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能海寛を読む(2)

3.日本の仏教戦争についての釈明

 能海寛は、キリスト教が政治に癒着し、戦争を好む宗教だと断じているが、体制に寄り添う宗教はどこの国でもある。わが日本にしても、古代以来、仏教は鎮護国家の宗教として高い地位と権威を与えられてきた。たとえば、中世の臨済宗は室町幕府の庇護の下おおいに勢力を増長させ、中国禅宗の規律であった五山・十刹・諸山の数を激増させて、その本質的な意義を解体させてしまった。日本仏教はキリスト教を批判できるような非権力の宗教勢力では必ずしもなかったと言わざるをえない。
 戦争の問題にしても、またあとで論じるが、宗教と戦争はコインの表裏のような関係にある。そもそも戦争は一つの勢力だけでなせるものではなく、ある宗教(もしくは宗派)への一途な想いが結果として戦争の種になるわけで、日本でも宗教の関わる戦争はいくども発生してきた。これについては能海も気にしており、

  欧米におけるキリスト教のように、戦争とともに発達した流血的・殺伐的宗教に
  代わって、現在の欧米の大戦国に入り込み、ブッダの慈悲を普及させようとする
  なら、いっそう宗教や過去の経歴に照らして事をなすべきなのです。(略)ここで
  一言弁解をしておくべきことがあります。日本において仏教徒が兵乱を起こした
  ことです。私はもとよりあえてこれを弁護しようとはしません。ただ、世間の
  人びとの誤解を解こうとするためです。

として釈明を始めている。蘇我馬子と物部守屋の争い、平家による興福寺・東大寺の焼き討ち、比叡山悪僧の横暴、織田信長と石山本願寺の戦などがあったことを例にとる。【上下とも第5章(原文)33頁】

  私はこれに対して一言、世間の誤解を論破しようと思います。第一に、守屋と馬子
  の争いについては、大内青巒氏が、馬子は仏教徒の仮面を被った者であって、真
  の仏教信者ではないことを証拠を挙げて論じられ(略)当時下賎の身分から立身
  出世する方法は、ただ仏門に入って出世の意志をひろげようとしたり、当時の武勇
  の軍人だとか、罰せられたり、その他の事情によって、真実の信仰なしに一時の
  手段や私利名誉のために僧侶となった者は多く、実際に仏道修行のために僧侶に
  なった者は少なかったのです。このため、かれら武人勇猛の性格は(僧になっても)
  そのままで挙動にあらわれ、武器を携えて乱をなす者があったのです。この風潮が
  徐々に増幅し、ついに比叡山南部の武僧(山法師)を生み出すに至りました。白河
  法皇が(「加茂河の水、双六の賽、山法師、是ぞわが心にかなわぬもの」と)嘆息
  されたゆえんです。

 日本でも仏教徒の係る戦争はたしかにあったが、それはいやいや僧侶になった元武門の輩などがなした悪行であって、本物の仏教徒は戦争を回避する温厚な平和主義者であり、戦争好きな欧米のキリスト教徒とは本質的に異なるという弁明である。ほんらい仏教が温厚な平和主義であることを認めるとしても、キリスト教が好戦的で仏教が平和的だという事実を証明しようとするならば、日本だけでなく、インド、スリランカ、チベット、中国などにまで視野をひろげ、仏教内の権力闘争や他宗教等との争乱が多くなかったことを示さなければならない。研究室が毎年調査しているブータンを例にとるならば、17世紀前半、チベットで権力闘争に敗れたガワン・ナムゲルが西ブータンで勢力を拡張していたドゥク派勢力と合流して全土の統一を成し遂げたわけだが、その前段階たる15~16世紀は宗派林立の戦国時代であり、多くの山城が造営されていた。宗派相互の戦争がなかったとは決して言えない状況だったのである。



