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(卒論)『鳥取県の民家』を訪ねて-古民家「終活」の時代-

野口ポスター01


『鳥取県の民家』(昭和49年刊)を訪ねて -古民家「終活」の時代-
Re-visit "Traditional private houses in Tottori prefecture" published in 1974
-Toward the times to finish the private houses in the intensive depopulated areas
                               NOGUCHI Sayaka


研究の背景-『鳥取県の民家』再訪

 昭和40~50年代の高度経済成長に伴う国民生活の劇的な変化によって伝統的な民家は著しく数を減らしていった。この状況に危機感を覚えた文化庁は全都道府県で民家の緊急調査を実施し、鳥取県でも昭和47~48年度に調査がおこなわれた。その成果報告書が『鳥取県の民家-鳥取県民家緊急調査-』(以下「報告書1974」と略称)である。報告書1974刊行後45年が経過し、さらなる近代化と過疎の進行によって国土の景観は大きく変化してきている。こうした時代の流れのなかで、報告書1974第3次調査対象民家の現状と変容を探り、鳥取県がどのような方向にむかおうとしているのかを見通そうと考えた。本稿はゼミ全体の研究成果であるが、筆者は麒麟特別研究費助成研究との係わりから、麒麟地域(因幡・但馬)を主な対象として考察した。


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報告書1974-『鳥取県の民家』

 鳥取県緊急民家調査は昭和47年度に第1次調査として市町村教委担当者が民家108件を選び出し、その中から80件を絞り込んで県建築士事務所協会が第2次調査をおこなった。翌48年度は指定の候補となる39件を選定し、民家建築史の大家、白木小三郎教授(大阪市立大学)を主任調査員に迎え、第3次調査をおこなった。同年度末刊行の報告書1974はおもに第3次調査の成果をまとめたものである。

新聞連載「失われゆく古民家」

 昭和47~48年には、日本海新聞に「失われゆく古民家」と題する連載が50回続いた。執筆者は県立博物館の木島幹世氏である。報告書1974掲載民家と重複する例も少なくないが、木島氏は建築の専門家ではなく、民家集落の歴史や住まい方を中心に叙述しており、報告書1974と相互補完的な内容として評価できる。2014年には幹世氏のご子息、木島史雄氏が連載を集成し単行本『失われゆく古民家』として上梓されている。

『兵庫の民家』二種

 麒麟地区に含まれる但馬(兵庫県北部)については、2冊の関係図書を取り寄せた。1冊は兵庫県教委(1969)『兵庫の民家-播摩地区調査概報-』、もう1冊は広瀬安美(1974)『兵庫の民家』である。前者は報告書1974と同じ文化庁緊急調査の成果であるが、内容は播磨地域に限定され、但馬の民家を含まない。後者は画家である著者のイラストをふんだんに織り交ぜた随想集であり、今和次郎の名著『日本の民家』(1922)を思わせる。後者は但馬の民家も含み、刊行年も報告書1974と一致するので調査対象に含めることとした。


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古民家再訪調査と現状分析

 2019年度前期前半に報告書1974と新聞連載のデジタルデータ化に着手し、そのアーカイヴを踏まえつつ現地調査に移行していった。結果として、報告書1974掲載民家39件に加え、新聞連載東部地区(重複分除く)14件、『兵庫の民家』掲載但馬民家3件を調査した(計57件)。なお、民家に番付をしている。たとえば「№027⑦福田家」とある場合、№027は報告書第1次調査番号、⑦は第3次調査番号を表す。また、「新聞No.25中島家」は連載第25回の民家を示す。調査ではヒアリングに加え、GPSデジカメでの外観撮影と座標計測、ドローンでの空撮に取り組み、その成果を報告書情報と包括したデータベースを作成した。

古民家変容のパターン

 こうした情報収集により、民家の変容パターンを以下のように分類した。在方農家はA類~D類、町方町家・武家はD類~F類(D類は共通)に分けられる。

 A類:指定による民家の保全(17件)
    A-1 現地保存 A-2 移築保存 A-3 指定解除
 B類:未指定だが茅葺き屋根を維持(5件)
    B-1 茅葺き露出 B-2 茅葺き鉄板被覆   
 C類:未指定のまま平屋建茅葺きから中二階和風への改修(4件)
 D類:未指定のまま撤去(17件)
    D-1 撤去後空地 D-2 撤去後別の建物を新築
 E類:町家等の保全修景による維持保全(13件)
    E-1指定・登録による現地保存
    E-2 未指定・未登録のまま外観をほぼ維持し、本来の機能を継承
    E-3 未指定・未登録のまま外観をほぼ維持しているが、無住状態(空き家)
 F類:未指定のまま建物を改修(1件)
 その他:所在不明・判別不能など(1件)


