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河本家住宅家相図の研究(5)

河本家ヒアリング調査ブログ 河本家全景


河本家住宅-建造物研究史

 1月6日(日)、琴浦町の重要文化財「河本家住宅」を訪れ、家相など家の方位観に関するヒアリングをおこなわせていただきました。ブログの記載に先立ち、これまでの河本家住宅建造物に関する研究史について略述しておきます。

鳥取県近世民家緊急調査(1972)
 河本家住宅は鳥取県東伯郡琴浦町(旧赤崎町)箆津393に所在する江戸時代前半期の古民家である。昭和47年度に鳥取県近世民家緊急調査の第三次調査対象となり、報告書『鳥取県の民家』(鳥取県教育委員会 1974)に最初の調査概要が掲載されている。この報告に基づき、鳥取県は昭和49年3月29日、河本家住宅のオモヤとキャクマを鳥取県有形保護文化財に指定した。その後、昭和53年にオモヤの屋根葺き替えがおこなわれ、貞享5年(1688)の棟札が見つかった。

河本家住宅-建造物調査報告書(2005)
 平成15年度(2003)、赤碕町は河本家の味噌蔵・米蔵を同家収蔵品の展示室に衣替えする企画を検討したが、ASALAB有志が味噌蔵・米蔵をはじめ周囲の土蔵群を視察した結果、それらの建物も高い文化財価値を有することが判明した。また、『鳥取県の民家』に掲載されている河本家住宅の報告も短いものであり、オモヤ・キャクマ等についての本格的な調査・分析がなされていなかった。これらのことから、赤碕町教育委員会と鳥取県教育委員会は河本家住宅の建造物に関する総合的な調査を決定し、ASALABが町の委託を受け平成16年度(2004)、ASALABが調査に取り組んだ。そのときのリーダーが一期生のタクヲさん(現大田市教育委員会)であり、タクヲさんが年度末に卒論としてまとめ、その成果を教授が校閲・編集し、『河本家住宅-建造物調査報告書-』(2005)を刊行した。この報告書をもとに国の文化財審議会で審議され、平成22年(2010)にオモヤ、キャクマは県指定から国指定に格上げされ、敷地内の土蔵群・長屋門なども国の重要文化財に指定された。このとき棟札等も重要文化財に附(つけたり)指定されている。 その後、鳥取県教育委員会が奈良文化財研究所に調査を委託して刊行された『鳥取県の近代和風建築-近代和風建築総合調査報告書-』(2007)には、河本家の分家にあたる河本誠之家住宅(箆津386)の基礎的な調査報告が掲載された。


幕末家相図の発見(2006)
 『河本家住宅-建造物調査報告書-』刊行からまもない平成18年(2006)10月、河本家の味噌蔵を整理中に家相図が発見された。その報告として坂本敬司氏(当時県史編纂室)が内部資料として短い報告を残している。内部資料ではあるが、家相図の基礎分析として嚆矢にあたるものであり、本研究においてもおおいに参考させていただいた。材質、法量、作成年代、記載内容、付属品、保存状態、所見などについて記載されている。その基礎情報を再度転載しておく。
  (1)材質 紙本彩色
  (2)法量 2275×1425mm
  (3)年代 嘉永七年(1854)年9月 *袋表紙の記載
 この幕末の家相図も歴史資料としての価値は高く、棟札と同様、重要文化財に附(つけたり)指定されている。


河本家ヒアリング調査ブログ 河本家庭園


庭園は県指定名勝へ
 近年の活動は、住宅よりもむしろ庭園(↑)にむいており、平成30年(2018)10月9日、河本家の庭園は県指定名勝となった。家相図に描かれる幕末ごろの様子が現在まである程度遺存しており、地域屈指の豪農の近世庭園のひとつとして学術的価値が高いことや、キャクマを介して南北に庭園を設える空間構成や限られた敷地で水路をうまく活用した池の構成の芸術的価値が高いことなどが評価された。


