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『秋田県の近代化遺産』その後(2)

秋田県の近代化遺産(ファイルメーカー)I-01新屋農業倉庫 秋田公立美術工芸大学実習棟(新屋倉庫)


2.近代化遺産を通してみた秋田県の変動

 以上の調査で得た情報(2019)と報告書『秋田県の近代化遺産』(1992)の記載事項を包括的に整理したデータベースを作成し、考察の基礎情報とした。上はI-01旧国立新屋農業倉庫8棟のデータベースである。後述するように、秋田公立美術大学のキャンパスの一部(実習棟)として再活用されている。上記データベースの成果と先述の池田氏提供資料により、報告書刊行後の動向を分析する。なお、第3次調査対象物件の後につけた数字は2019年度調査の番号である。
 
近代化遺産の文化財指定 
 
 調査の始まった平成2年、I-18旧比立内発電所が北秋田市の指定文化財となり、その翌年(1991)、同市のI-18旧阿仁鉱山外国人官舎が国の重要文化財に指定された。これらを皮切にして報告書刊行後、調査中から報告書刊行後にかけて、秋田市のC-01藤倉水源地水道施設(1993指定)とI-41旧秋田銀行本店本館(39・同左・1994同)、鹿角郡小坂町のI-13旧小坂鉱山事務所(27)・康楽館(28・2002同)が国重要文化財となり、参考例として調査したにかほ市の「由利海岸波除石垣」(文化年間・略号無)が県指定から国指定の史跡に格上げされた(1997同)。また県指定としては、湯沢市のT-03菅生橋⑨(2003同)とにかほ市のI-02「上郷(小滝)の温水路群」⑰(2009同)が建造物として、小坂町の小坂鉱山資料2,059点(1997同)、旧止滝発電所1号発電機・旧小坂鉄道貴賓客車1両及び11号機関車1両(1999同)が歴史資料として県の指定を受けた。


菅生橋 皆瀬川に架かる菅生橋と、川面には村の鳥・オシドリのつがい
↑皆瀬川に架かる菅生橋(県指定文化財)は湯沢のシンボルであり、マンホール蓋にもデザインされている。


登録文化財の爆発的増加 

 阪神・淡路大震災の翌年にあたる平成8年(1996)になって、文化財保護法に登録有形文化財(建造物)の制度が導入された。近代化遺産という新しい概念の、身近な文化財をできるだけ多く保護するために構想されていた制度が動き出したのである。近代化遺産調査の先駆である秋田では、登録文化財が爆発的に増加した。報告書の第3次調査対象では、I-01国立新屋農業倉庫(36)、I-04合川営林署「天神荘」、I-11旧角館製糸工場⑩、I-26渡辺彦兵衛商店、I-29両関酒造、I-32石孫本店⑦、I-34長坂商店②の7件のみだが、登録の候補は第1次調査対象にまで及び、さらに2004年刊行の『秋田県の近代和風建築』の成果もあいまって、2018年11月現在、登録文化財の総数は220件に及ぶ。うち128件は近代化遺産・近代和風建築調査の成果である。 


近代化遺産web指定登録一覧

秋田県近代化遺産の国・県指定一覧(池田憲和氏作成資料を浄書)
注1 旧阿仁鉱山外国人官舎 明治15年(1882)北秋田市 県有文より重文に格上げ
   藤倉水源地水道施設 明治44年(1911)秋田市 県史跡より重文に格上げ
   旧秋田銀行本店本館 明治45年(1912)秋田市 県有文より重文に格上げ
   康楽館 明治43年(1910)秋田市 県有文より重文に格上げ
   旧小坂鉱山事務所 明治38年(1908)鹿角郡小坂町 町有文より重文に格上げ
注2 北鹿ハリストス正教会聖堂 明治25年(1892)大館市 未指定より県指定に
   旧雄勝郡会議事堂 明治24年(1891)湯沢市 未指定より県指定に
   菅生橋 昭和6年(1931)湯沢市 未指定より県指定に
   上郷の温水路群 昭和2年(1927)以降 にかほ市 未指定より県指定に
注3 「2019年度 秋田県の生涯学習・文化財保護」文化財保護Ⅲ資料 
   登録有形文化財参照
注4 小坂鉱山資料 鹿角郡小坂町
   旧止滝発電所一号発電機械一式 鹿角郡小坂町
   旧小坂鉄道貴賓客車一両及び11号機関車一両 鹿角郡小坂町
注5 由利海岸波除石垣 にかほ市 県史跡より国史跡に格上げ
注6 旧院内銀山跡 湯沢市  旧国史跡解除その後未指定より県指定史跡へ
    早房坑
   ※五番坑…御幸坑とも言われ明治14年(1881年)9月明治天皇が行幸される
    金山(俗称 山)神社



