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能海寛を読む(4)

7.宇内一統宗教と釈迦の正伝

 旧仏教とは従来の仏教のことであるが、そういう伝統の宗教に対して新しい仏教徒があらわれなければ、宗教大革命の波乱を静め、世界の宗教を統一できない、という論理を能海は展開する。そうした世界的宗教としての新仏教を彼は「宇内一統宗教」と命名している。現在の言葉に置き換えるなら「世界統一宗教」となるであろう。【第1章(原文)10頁】

  東洋においては、旧仏教徒に対して新仏教徒が現れなければならないということ
  なのです。新仏教徒が現れ、初めてこの宗教大革命の波乱を鎮め、宇内一統宗教
  (世界統一宗教)の大業を成就することができるでしょう。

 新仏教を宇内一統宗教(世界統一宗教)と位置付ける構想は、肯定的にとらえるならば大胆かつ壮大かもしれないが、現実的には実現不可能な戯言のようでもある。とりわけ能海の場合、萌芽すらしていない宗教大革命の機運を、「波乱だ、変動だ」と煽り、欧米が新仏教を切望しているかのごとく喧伝している点が気にかかる。たんなる世界に普遍的な宗教をめざしているのではなく、新仏教がキリスト教を駆逐し、欧米の宗教に取ってかわることをめざしていたのである。
 このような「宇内一統宗教」をどのようにつくりあげていくのか。その方法については、まず第九章「仏教国の探検」【原文60頁】から引用しておこう。

  今日は世界宗教の形勢が新仏教徒の勃興を促進し、将来における宇内一統宗教
  (世界統一宗教)はまさに仏教であるという気運に際し、これに対して一大準備を
  すべき時代であることは、しばしば論じてきたとおりです。その準備の中で最も
  肝要なことは、ブッダの真聖なサンスクリット本を探したり、ブッダの正しい歴史を
  求め、その真実の説を発揚したりすることにあります。ですから、インドより直接
  伝わったチベット仏教の研究、サンスクリット語の原本の探索などの必要性は、
  言うまでもありません。

 ブッダの真言と正史を明らかにすれば、仏教諸派は連合され、大きな勢力として生まれ変わると考えていた。という流れに従って、能海の思想は古代インドとチベットに傾斜していく。方法的には、とくに歴史学と比較仏教学が重要な位置を占める。まずは第五章「歴史上の仏教」から抜粋する。【原文2頁】

  歴史的な仏教の考究とは、第一に釈迦の正伝を探求することです。これは言うまで
  もなく難儀です。なぜならば、三千年前の事実、特に歴史にあまり残ってない古代
  インドの事となると、どうしても完全に正伝を手に入れるのは難しいですが、できる
  だけ探索をして、現在残っているあらゆる材料を集め、互いに比較・検討して、完璧
  な釈迦の伝記を編集すべきです。

 第7章「比較仏教学」では次のように述べている。【原文47頁】

  同じく漢語訳といっても新訳があり、旧訳があり、同本異訳があります。巻数が異
  なるものもあります。また、漢語訳と他のチベット語訳やセイロン語訳、または今日
  のヨーロッパ諸国の訳もあり、その意味が異なるような場合もあります。これらは
  みな、比較研究をする必要があるものです。(略)もしこの比較仏教学が起こらなけ
  れば、今日この多岐多端に分かれた仏教の統合を期待してはなりません。外に
  対しては一統宗教たらんとする仏教は、どうしても内にこの組織的一致上の仏教を
  欠くことはできません。 

 諸国の仏典や翻訳を比較することで、仏教の起源たる釈迦の思想をあきらかにでき、仏教の統合が実現する。それが宇内一統宗教として世界に拡散していくという発想である。



8.仏教国の探検-チベットをめざして

 諸国の仏典等を集めて比較しようとするならば、まずその国を訪れなければならない。探検の必要がある。これについて、第九章「仏教国の探検」で以下のように述べている。【原文54-56頁】

  宗教家の探検には二種類あり、一つは布教のためのものです。(略)まさに
  ここで論じようとしているのは、第二仏教国の探検であり、これは今日最大
  の急務です。(略)私が最も急務だと感じるのはチベットです。このほかに
  ネパール、カシミール、中国・インドの内陸部、タイ、ミャンマーなどの諸国は、
  いずれも仏教徒の探検を必要とする最も価値ある場所です。