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文化財民家の公開・活用にむけて

 2019年度前期に県東部の調査を終え、No.016③ 矢部家(重文)、No.027⑦ 福田家(重文)、No.011② 木下家(県指定)、No.030⑩ 奥田家(県指定)の4件の指定文化財民家(A-1類)が公開・活用されていないことを知った。これまでASALABが重文指定に貢献した№038⑭尾崎家(湯梨浜)やNo.045⑲河本家(琴浦)等では春・秋の公開が定期化しており、県民の認知度が高い。これに対して、東部や西部の指定民家は県民の認知度が高いとは言えない。新聞No.22吉村家、No.11岩田家(いずれも鳥取市)等の登録有形文化財も非公開であり、東部では『鳥取県の近代化遺産』(1998)掲載の石谷家住宅(智頭・重文)だけがひとり気を吐いている状態である。公開・活用を実現するためには河本家や尾埼家のように保存会の立ち上げが急務だが、民家それぞれに独自の保存会を組織化するのは容易ではない。そこで、複数の指定・登録民家を一括してカバーする「指定・登録文化財民家保存ネットワーク」の構築を提案したい。幸い鳥取県にはヘリテージ・マネージャーの制度が確立している。これを活用できないものであろうか。


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指定解除の衝撃

 一度指定を受けながら解除したパターン(A-3)は、№106㊳生田家(伯耆・1991県指定解除)、№097㉟内藤家(日野・2001県指定解除)、№081㉛車家(江府町・2002町指定解除)、№040⑯小椋家(三朝・2016町指定解除)の4件を確認した。指定解除に至る要因は、1)過疎と後継者不在、2)地震・豪雪等の被災、3)財政難、4)アメニティ(住み心地の良さ)の欠如であると聞いた。1) 2)はやむをえない要因とも言えるが、3)は登録有形文化財にも直結する問題である。補助金(税金)を投入しない表彰制度だということで、すでに全国で12,000件以上の建造物が登録されているが、登録解除も数百件に達している。維持修理のための費用がなく、後継者も不在となれば、今後もさらに登録解除が進行していくことだろう。登録文化財・自治体指定文化財に対して補助のあり方を再考する必要があるし、4)については、とくに指定物件の住み心地を改善するための現状変更の規制緩和を検討する必要があるだろう。


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古民家「終活」の時代

 過疎の嵐が吹き荒れる山陰地方では、農山漁村か市街地かを問わず、歴史的建造物の無住化や撤去・建替えが急激に進んでいる。その波が指定文化財にまで及んでいるという現実に向き合わなければならない。少々ネガティブな意識改革ではあるけれども、文化財関係者はすでに指定・登録された建造物の保護に尽力すべきであって、新規の建造物指定・登録には慎重にならざるをえないのではないか。
 民家は「終活」の時代を迎えている。指定解除になった№097㊱内藤家を視察すべく、日野町板井原の内井谷を訪れた際、廃村に残る2件の茅葺き鉄板被覆民家をみて、どちらが県指定だったのかと観察していたところ、地元の方が通りかかり、県指定民家のあった場所は空き地だと教えられた。県西部地震(2000)以前から劣化が目立ち、被災が倒壊の決め手になったという。こうして更地になった民家はむしろ幸福なのかもしれない。空き家と化した民家は撤去のために多額の費用を要するからである。
 内井谷のような集落は氷山の一角にすぎない。それは、終焉に向かう集住地のモデルであり、鳥取県全体の行く末を暗示している。限界集落から廃村にむかう民家群をどのように終わらせるべきなのだろうか。こうした観点からみれば、古民家の今後は空き家問題と直結する。空き家対策の専門家にお話をうかがったところ、撤去の補助も移住定住のための改修補助も薄っぺらなものでしかない。「古民家リフォームブームも今は昔」という言葉が印象に残った。民家集落の安寧な終わらせ方を考察することは、鳥取県にとどまらず、過疎の止まらない日本の地方全体をどこに導くべきか、そうした問いかけの基盤となるものであろうと予想している。


