おまえはラッパーなんかじゃない(2)


サッカー選手として
岡村との付き合いには二つの側面があります。ひとつはサッカーでして、わたしはこうみえても大学のサッカー部の監督をしておりました。岡村のポジションはセンターバックです。ストッパーとも言います。ディフェンダーの最終ラインにいる中央の選手でして、ストッパーが抜かれてしまうとゴールキーパーしかいないわけですから、失点の可能性がきわめて高くなります。まさにチームの土台というべきポジションですが、責任が重過ぎるので、ほとんどの選手があまりやりたがりません。岡村はその面倒なポジションを黙々とこなしました。沈着冷静というか、メンタルにぶれが少ないので、苦境に陥ってもドタバタしない。安定感のある良いディフェンダーだったと思います。

廃材でつくる茶室
もうひとつは、ゼミの生徒としての係わりです。彼はちょっとかわった経緯をもってわたしのゼミに移ってきました。元は建築デザインのゼミに籍をおいていたのですが、3年次が終わるころ、突然、木造建築/和風建築に興味が湧いてきたといって、私どもの「建築史・保存修復」のゼミに移籍してきたのです。そして、数奇屋の大工になりたいと言います。しかし、それは最終目的ではなくて、建築デザイナーに将来なるために、大工を経験しておきたいという高尚な夢を抱いていたのです。
岡村はわたしの誇りでした。学業成績が優秀だったということは決してありません。わたしが講義を始めると、30分以内には確実に居眠りを始めます。ただ、卒業研究ですごいことをやってのけてくれたのです。新田辺の数奇屋大工のもとで一ヶ月の修行をしながら、学内では「廃材でつくる茶室」プロジェクトのリーダーとして活躍します。大学の裏山に廃材だけで茶室をつくろうという卒業研究であり、20人以上の同級生・下級生を巻き込んでの大掛かりな企画を進めていったのです。条件はただひとつ、「材料を買ってはいけない」。材料はだれかにもらうか、廃材の再利用しか認めなかったのです。わたしは岡村、ヤンマー、タクヲなどと軽トラックに乗って工務店の廃棄物置き場をまわりました。汚くなって腐臭のする材料を荷台に山盛りに積んで帰り、大学の水道場でゴシゴシ洗って使用可能な材に戻していきました。


おまえはラッパーじゃない
岡村棟梁の造作した茶室は、いまも大学裏山に建っています(5年前にいちど大きな修復をしました)。その後、彼は新田辺の工務店に就職し、数奇屋大工としての途を歩みはじめます。わたしは奈良北端の高の原に住んでいて、新田辺とは車で半時間以内の距離にあるので、年に2~3回現場に行って彼の仕事ぶりをみる機会がありました。岡村の仕事姿たるや、それはもう格好いい。職人というのは寡黙で、黙々と仕事をこなしていく。カンナ削りで1mm以下のレベルの調整などに真剣に取り組んでいる姿には惚れ惚れします。
数奇屋大工として彼は茶室など何棟かの木造建築の普請をてがけ、順調に職人としての途を歩んでいるようでしたが、諸々の事情があり、その工務店は解散してしまいます。その前後からインテリアの仕事に移ったと聞きますが、かれが新田辺を離れてから会う機会はなくなってしまいました。
今から4年前、この前の席にいるタクヲの挙式があり出席したところ、ひそひそ挨拶にくる男がいる。いったい誰だろうと不審に覗き込むと、それが岡村でした。髪型がドレッドヘアーっていうんですか、ヒップホップだかラップだか知らないけれども、職人時代の面影とあまりにもかけ離れており、本人の識別に時間がかかりました。とりあえず「これからもがんばれよ!」と応対しましたが、あまりのチャラさに、心の底で「もう口きいてやらん」と思ったものです。そのときの心境はこうです。
おまえはラッパーじゃない!
おまえはストッパーだ!!



軽トラックの恋人
それからまた歳月が過ぎ、この9月だったでしょうか、彼はわたしの奈良の家まで奥さんを連れてやって来ました。このたびの結婚についての挨拶です。それが、どんなふうにあらわれたと思いますか。彼は軽トラックを我が家の門前に横付けしたのです。こんな綺麗なお嬢さんを軽トラックの助手席にのせてやってきた。でも、少々ほっとしました。髪型はおとなしくなっているし、なにより軽トラックをみて職人時代に少しだけ戻ったような気がしたのです。それから、うちの家内を誘って新郎新婦と4人でランチしながら談笑しました。わたしは、そのとき、ちょっと奥様にいじわるな質問をしたんです。
彼は将来、鳥取に帰ってくることになるかもしれないが、
そうなったらどうしますか?
彼女は間髪無く笑顔で答えました。
ついて行きます!


わたしはさらにこんなことを言いました。
鳥取の冬は寒くてつらい。雪が積もって車が滑る。でも、
冬の日本海の魚介類は本当に美味しいんだよ・・・
彼女はそういう話を聞いても意に介さず、笑顔のままニコニコしています。これはもう大丈夫だ。このカップルは間違いない、と確信した次第です。
君たち二人の幸せを影ながら祈っております。私のわがままな希望になってしまいますが、どうかこのまま軽トラックの似合う夫婦でいてほしい。今日はほんとうにおめでとうございました。