 そして、歴代の高僧が苦難の探検により、経典を入手したり、仏教を伝道してきたことを強調する。【原文56頁

  ブッダが一度インドで説法をされて以来、諸々の賢聖はヒマラヤ山脈を超えて
  チベット入りしたり、ゴビの大砂漠を渡って中国入りしたりしました。その困難は
  言葉に表すことができません。玄奘三蔵や法顕三蔵などの入竺(インド入り)
  には数十年の歳月を費やし、高山や大河をものともせず、ついに大業を成し
  遂げられたようなものです。また鑑真和尚が十二年の日月を波浪の間に送り
  ついに日本に渡って戒律を伝えられたように。

 能海がチベット入りに執着したのは、自ら玄奘とか鑑真のような存在になりたかったからではないかと想像される。しかし、その時代は中央アジアの植民地支配を大国が競いあう時代であった。【原文60-61頁】

  とくに今日一日もチベット探検の猶予をすべきでないのは、北のロシア軍が
  アルタイや崑崙山を越えようとしていますし、西からはヒマラヤ山脈を超えて
  イギリス軍がチベットに迫ろうとしています。南からはカンボジアの河に沿って、
  フランス軍がチベットに入ろうとしており、中国は東から揚子江を遡り、それらの
  国々を退けようとしており、今日東方問題は、いよいよ切迫してきています。
  中央アジアのパミル高原はまさに一大戦場になろうとしています。

 チベットを含む中央アジアの植民地支配を狙っていたのは中国だけでなく、とりわけ帝政ロシアとイギリスが熾烈な冷戦をくりひろげていた。これを「グレート・ゲーム」と呼ぶ。ピーター・ホップカークというイギリスのジャーナリストがグレート・ゲームに係る三部作を書いている。京谷公雄さんが訳した『ザ・グレート・ゲーム―内陸アジアをめぐる英露のスパイ合戦』(1992)、『東方に火をつけろ―レーニンの野望と大英帝国』(同訳1995)に続く三冊目『チベットの潜入者たち―ラサ一番乗りをめざして』(2004)は、今枝由郎先生のグループが翻訳されている。こうした軍事緊張の時代にあって、能海はチベットの探検を推奨し、その利点まで述べている。【原文60-62頁】
  
  日本の仏教徒がチベットを探求する利点は、人種においても大差なく、ともに
  大乗仏教徒である点です。(略)この閉鎖国を開発して各国に紹介し、その国
  の未来の政策を考えるのも、日本の大きな責任でしょう。(略)チベットの探検
  は(略)学問上、社会政治上においても利益を得ることが大きいのです。世界中
  で今日、最も情報の届かない秘境といえる国はおそらくチベットでしょう。 (略)
  地理学上の有益は言うまでもなくチベットの人種、言語、習慣、風俗、政治組織
  などの調査は、いずれも人類学、歴史学、社会学の好材料となります。(略) 

 学術的な立場からみれば、能海の指摘はまったく正しい。しかしながら、すでに述べたように、植民地支配をめぐる軍事的攻防が熾烈をきわめていた時代である。探検とはフィールドワークとほぼ同義であるけれども、それを最大の情報源とする民族学(文化人類学)の分野は植民地支配の前提として発展してきた歴史的経緯がある。民族学者は学術のために探検し、調査していると信じているとしても、そのデータは容易に軍事利用され、植民地支配の基礎情報となる。たとえば、アントン・チェーホフというロシアの文豪が『サハリン島』(中村融 訳1997)という紀行文を残している。帝政ロシアがチェーホフに命じて地理や民族の情報を収集させているのだが、それは明らかにサハリン(樺太)を植民地化するための情報を欲していたからである。
 現在のチベットも政治的にきわめて危険な状況にあるけれども、グレート・ゲームの時代に入蔵し採集した記録もまた当然軍事利用されかねないものであった。一方、能海に資金提供した本願寺の側からみれば、中国大陸での布教の前提となる基礎情報を欲していたとみることもできるわけで、この場合の探検は、宗教的支配のための情報集めという側面を有することになる。 【続】


【連載情報】
・能海寛を読む(1)
http://asaxlablog.blog.fc2.com/blog-entry-1977.html
・能海寛を読む(2)
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・能海寛を読む(3)
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・能海寛を読む(4)
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・能海寛を読む(6)
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魯班(ルパン)は大工の神様や棟梁を表す中国語。魯搬とも書く。古代の日本は百済から「露盤博士」を迎えて本格的な寺院の造営に着手した。魯班=露盤です。研究室は保存修復スタジオと自称してますが、OBを含む別働隊「魯班営造学社(アトリエ・ド・ルパン)」を緩やかに組織しています。13は謎の数字、、、ぐふふ。

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