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フォトスキャンを活用した文化遺産の分析(2)

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続・大学院修士課程1年次中間発表会の報告

琴浦町河本家住宅の幕末家相図
 河本家住宅(重文)は東伯郡琴浦町に所在する江戸時代前期の古民家である。昭和53年に貞享五年(1688)の棟札がみつかり、建築年代の明らかな民家としては山陰地方最古の遺構とされる。家相図は、2006年に発見された。嘉永七年(1854)の制作で、法量は2275×1425mmを測る。はじめ絵図を壁に掛け全景を正面から撮影しようとしたが、サイズは畳二帖より大きく、傷みも少なくないので断念し、畳においたまま斜め方向からの多重撮影データによるオルソ写真作成を試みた(100枚以上×2台)。自然光の濃度が微妙にグラデーションしており、LEDで2方向から照らし明るさをできるだけ均一化しつつ撮影をおこなった。結果は良好で、実物と縦横比の同じオルソ写真を作成できた。家相図と河本家住宅現状平面を比較した結果、嘉永七年当時の状況を反映している可能性が高いと判断され、復原を試みた。


190219修士中間発表スライド17 


 時間の関係上、今回はハナレの変化についてのみ説明する。ハナレは家相図より古く、文政3年(1821)の建造である。現状のハナレは三方向を縁に囲まれており、奥の座敷が8畳になっている。しかし、家相図では南と東の縁はなく、奥の座敷も6畳で、その北側に縁が付属している。また、南側の4畳は東側半分が土間になっていて、板間との境にカマドをもうけている。カマドがあるということは、だれかの住まいとして使われた可能性があると思われる。おそらく、明治期に南の4畳を畳間にし、奥の6畳を8畳に拡張してさらに縁を周囲にめぐらせ、全体を接客の建物にしたと推定している。


190219修士中間発表スライド12



190219修士中間発表スライド13 


琴浦町倉長家住宅の幕末家相図
 倉長家住宅は河本家住宅の裏手に位置している。2018年11月に慶応元年(1865)の家相図が発見されたので、調査にかけつけた。倉長家の家相図も河本家と同じ方法でオルソ写真を作成し、平面の復原に取り組んだ。 
 倉長家主屋は昭和40年代の改修により、建具・土間・屋根などは大変わりしているが、柱や水平材(差鴨居等)などに古材をよく残しており、稲常の西尾家の推定Ⅰ期と同じ「広間型五間取り」に復原できる。
 また主屋に付属する土蔵で「新蔵 文化11年」の棟札が見つかっている。このことから、主屋は文化11年すなわち1814年以前に建造されていた可能性があると思われる。当初平面の類似に加え、建築年代も18世紀後期~19世紀前期ころと推定され、やはり西尾家Ⅰ期と近いように思っているが、さらに詳細な調査が必要である。
 今後は、この延長で研究を続けるか、調査に参加して愛着のあるブータン・チベット、あるいは卒論の延長線上にある宝塔の系譜に関するに回帰するか、教授とよく相談しながら活動を続けていきたい。(ザキオ)【完】


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魯班13世

Author:魯班13世
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魯班(ルパン)は大工の神様や棟梁を表す中国語。魯搬とも書く。古代の日本は百済から「露盤博士」を迎えて本格的な寺院の造営に着手した。魯班=露盤です。研究室は保存修復スタジオと自称してますが、OBを含む別働隊「魯班営造学社(アトリエ・ド・ルパン)」を緩やかに組織しています。13は謎の数字、、、ぐふふ。

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