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《参考文献》
鳥取県教育委員会(1974)『鳥取県の民家-鳥取県民家緊急調査-』
木島史雄(2014)『失われゆく古民家』あるむ出版社
広瀬安美(1974)『兵庫県の民家』コーベブックス
兵庫県教育委員会(1969)『兵庫の民家-播摩地区調査概報-』

《謝辞》  『鳥取県の民家を訪ねて』は2019年度ASALABの中心プロジェクトの一つです。三年生、四年生、ザキオさん、会長、もちろん教授に支えられ、卒論としてまとめることができました。私はときたら、分からない部分をヨタヨタと三年生に聞きに行く情けない先輩でした。2017年度に取り組んだ『民家のみかた 調べかた』輪読会で身に着けた古民家の知識は、各民家調査のヒアリングでしっかりと生きていました。卒論として改めて書き起こすと、一年間でこんなに歩いたのだなと実感しました。お話をお伺いした民家の記録は全部、覚えています。いつか調査に協力していただいた家の方々、文化財関係者の皆様にお返しができたらと思います。一年間お世話になりました。(八木部長)


【連載情報】
(01)http://asaxlablog.blog.fc2.com/blog-entry-2042.html
(02)http://asaxlablog.blog.fc2.com/blog-entry-2044.html
   №016④三百田家(若桜吉川・県指定)  №012③矢部家(八頭用呂・国重文)
(03)http://asaxlablog.blog.fc2.com/blog-entry-2046.html
(04)http://asaxlablog.blog.fc2.com/blog-entry-2050.html
(05)http://asaxlablog.blog.fc2.com/blog-entry-2051.html
(06)http://asaxlablog.blog.fc2.com/blog-entry-2052.html
(07)http://asaxlablog.blog.fc2.com/blog-entry-2053.html
(08)http://asaxlablog.blog.fc2.com/blog-entry-2054.html
(09)http://asaxlablog.blog.fc2.com/blog-entry-2055.html
   №027⑦福田家(紙子谷・国重文)  №025⑥西尾家(八頭万代寺)
(10)http://asaxlablog.blog.fc2.com/blog-entry-2056.html
   №021⑤谷上家(佐治余戸)
(11)http://asaxlablog.blog.fc2.com/blog-entry-2059.html
   No.011②木下家(布袋・県指定)  No.006①米山家(岩美外邑)
(12)http://asaxlablog.blog.fc2.com/blog-entry-2060.html
   №023⑧西尾家(赤子田)  №030⑩奥田家(猪子・県指定)
(13)http://asaxlablog.blog.fc2.com/blog-entry-2061.html
   №029⑨松本家(江津)
(14)http://asaxlablog.blog.fc2.com/blog-entry-2069.html
   №040⑯小椋家(木地山)
(15)http://asaxlablog.blog.fc2.com/blog-entry-2070.html
   №029⑨松本家(江津)2回目
(16)http://asaxlablog.blog.fc2.com/blog-entry-2071.html
(17)http://asaxlablog.blog.fc2.com/blog-entry-2075.html
(18)http://asaxlablog.blog.fc2.com/blog-entry-2076.html
(19)http://asaxlablog.blog.fc2.com/blog-entry-2077.html
(20)http://asaxlablog.blog.fc2.com/blog-entry-2078.html
(21)http://asaxlablog.blog.fc2.com/blog-entry-2079.html
(22)http://asaxlablog.blog.fc2.com/blog-entry-2080.html
(23)http://asaxlablog.blog.fc2.com/blog-entry-2081.html
   №023⑧西尾家(赤子田)2回目
(24)http://asaxlablog.blog.fc2.com/blog-entry-2082.html
   №086㉝福田家(日南上萩山)  №082㉜長谷家(日南萩山)  №088㉞石川家(日南笠木)
(25)http://asaxlablog.blog.fc2.com/blog-entry-2083.html
   No.104㊲乃木家(日野黒坂)  №103㊱細木家(日野黒坂)  №097㊱内藤家(日野板井原)
(26)http://asaxlablog.blog.fc2.com/blog-entry-2084.html