河本家ヒアリング調査ブログ 古民家ツアー


古民家ツアーと家相図研究リスタート
 2017年11月28日、二年次対象の演習「人間環境実習・演習A」の活動の一環としてひとつとして教授の主催する古民家ツアーをおこなった(↑)。鳥取県の二大古民家でいずれも東伯郡に所在する重要文化財「尾崎家住宅」(湯梨浜町大字宇野1518)と河本家住宅を訪問したのである。参加者は教授はじめ教員4名、ゼミ4年生2名、講義履修者27名であり、現地では会長がサポートされた。ただし、ASALAB以外の参加者が多かったことで印象が薄れた感が否めない。このとき土間に展示されていた家相図複写版を教授が下見調査したことで本研究は11年ぶりの再スタートをきることになる。家相図は特殊な、いわば呪術的方位観による未来計画図の場合がしばしばあり、一般的な指図とは違って平面復元の根拠とは必ずしもならないため、発見後十年以上経過するが、家相図の調査研究は全く進んでいなかった。しかし、あらためて観察すると、河本家の家相図には復原史料としての価値もみとめられることが見えてきたため、私の卒業研究として教授からご提案していただいた次第である。その後5月に浅川教授が河本家を訪問し、家相図複写版を借り受け、複写版を複写し、研究の基礎資料とした。


河本家ヒアリング調査ブログ 河本家家相図


フォトスキャンによる家相図オルソ写真の撮影
 2018年8月4日、研究室メンバー6名(教授、会長、岡崎、佐々木、森、野表)で家相図等の詳細調査をおこなった。借り受けた家相図の複写版は縁(ふち)周りが映っておらず、解像度も高くなかったため、高解像度の全景撮影を目指したが、畳二帖をこえる規模や傷み具合を考慮して壁吊り撮影は断念した。代わって教授と森が2台のカメラを用いて、一人100枚(計200枚)ほどの斜め撮影を現場でおこない、そのデータを研究室に持ち帰ってフォトスキャンで3D化したところ、オルソ写真としてかなり正確で解像度の高い正面写真を得ることができた(↑)。一方、家相図と現状平面の異なる部分があきらかになったので、該当部分の部材(鴨居・敷居・差鴨居など)を丹念に観察し写真撮影した。その結果、家相面は嘉永七年(1854)制作時の現状図を示す可能性が高いことはほぼ確実になった。




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倉長家の幕末家相図調査(2018)
 河本家の裏手に位置する倉長家で幕末の家相図がみつかり、2018年11月13日、町教委と会長の実見に合わせて、教授、岡崎、野表が調査をおこなった。基礎情報は以下のとおり。
  (1)材質 紙本彩色
  (2)法量 1215×1580mm
  (3)年代 慶応元年(1865) *絵図左下及び袋表紙の記載

 倉長家家相図の制作者は瑞穂舎(川合清丸)であり、河本家の作者と同門もしくは同一人物と思われる。方位は広間のイロリ近くに中心点をおいて八角形を描き24方位に区分している。この点、嘉永七年(1854)制作の河本家家相図と共通するが、河本家ではイロリまわりの24方位はおもに屋内の施設配置を規定し、屋外(とくに屋敷地背面)は裏庭を基点とする八方位を基準としているのに対して、倉長家はイロリまわりの方位観が外構にまで及んでおり、この点が河本家と大きく異なる。倉長家家相図についても、多重撮影データをフォトスキャンでつなぎ合わせ、オルソ写真を制作した。


