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「賽の河原」の風景-摩尼山地蔵堂の考証と復元-

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「賽の河原」ミニ講演

 5月8日。ゼミの途中、環境大学地域連携事業報告会で教授のミニ講演があるため多目的ホールで聴講しました。講演の題目と構成は以下のとおりです。

    「賽の河原」の風景
 -摩尼山地蔵堂の考証と復元-

1.摩尼山-日本最大の登録記念物(名勝地)  
2.賽の河原と回向の塔   
3.地蔵堂と三祖堂
4.地蔵堂の復元と鷲ヶ峰の歴史的景観

 摩尼山がどこにあるのか、どのような山なのかという説明から始まり、山頂に近い鷲ヶ峰の立岩に降臨した帝釈天の伝承、18世紀末の『因幡志』に描かれた「財河原」、「西院の河原」和讃の内容、 三祖堂の調査に基づいた地蔵堂の復元など興味深い発表でした。成果報告を聞いて自分も早く摩尼山に登りたいと思いました。(N.Y)


20190508(COC浅川発表)摩尼山賽の河原地蔵堂_01 0508マニ講演002


回向の塔

 今回、あらためて講演をして資料を作り直した結果、賽の河原の石積塔の意味を誤ってとらえていたことに気がついた。これまで漠然と小石を積み上げた石積塔を「供養塔」と表現していたが、それは間違いであり、「回向(えこう)の塔」と理解すべきものである。「西院の河原」和讃本の当該部分を抜粋引用してみよう。

二っや三っや四っ五っ 十にもたらぬ嬰子が  
さいの河原に集りて 父こいし母こいし  
恋し恋しとなく声は この世の声とは事変り   
悲しさ骨身を通す也 かの嬰子の所作として  
川原の石をとり集め 是にて回向の塔を組み
一重くんでは父の為 二重くんでは母の為
三重くんでは古里の 兄弟我身と回向して

 回向(えこう)とは「自らの徳を他者に転回すること」である。賽の河原で夭逝した嬰子(みどりご)たちはなぜ石を積むのか。石を積むとは、徳を積むことにほかならない。辺土で積んだ徳を娑婆で生きる父母兄弟に転送し、かれらの幸福を願うという考え方である。「供養」の場合、娑婆にいる生存者が死んだ子どもに対しておこなうものだから、あきらかに間違いである。今後は和讃本に記すとおり、「回向の塔」という表現を使おうと思う。

 ちなみに、徳を積み上げた「回向の塔」をつぶす破壊者が「地獄の鬼」であり、悲嘆にくれた子どもたちを救い天に導くのが「能化の地蔵尊」である。能化(のうげ)とは「衆生を救う指導者」であり、衆生(しゅじょう)とは「生きとし生けるもの」を意味する。=教師補遺=


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魯班13世

Author:魯班13世
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魯班(ルパン)は大工の神様や棟梁を表す中国語。魯搬とも書く。古代の日本は百済から「露盤博士」を迎えて本格的な寺院の造営に着手した。魯班=露盤です。研究室は保存修復スタジオと自称してますが、OBを含む別働隊「魯班営造学社(アトリエ・ド・ルパン)」を緩やかに組織しています。13は謎の数字、、、ぐふふ。

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