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『鳥取県の民家』を訪ねて(49)

1205 新聞№06 山陰合同銀行若桜支店 現状 ←現在の銀行支店


最後のまち 若桜町へ

 新聞No.06山陰合同銀行若桜支店 12月5日(続々)。ついに最後の調査地です。どんどん日が落ち、雨も本降りとなり気温も下がってきた中、若桜町へ向かいました。今回は民家でありません。若桜町若桜にある山陰合同銀行若桜支店です。
 この銀行は、豪商の面影が残る垢ぬけた町家風建物でした。写真をみるかぎり、明治40年(1907)建立の入母屋造平入桟瓦葺き近代和風建築です。元は若桜銀行として木島家が経営していた建物が銀行統合政策によって松江銀行に変わり、さらに山陰合同銀行若桜支店へと変わっていったのです。若桜は良質な杉材の産地であることから、銘木が数多く使われています。執筆者の木島氏も土蔵造りの中にスマートなセンスを感じ取っています。


1205 新聞№06 山陰合同銀行若桜支店 当時写真 
↑屋堂羅「若桜郷土文化の里」に移築された合銀若桜支店(2019年5月15日撮影)


 銀行の営業時間を過ぎていたためどうしようと考えていたところ、ちょうど中から出てきた従業員さんにお話を伺うことができました。詳しくは分からないとのことでした。現在は新しいビルに建て替えられていますが、解体後の建物は屋堂羅の「若桜郷土文化の里 たくみの館」に移築・公開されています。ネット情報によると、明治末に建設され、昭和56年(1981)まで合銀若桜支店として使用されていた土蔵造の建物を移築したもので、建物は若桜町の有形文化財に指定されています。 民家変容パターンは、A類(指定による民家の保全)のうちの「A-2 移築保存」に分類されます。

 
2019山陰合同銀行若桜支店001
↑「若桜郷土文化の里」に移築され、「たくみの館」として活用されている旧合銀支店。


1205 新聞№12 中尾家 現状


雁屋のまち、若桜
 
 新聞No.12中尾家住宅 山陰合同銀行若桜支店から少し歩くと、若桜町中町の中尾家に着きました。若桜は有名な「かりやの町」です。かりや(仮屋=雁屋)とは豪雪対策で町家の前に設けられる庇屋根、あるいはそうした雪よけ庇をもつ町家をさします。「まるでアーケードのよう」だと木島氏は述べています。戦前まで、かりやは多く残されていましたが、一軒閉じればまた一軒というふうに、今ではかなり数を減らしています。中尾家は土蔵造桟瓦葺き二階建の町家で、土間から上がる戸には高価な杉の一枚板戸を使っていたようです。間取りは表と奥の二段型で、その間に廊下を設ける新しい設計の明治建築とされています。


1205 新聞№12 中尾家 当時写真②
↑新聞掲載(1974) ↓現状(2019)
1205 新聞№12 中尾家 現状2


 実際に民家を見ることはできたのですが、ヒアリングはできませんでした。人が住んでいる様子でしたので、民家変容パターンはE類のうち「E-3 未指定・未登録のまま外観をほぼ維持し、本来の機能を継承」になります。

 この日の調査をもって麒麟特別研究の民家調査を終えました。5月15日、若桜の三百田家から始まり、奇遇にも、最終回に若桜に戻ってきました。じつ様々な民家の容態を見ていくうちに本当に多くのことを知り、学びました。人口減少と過疎問題の深刻さと後継者不足、そして伝統的な民家の継続は大きく生活スタイルの変わった現代において非常に難しいものであると理解しました。これを卒業論文にまとめます。また新しい気持ちでスタートしたいと思います。(八木部長)


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魯班13世

Author:魯班13世
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魯班(ルパン)は大工の神様や棟梁を表す中国語。魯搬とも書く。古代の日本は百済から「露盤博士」を迎えて本格的な寺院の造営に着手した。魯班=露盤です。研究室は保存修復スタジオと自称してますが、OBを含む別働隊「魯班営造学社(アトリエ・ド・ルパン)」を緩やかに組織しています。13は謎の数字、、、ぐふふ。

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