家相・風水に関わるヒアリング

 2019年1月6日(日)、河本家にてご主人と奥様に家相・風水に関わるヒアリングをさせていただきました。参加者は会長とわたしの2名のみです。
 河本家では、とくに「南面」を重視していたと言います。これは中国建築でいうところの「坐北朝南」のことと思われます。重要な人物や建物は北側にあって南を向くという原則です。玄関や縁側などの開口部は南側に配置されます。一方、床の間は北側に位置して南を正面とします。家主は来客のさい必ず北側に座って南をむき、とくに法事などの重要行事のさいはこの規則が厳重に守られていたそうです。
 家相図についての付加情報もお教えいただきました。家相図が発見されたとき、家相図とともにぼろぼろになった掛軸や書などもみつかったのだそうです。そもそも味噌蔵での保管自体、家相図をぞんざいに扱っているということになりますが、その保管状態からみても、貴重品という扱いはされていなかったと考えられるでしょう。また、河本家家相図には制作者が記載されていません。河本家ご主人には成美神社(琴浦町太一垣81)の河合清丸の父が家相図を作成したと伝わっているそうです。河合清丸は倉長家の家相図を作成した人物でもあり(川と河で漢字がちがっていますが)、神官の家に生まれた明治期の社会教育家とされる。
 現在はおこなわれていないそうだが、現在のご主人が幼少のころ、正月前(12月30~31日あたり)に神主が河本家を訪れ、来年の年神様をまつっていた。現在のヒロマ(イロリのある部屋)を中心にその年の方角にしめ飾りを飾っていた。裏白や日の丸の描かれた扇子とともに飾り付けられていた。ご主人のお話しによると、その年の方角は家相図に描かれている十二支のように北から右回りではなく毎年ばらばらの方向だったという。おそらく当時の当主の生年月日から九星によって年齢を読み直し、その年齢にあたる方角を敬って祭祀していたと考えられる。九星とは一白水星、二黒土星、三碧彗星、四緑木星、五黄土星、六白金星、七赤金星、八白土星、九紫火星という九つの星回りによって人々の運勢と吉凶の方角を占うもので、古代中国で考案された星占いである。
 今回のヒアリングでお話しをうかがう限り、琴浦町地域独自の方位観が現代には伝わっていないようだった。しかし正月におこなわれる行事のお話しはたいへん貴重なものである。やはり方位の起点となっている部屋は幕末と変わっていないことや、方位観に係る行事が現代まで伝わっていることが興味深かった。これから今回の調査で得たことを家相図や方位観に結び付けていけるよう研究に励んでいきたい。(小次郎)


河本家ヒアリング調査ブログ しめ縄 河本家ヒアリング調査ブログ くぎ跡 河本家ヒアリング調査ブログ 正月飾り
↑(左)現在の注連飾り (中)注連縄をかけていた古釘 (左)正月飾


【関係サイト】
2018年度卒業論文概要(1)
http://asaxlablog.blog.fc2.com/blog-entry-2012.html
2018卒業論文中間報告(2)
http://asaxlablog.blog.fc2.com/blog-entry-1919.html
河本家住宅家相図の研究
(1)http://asaxlablog.blog.fc2.com/blog-entry-1864.html
(2)http://asaxlablog.blog.fc2.com/blog-entry-1865.html
(3)http://asaxlablog.blog.fc2.com/blog-entry-1868.html
(4)http://asaxlablog.blog.fc2.com/blog-entry-1867.html
(5)http://asaxlablog.blog.fc2.com/blog-entry-1998.html
琴浦町倉長家の家相図調査
http://asaxlablog.blog.fc2.com/blog-entry-1957.html
フォトスキャンを活用した文化遺産の分析(2)
http://asaxlablog.blog.fc2.com/blog-entry-2011.html

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魯班13世

Author:魯班13世
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魯班(ルパン)は大工の神様や棟梁を表す中国語。魯搬とも書く。古代の日本は百済から「露盤博士」を迎えて本格的な寺院の造営に着手した。魯班=露盤です。研究室は保存修復スタジオと自称してますが、OBを含む別働隊「魯班営造学社(アトリエ・ド・ルパン)」を緩やかに組織しています。13は謎の数字、、、ぐふふ。

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