(27)http://asaxlablog.blog.fc2.com/blog-entry-2085.html
(28)http://asaxlablog.blog.fc2.com/blog-entry-2086.html
   №.051㉑小木家(東伯赤碕)  №052㉒門脇家(東伯赤碕)
(29)http://asaxlablog.blog.fc2.com/blog-entry-2087.html
(30)http://asaxlablog.blog.fc2.com/blog-entry-2088.html
   No.044⑱牧野家(関金町郡家)  No.041⑰鳥飼家(関金町大鳥居・県)
(31)http://asaxlablog.blog.fc2.com/blog-entry-2089.html
   No.033⑫前家家(青谷奥崎)  №031⑪小谷家(鹿野町鹿野)
(32)http://asaxlablog.blog.fc2.com/blog-entry-2102.html
   No.076㉚下原家(江府町俣野)  No.081㉛車家(江府町貝田)
(33)http://asaxlablog.blog.fc2.com/blog-entry-2105.html
   No.106㊳生田家(伯耆町三部)  No.107㊴足羽家(伯耆町二部)
(34)http://asaxlablog.blog.fc2.com/blog-entry-2106.html
   No.071㉗森田家(淀江町西尾)  No.070㉖田山家(淀江町淀江)
(35)http://asaxlablog.blog.fc2.com/blog-entry-2096.html
   No.039⑮原田家(湯梨浜方面)  No.037⑫正木家(湯梨浜橋津)
(36)http://asaxlablog.blog.fc2.com/blog-entry-2097.html
   新聞No.25中島家(岩美大谷)  新聞No.10福田家(鳥取市国安)
(37)http://asaxlablog.blog.fc2.com/blog-entry-2098.html
   新聞No.22吉村家(鳥取市立川)  新聞No.11岩田家(鳥取市立川)
(38)http://asaxlablog.blog.fc2.com/blog-entry-2116.html
   新聞No.20岡本家(国府町木原)  新聞No.18 山本家(国府町神護)
(39)http://asaxlablog.blog.fc2.com/blog-entry-2117.html
   新聞No.16奥本家(用瀬町)  新聞No.17徳永家(用瀬町)
(40)http://asaxlablog.blog.fc2.com/blog-entry-2122.html
   No.045⑲河本家(琴浦町箆津)  No.046⑳河本家(琴浦町箆津) 
(41)http://asaxlablog.blog.fc2.com/blog-entry-2127.html
   №074㉙門脇家(大山町所子)
(42)http://asaxlablog.blog.fc2.com/blog-entry-2128.html
   №072㉘山本家(大山町長田) №062㉕吉持家(南部町田住)
(43)http://asaxlablog.blog.fc2.com/blog-entry-2129.html
   №038⑭尾崎家(湯梨浜町宇野)
(44)http://asaxlablog.blog.fc2.com/blog-entry-2130.html
   №060㉔高田家(米子市福万) №058㉓後藤家(米子市内町)
(45)http://asaxlablog.blog.fc2.com/blog-entry-2138.html
   旧森家住宅-浜坂先人記念館 以命亭(新温泉町浜坂)
(46)http://asaxlablog.blog.fc2.com/blog-entry-2133.html
   新温泉町民家調査(新温泉町浜坂)
(47)http://asaxlablog.blog.fc2.com/blog-entry-2144.html
   新聞No.15小島家(八頭町石田百井) 新聞No.22今嶋家(八頭町西御門)
(48)http://asaxlablog.blog.fc2.com/blog-entry-2145.html
   新聞No.21保木本家(八頭町小別府) 新聞No.07大村家(八頭町富枝)
(49)http://asaxlablog.blog.fc2.com/blog-entry-2147.html
   新聞No.06山陰合同銀行若桜支店(若桜町若桜) 新聞No.12中尾家(若桜町中町)

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魯班(ルパン)は大工の神様や棟梁を表す中国語。魯搬とも書く。古代の日本は百済から「露盤博士」を迎えて本格的な寺院の造営に着手した。魯班=露盤です。研究室は保存修復スタジオと自称してますが、OBを含む別働隊「魯班営造学社(アトリエ・ド・ルパン)」を緩やかに組織しています。13は謎の数字、、、ぐふふ。

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