4.無識者・婦女子の宗教

 『世界に於ける仏教徒』の口語訳に取り組み始めたころ、いきなり現代語への書き換えに苦しんだ言葉がある。能海が言うとおり、欧米の有識者、とりわけ科学者・哲学者のキリスト教離れが進んで、仏教が高く評価される傾向にあったのは事実かもしれない。フランシス・カアラーンデル、アレキサンダー・ラッセル・ウェッブらの発言、ショーペンハウエルのインド哲学風の論理などはその代表例であり、20世紀以降も、アインシュタインやハイデッガーなどはたしかに仏教を評価していたようである。しかしながら、その一方で、能海は、いまやキリスト教を信仰するのは「無識者婦女子」だけになったとまで述べている。これを含む部分を以下のように口語訳した。【第一章(原文)5頁】

  今日西洋におけるキリスト教徒はわずかに古来の習慣によって無学の者とか女子供
  の間に生き続けているものです。(略)すでにこのように西洋におけるキリスト教
  は哲学に捨てられ、科学と争って歴史を汚すので、欧米の世界はキリスト教を受け
  入れる余地はなく、政治世界の手段として習慣や人情に頼って、わずかに無学の者
  や女子供が維持しているものになってしまいました。[下線筆者] 

 下線部に示したように、能海のいう「無識者婦女子」を「無学の者や女子供」という表現に変換した。学問・教養のない者や女子供だけが欧米ではキリスト教を信じている、という書き方である。さて、能海のいう「無識者婦女子」とはいったい何者であろうか。それは「民衆」にほかならない。河口慧海がチベット仏教に憧憬を抱きながら、チベット人を「蛮族」と呼んで差別視していたことはよく知られていよう。チベット人を野蛮人と呼び、東南アジアの上座部仏教についても偏見に満ちた発言を残している。一方、能海寛は欧米の民衆を「学のない者や女子供」と呼んでいたのである。かりに明治期の男尊女卑社会において「無識者婦女子」なる言葉が常用されていたとしても、衆生を救う僧職者には使ってほしくないと思う。少なくとも、民衆文化としてのキリスト教を批判する資格が、異国の民である能海寛にあるはずがない。欧米インテリ層の仏教への傾斜と民衆文化としてのキリスト教の伝統継承は別次元の問題と考えるべきであろう。
 こうして「無識者婦女子の宗教」と差別視するキリスト教の未来を能海は次のように予想している。【第一章(原文)8頁】

  やがて一九世紀という寒気が去り、二〇世紀という春に遭遇すれば、イギリス人民は
  キリスト教信者の看板を捨てて、ただ仏教の腹帯で大運動を起こすであろうことは、
  目下の事実に照らし合わせれば明々白々です。(略)西洋における宗教大革新の
  時期が切迫して近づいているのは疑うことのできない事実です。

 20世紀を過ぎて21世紀になった今、イギリスはキリスト教を完全放棄しているわけでもなく、仏教国になっているわけでもない。残念ながら、能海の未来予想が外れたことは明々白々である。 【続】
  

【連載情報】
・能海寛を読む(1)
http://asaxlablog.blog.fc2.com/blog-entry-1977.html
・能海寛を読む(2)
http://asaxlablog.blog.fc2.com/blog-entry-1978.html
・能海寛を読む(3)
http://asaxlablog.blog.fc2.com/blog-entry-1981.html
・能海寛を読む(4)
http://asaxlablog.blog.fc2.com/blog-entry-1983.html
・能海寛を読む(5)
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・能海寛を読む(6)
http://asaxlablog.blog.fc2.com/blog-entry-1987.html
・能海寛を読む(7)
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魯班(ルパン)は大工の神様や棟梁を表す中国語。魯搬とも書く。古代の日本は百済から「露盤博士」を迎えて本格的な寺院の造営に着手した。魯班=露盤です。研究室は保存修復スタジオと自称してますが、OBを含む別働隊「魯班営造学社(アトリエ・ド・ルパン)」を緩やかに組織しています。13は謎の数字、、、ぐふふ。

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