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(卒論)ブータン仏教の調伏と護法尊に関する基礎的研究

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 2/12(水)に卒論ポスター発表会が行われました。その際の発表内容を概要とともにご報告させていただきます。卒業論文執筆に際し、図面や写真を先輩方にご協力いただいたこと、また内容の向上にむけて教授にご指導いただいたり、叱咤激励していただいたことをこの場をお借りして御礼申し上げます。(バレー)


ブータン仏教の調伏と護法尊に関する基礎的研究 -白/黒の対立と融合-
Basic study on purification and reproduction of the negative spirits by the Bhutanese Buddhism
-Confrontation and unification between black and white -
                                      TANI Manaka


ヒマラヤの魔女

 ヒマラヤ山脈周辺を「魔女」が支配している。7世紀にチベット最初の王朝「吐蕃」を建国したソンツェンガンポ王はネパールから妃を迎えて仏教に帰依した。その後、大地に貼りつく「魔女」を浄化するためチベット・ブータン・ネパールに12の仏寺を造営したと伝承される。ここにいう「魔女」とは何か。仏教伝道以前から深く根付いていたボン教には多くの神霊が存在し、とくに一部の雪山は「女神」として崇められている。仏教の側からみれば、土着のボン教は邪教であり、その神霊・女神は「悪霊」「魔女」として厄災の原因と認知された。仏教の修法(おもに瞑想)によってこれらを調伏し、仏教側の護法尊(守護神)に変換していったのである。


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護法尊の諸相

 英語のdeityは「神」と訳されるが、godとは意味が異なる。godが創造主たる「神」であるのに対して、deityは何がしらの「神格」あるいは「神性」を意味する。仏教の場合、古代インドのバラモン教(あるいはそれ以前)の武勇神を調伏して釈迦あるいは仏寺を守護する四天王、仁王、帝釈天などの護法尊とした。これらがdeityである。大半は忿怒の形相をしており、門前で邪神や外敵の侵入を防ぐ。
 一方、guardian deity(守護神)はボン教系の「魔女」「悪霊」を瞑想によって調伏し、仏教側の護法尊として再生するが、それは「土地の守護神」であることを継続する。土着の神霊を否定するのではなく、仏教側に取り込む方法で地域支配を成し遂げてきたわけであり、宗教的な植民地支配の手法だと言えるかもしれない。ヒアリングをくりかえすなかで、deityとguardian deityは明確に区別されていることを知った。

仏教と土着信仰の習合

 ASALABは2012年以来、8年連続でブータン調査を実施している。2017年度までの調査では、主に崖寺と瞑想洞穴に注目をしてきたが、この2年間(2018-19)はとくに「調伏と護法尊」の問題に関心を集中させている。調査が進むにつれ、ブータン仏教を理解するためには、ボン教や民間信仰と仏教(後期密教)との習合状況をあきらかにする必要があるという思いを強く感じるようになり、本稿も、そうした視点から民家仏間の調査や高僧からのヒアリングをおこなった成果である。


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瘋狂聖クンレーとファルス信仰  

 中世の怪僧ドゥクパ・クンレーはチベット・ブータン地域の谷筋を訪ね歩き、巨大な金剛(ファルスの比喩)によって谷奥に潜む魔女を次々と調伏していったと伝承される。品行方正な一般僧侶のアプローチとは真反対の「瘋狂の知恵(crazy wisdom)」を駆使した振る舞いにより、ブータンでは大衆の人気を集めていった。プナカのチメラカン寺では、本堂仏壇の中心に仏教の尊格像が居並ぶが、仏壇手前右隅に護法尊アムチョキムの立像を配している。アムチョキムこそクンレーが金剛で骨抜きにした「魔女」であり、流域の守護神として崇められている。その姿はブータンの一般女性と変わるところがない。周辺民家の壁に魔除けとして大きなファルスを描き、軒先にファルスの木彫を吊すゆえんである。
 同じプナカの別の谷筋にあるナギリンチェン崖寺では仏壇と離れた洞穴の奥にギュンダップとツォメンの像を祀っていた。いずれも元はボン教系の神霊であり、今は前者が土地の守護神、後者が水の神として崇拝の対象になっている。プナカ城の中には地下の大魔王ルモが小型ストゥーパ形の覆屋ルゥに封じ込められている。連子窓の向こうの奥壁に魔王ルモの姿絵を貼りつける。年に一度の大祭のときだけ、大きなルモの偶像が出現する。それは竹編みのフレームに紙を貼って絵を描いたものであり、普段は張りぼてのフレームを城の奥部屋に隠しておく。