小坂鉄道レールパーク01 小坂鉄道レールパーク02パンフ


3.近代化遺産の活用と町並み整備

 鹿角郡小坂町は小坂鉱山に関係する重文建造物2件、県指定有形文化財(歴史資料)3件に加えて、登録有形文化財も6件誕生させており、近代化遺産の保全活用に最も熱心な自治体として全国的に知名度が高い。登録は指定ほど厳しい規制がなく、外観を維持すれば自由度のある改修・活用が奨励されている。たとえば旧小坂鉱山工作課原動室(2017登録)は明治百年通りに移築されて喫茶店に生まれ変わった。小坂鉄道レールパークも「旧小坂駅本屋及びプラットホーム」(2015登録)を活用整備したものである。小坂鉱山ほど広大な範囲に多様かつ体系的な遺構を残す近代化遺産は他に類例がない。群馬県の富岡製糸場(世界遺産登録2014)を凌ぐほどの価値があると調査時から思っていた。秋田県の文化財関係者は、縄文集落遺跡ばかりに惑わされず、小坂鉱山の文化財価値にいま一度注目していただきたい。
 同じ県北の能代市では料亭「金勇(かねゆう)」(1998登録)が修復され、本因坊戦などのイベントに利用されている。県央では、秋田市の旧国立新屋農業倉庫(2000登録)が秋田公立美術大学実習棟「アトリエももさだ」として再生され町の美観形成に貢献し、由利本荘市の旧鮎川小学校(2012登録)は「鳥海山 木のおもちゃ美術館」となって人気を博している。県南では町並み整備が進む。横手市増田町では重文民家が新規に2件指定され、旧市街地が国の重要伝統的建造物群保存地区に選定された(↓↓)。大仙市角間川町では大型の和風住宅3件と旧川湊・浜蔵を一体に保全する計画が進んでいる。醸造のまち、湯沢市では石孫本店(1998登録)と両関酒造(2004同)の活用整備が進んでいる。石孫の1号蔵は2011年4月の地震で倒壊したが、両酒造家ともに重文クラスの価値ある近代化遺産である(↓)。


両関酒造001 石孫本店001
↑両関酒造と石孫本店(湯沢市の登録文化財)


4.地域課題-近代化遺産の消滅・登録抹消

消滅・登録抹消の状況 

 登録文化財の増加に反発するように、近代化遺産の消滅も進み、登録解除は25件に及ぶ。報告書第3次調査対象では、すでに以下の17件が消滅した。産業(I)では、03十和田営林署、04合川営業署「天神荘」(1997登録)、05旧荷上場営林署、06五城目営林署、08北秋(30)、09旧能代中央木材工場(26)。12亀田製作所㉑、15花岡鉱山旧火力発電所、17発盛製錬所、22小滝発電所⑱、34長坂商店②(1998登録)、35田村鉄工、37秋田魁新報社本社(38)、38大石窯業横手工場⑥の14件、交通(T)では01由利橋、12船川港(一部消滅:旧倉庫・旧米倉)、15旧土崎湊御蔵の3件が消滅している。このうち登録後の抹消は合川営業署「天神荘」(能代)と長坂商店(横手)の2件であり、前者は米代川大洪水、後者は現状変更(建替)を抹消の原因とする。


