーパもあります。18世紀に高僧ガワン・ロドロによってによって築かれた、タシ・ヤンツェのチョルテン・コラはネパールの有名なボダナート・ストゥーパ(↑)をモデルにして造られました。伝説によれば、インドのアルチャル・プラデシュから嫁いできた信心深いダキニ王女が、すべての感覚ある生き物の幸福を願って瞑想するために自らを墓(ストゥーパの地下)に入れたということです。
 三つの尾根がぶつかりあう、不吉な占いの出た地点にストゥーパは建てられました。高僧ゲスプ・ツェリン・ワンチュクはガラ地方の恐ろしい魔女を鎮めるためにトンサにチェンデブジ・ストゥーパを造営しました。そのストゥーパはベンジ・チョルジによって寄進された遺品とガンテ・トゥルク・テンジン・レクパイ・ドゥンドゥップ2世の頭蓋骨が祭られています。首都ティンプーのメモリアル・チョルテンは街のランドマークであり、第3代国王ジグミ・ドルジ・ワンチュク(1928-72)を讃えて1974年に建設されました。
 いくつかの2008年ストゥーパは、2015-16年から我らが第4代国王ジグミ・シンゲ・ワンチュク陛下の還暦を祝うために国中で改修されました。 【完】


【著者紹介】

 ケサン・ナムゲはブータンの首都ティンプーを拠点とするフォトジャーナリスト、研究者、出版コンサルタントです。好奇心旺盛で魅力溢れる語り手のケサンは『ブータンの聖なる舞踊』の著者です。連絡先は、semgidawa@gmail.com / facebook: azhakeza


fig004TASHIDELEK「Stupa」_05


【グロッサリー】
 涅槃(Parinirvana): 炎の消滅という語(ニルヴァーナ)から来ている。煩悩の炎が消滅し永遠の平静
      と安らぎが実現した解脱・悟りの境地。また、釈迦が入滅したことを指す。
 釈迦牟尼(Shakyamuni): 仏教の開祖。釈迦は民族名。本名ゴータマ・シッダルタ。
 ストゥーパ(Stupa): ブッタの遺骨を納めた塔。直訳は卒塔婆だが、日本の場合、墓の背後におく仮の板状の塔をさすので、立体形の場合、一重なら「宝塔」、二重なら「多宝塔」と訳すべきか。チベット語・ゾンカ後ではチョルテン(Choeten)という。
 ブッダ(Buddha): 釈迦と同義の固有名詞ではなく、「目覚めた人(悟りを開いた人)」の意味であり、すでに涅槃に入った「如来」を意味する。
 三界: 生死(輪廻)を繰り返す際の三つの迷いの世界(欲界・色界・無色界)を指す。
 タントラ: 女神シバの性力を崇拝するヒンドゥー教シャクティ派の経典。シャクティとは女性の性的能力を指してお り、タントラの教えはボン教、仏教、ジャイナ教に共通して存在する。
 五逆罪: 阿鼻地獄に落ちるような最も重い罪をいう
 菩薩(Bodhisattva): 悟りを開いて如来(ブッダ)になるため修行している人
 ガンダーラ様式: パキスタン北東部ペシャワル付近の地域の古名。仏教とギリシャ様式が融合してガンダーラで仏像が生まれた。
 六字大明呪(ろくじだいみょうじゅ): 仏教の陀羅尼(だらに)=呪文の一つ。観音菩薩の慈悲を表現した真言である。
 文殊菩薩(Manjushri): 大乗仏教の菩薩の一つで、知恵の仏。「文殊の智恵をしぼりだし・・・」
 聖観音(Avalokiteshvara): 人間と同じ体が一つで腕が二本の観音菩薩。
 執金剛神(Vajurapani): 仏教の護法善神。金剛杵を執って仏法を守護する。
 ダキニ(Dakini): インド神話の魔女の一種。人の死を6か月前に予知してその心臓を食うとされる。上の文脈では魔女ではなく、単なる王妃の固有名詞か?

【連載情報】
ブータンの宝塔(1)
http://asaxlablog.blog.fc2.com/blog-entry-1936.html
ブータンの宝塔(2)
http://asaxlablog.blog.fc2.com/blog-entry-1937.html
フライング・ファルス(1)
http://asaxlablog.blog.fc2.com/blog-entry-1934.html
フライング・ファルス(2)
http://asaxlablog.blog.fc2.com/blog-entry-1935.html

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魯班13世

Author:魯班13世
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魯班(ルパン)は大工の神様や棟梁を表す中国語。魯搬とも書く。古代の日本は百済から「露盤博士」を迎えて本格的な寺院の造営に着手した。魯班=露盤です。研究室は保存修復スタジオと自称してますが、OBを含む別働隊「魯班営造学社(アトリエ・ド・ルパン)」を緩やかに組織しています。13は謎の数字、、、ぐふふ。

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