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歓喜仏の壁画

 ブータンの民家仏間は仏寺本堂の圧縮のようにして釈迦、グルリンポチェ、阿弥陀、文殊など多様な尊格を中央に祀るだけでなく、護法尊・忿怒尊を偶像・壁画・タンカ(掛軸仏画)に表現する。2年間の調査で6軒の民家仏間を調査したが、ここではパロ地区シャリ村のツェリン家の状況を報告する。
 ツェリン家では3階の居室部分に居間と仏間があり、版築壁で囲まれた仏間を核として左右正面に仏間前室を伴う。仏間には内陣柱が2本独立して立ち、祭壇壁面は版築壁を穿って仏龕を2孔設け、中央の大きな仏龕に釈迦(Sangay)を1体、向かって右隣の小さな仏龕には千寿観音(Cheringji)を2体祀る。厚さ80㎝の仏間版築壁には、内外両面にびっしり仏画を描いており、これまで見てきた民家仏間のなかでひときわ仏堂に近い古風な姿を残している。
 仏壇に向かって左側の壁には歓喜仏(ヤブユム)を何組も描く。歓喜仏はチベット仏教に特有な尊格で、男女2体が座位で性交している様を表現している。歓喜仏には穏やかな顔をしたものと激しい忿怒の形相(忿怒相)をしたものの両方がある。ツェリン家の場合は後者であり、男女とも鬼のように怖い顔をしている。第7次調査(2018)のガイド、ウタム氏によると、仏界でなされる性的行為は悟りの境地を表現しており、歓喜仏はそれを図像化したものであるが、あくまでイメージであり、実際に僧侶や尼僧がそのような行為に及ぶことはないという。また、鬼のような形相をしている歓喜仏はやはり元は「悪霊」であり、調伏されて歓喜仏に変わったとも聞いた。しかし第8次調査(2019)のガイドのウゲン氏は、ウタム氏の説を強く否定した。歓喜仏は仏格の変化の一種であり、決して異教の神ではないという。


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ガンテ仏教大学長との対話  

 ブータンでは白が「善」、黒が「悪」の象徴となる色彩と認識されており、密教修行の根幹である瞑想においては、白い壁の洞穴で悟りに至る瞑想を長期実践し、黒い壁の洞穴で悪霊浄化の瞑想をする。これまでの経験に照らすならば、黒壁の瞑想洞穴は白壁以上に多いと感じている。昨年(2019)、ポプジカのガンテ寺仏教大学長と対話する機会があり、この問題を訊ねたところ、学長はむしろ白(善)と黒(悪)の表裏一体性を強調された。一人の人間の中にも白(善)と黒(悪)が同居しており、状況に即して浄化の方法が変わるというのである。いわゆる忿怒相の守護神や歓喜仏などはその悪なる(黒い)部分が浄化されたものと考えてよい。とすれば、歓喜仏をボン教神霊の調伏とみるのは間違いであろう。


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ボン教寺院を訪ねて

  ポプジカにはブータン唯一のボン教寺院とされるクブン寺が存在する。実際にはニンマ派(古派)仏教と習合しており、本堂中心部に仏教の尊格を祀りつつ、両脇部屋にボン教の秘仏を隠し祀っている。髑髏をモチーフとする黒い不気味な部屋であった。寺伝によれば、開山は7世紀というが、ニンマ派とボン教の習合といえばたしかに古い時代まで遡るであろうし、実際、現境内の前側に古い石積壁の仏堂遺跡が残っており、その年代が気になるところである。クブン寺は鄙びた山寺だが、ブータン政府から保護の対象として補助を受けており、それだけ重要な宗教遺産ということなのだろう。
 ガンテ大学長のお話は自信に満ちたものであったが、ボン教に対するコンプレクスが滲んでいたようにも感じられた。校長曰く、ボンカル(白ボン)は仏教と同じくらい古い起源を有し、今も信仰されている上、仏教と似た要素がある。しかし、ボンナグ(黒ボン)は古くて自然崇拝的な要素が強く、仏教とは異なる面が多いという。つまり黒ボンの発祥は仏教より早いと推定される。こうした歴史的前後関係に引け目を感じないためにも、ボン教の神霊を調伏し、仏教側に取り込む必要があったのではないだろうか。


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《参考サイト》
風の谷 ポプジカ紀行-第8次ブータン調査
(1)http://asaxlablog.blog.fc2.com/blog-entry-2094.html
(2)http://asaxlablog.blog.fc2.com/blog-entry-2108.html
(3)http://asaxlablog.blog.fc2.com/blog-entry-2115.html
(4)http://asaxlablog.blog.fc2.com/blog-entry-2095.html
(5)http://asaxlablog.blog.fc2.com/blog-entry-2109.html
(6)http://asaxlablog.blog.fc2.com/blog-entry-2099.html
(7)http://asaxlablog.blog.fc2.com/blog-entry-2118.html
(8)http://asaxlablog.blog.fc2.com/blog-entry-2100.html

風に吹かれて-第7次ブータン調査
(1)http://asaxlablog.blog.fc2.com/blog-entry-1883.html
(2)http://asaxlablog.blog.fc2.com/blog-entry-1888.html
(3)http://asaxlablog.blog.fc2.com/blog-entry-1881.html
(4)http://asaxlablog.blog.fc2.com/blog-entry-1886.html
(5)http://asaxlablog.blog.fc2.com/blog-entry-1892.html
(6)http://asaxlablog.blog.fc2.com/blog-entry-1891.html
(7)http://asaxlablog.blog.fc2.com/blog-entry-1895.html
(8)http://asaxlablog.blog.fc2.com/blog-entry-1900.html
(9)http://asaxlablog.blog.fc2.com/blog-entry-1896.html
(10)http://asaxlablog.blog.fc2.com/blog-entry-1899.html
(11)http://asaxlablog.blog.fc2.com/blog-entry-1893.html

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魯班(ルパン)は大工の神様や棟梁を表す中国語。魯搬とも書く。古代の日本は百済から「露盤博士」を迎えて本格的な寺院の造営に着手した。魯班=露盤です。研究室は保存修復スタジオと自称してますが、OBを含む別働隊「魯班営造学社(アトリエ・ド・ルパン)」を緩やかに組織しています。13は謎の数字、、、ぐふふ。

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