横手市増田伝統的建造物群保存地区02 横手市増田伝統的建造物群保存地区01パンフ


行政改革・市町村合併の後遺症

 登録文化財の解除・抹消の原因は自然災害や過疎だけにあるわけではないようだ。2000年に県教委の文化課が生涯学習課の文化財保護室に格下げされ、2004年以降の市町村合併によって69市町村が25市町村に激減した。県中央だけでなく、そのサテライトというべき市町村においても文化財を担当する係官の数は著しく少なくなったのである。過疎による建造物の空家化や撤去が進行している状況下にあって、行政サービスの低下は致命的である。2018年の文化財保護法改正では、国から自治体首長へ大きく権限が委譲され、鳥取県では文化財課が教育委員会から知事部局の傘下に編入された。功罪両面が指摘されてはいるものの、行政全体からみれば、文化財が脇役から主役級に躍り出たという見方も不可能ではない。また、埋蔵文化財調査の縮小に伴い、県の文化財主事が市町村の文化財専門官に出向する動きもみられる。こうした機構改革・組織的異動が秋田県にも求められるであろう。
 さて、いま鳥取県を引き合いに出した。じつは『秋田県の近代化遺産』追跡調査は、昭和49(1974)年に刊行された報告書『鳥取県の民家』の追跡調査から派生したものである。今年度、ゼミをあげて『鳥取県の民家』第3次調査対象38件を再訪し、刊行後45年のドラスティックな変化を捉えようとした。私たちがそこで見たものは「指定解除(4件)」という現実であった。全県に吹きすさぶ過疎の嵐は一般民家を飛びこえて自治体指定の民家にまで及んでいたのである。その背景として、後継者不在(空家・空地化)、地震・豪雪の被災、財政難、アメニティ(住み心地の良さ)の欠如を関係者は嘆く。
 民家は「終活」の時代を迎えている。移住定住の器として空家となった古民家を提供すればいい、という楽観的な見通しはすでに過去のものとなりつつある。移住定住の安定を図りたいのなら、むしろマンションや新築家屋に住んでもらうほうが効果的だと多くの人が気づき始めている。こうした深刻な過疎の状況を踏まえるならば、新規の指定・登録には慎重にならざるをえない。むしろ、指定・登録済の建造物の維持保全に全力を尽くすべきであり、その他の民家等については、「いかに(安寧に)終わらせるか」を真剣に考えるべき時代になっている。状況に即して、持続的発展の不可能性を悟るべきときも必要だろう。
 近代化遺産も似たような状況に置かれている。秋田県の近代を支えた林業や鉱業の施設が徐々に消滅し、登録解除も少なくない。しかし、鳥取県の側からみれば、小坂鉄道レールパークや秋田公立美術大学などの活用例は理想的である。秋田県が近代化遺産調査の魁としてこれまでの実績を向上させ、過疎地に活力を与え続けることを祈ってやまない。


市町村合併前 秋田県の近代化遺産(池田資料)_01 市町村合併後 秋田県の近代化遺産(池田資料)_02
↑市町村合併前(左)と合併後(右)の行政区割図

参考文献
秋田県統計協会(1991)『秋田県勢要覧-平成3年版-』
秋田県教育委員会(1991)『秋田県近代化遺産一覧』
秋田県教育委員会(1992)『秋田県の近代化遺産』
秋田県教育委員会(2004)『秋田県の近代和風建築』
秋田県(2005)『秋田県における市町村合併の記録』
秋田県教育委員会(2009)『秋田県の生涯学習・文化財保護』
秋田県(2019)『秋田県勢要覧』
秋田県教育委員会(2019)『秋田県の生涯学習・文化財保護』
文部科学省(2019)『平成30年度 文部科学白書』
池田憲和(1996)「湊御蔵の保存運動-秋田市土崎港の場合-」
        (浅川編『橋津の藩倉』奈良国立文化財研究所)
池田憲和(2020a)「平成10年代の市町村合併」私家版
池田憲和(2020b)「近代化遺産指定一覧」私家版

謝辞 
本連載を成し得たのは、1991~92年の秋田県近代化遺産調査の事務局兼調査員を務めた池田憲和さん(前秋田県教委文化課)の精巧かつ多量の資料提供によるものです。末文ながら記して感謝の気持ちを表します。ありがとうございました。


《連載情報》『秋田県の近代化遺産』その後
(1)http://asaxlablog.blog.fc2.com/blog-entry-2178.html
(2)http://asaxlablog.blog.fc2.com/blog-entry-2179.html

《附記》 秋田県の近代化遺産調査(1990-91)は、わたしが35歳ころに取り組んだ日本で最初の近代化遺産調査であり、全研究人生のなかでも突出して印象深いものです。ひょっとしたら、奈文研在籍14年のなかで最も楽しく取り組むことのできた調査かもしれません。秋田には知人も多く、私どものブログをみた1名の方が新聞社にその記事を紹介したところ、瞬時に執筆依頼が届き、大きな特集にしていただきました。文化面の2/3を占める例外的な扱いであります。ご笑覧いただければ幸いです。
 
近代化遺産 最終 浅川「近代化遺産は元気かい-県調査から30年、『その後』をみる-」『秋田魁新報』2020年3月9日(8面)

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魯班13世

Author:魯班13世
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魯班(ルパン)は大工の神様や棟梁を表す中国語。魯搬とも書く。古代の日本は百済から「露盤博士」を迎えて本格的な寺院の造営に着手した。魯班=露盤です。研究室は保存修復スタジオと自称してますが、OBを含む別働隊「魯班営造学社(アトリエ・ド・ルパン)」を緩やかに組織しています。13は謎の数字、、、ぐふふ。

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