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再訪ー蘇州古典園林(5)

1111-3蒼浪亭02門前02 1111-3蒼浪亭00証明


滄浪亭

 滄浪亭、獅子林、拙政園、留園は蘇州の四大園林と言われる。ならば、みな国の重点文物保護単位でよかろうに、第1次評定(1997)から第2次評定(2000)に至るまで、前二者は省級、後二者は国家級に差別化されていた。評定前にすべてを国家級にしておくほうが中国には有利に働いたであろうに。そもそも拙政園と留園が偉大すぎる。そのため、第2次評定の五園は見劣りしてしまうのだが、反面、網師園と環秀山荘が国家級ならば滄浪亭と獅子林も同格としてよかったはずだ。あるいは、滄浪亭と獅子林が前二者に優るという見方も可能だったと思われる。


1111-3蒼浪亭01 1111-3蒼浪亭02門前01


 ところが、少々やっかいなことに、蘇州の四大園林は規模や芸術性だけに拘った評価ではなく、滄浪亭、獅子林、拙政園、留園はそれぞれ宋、元、明、清の代表作という位置づけがなされている。そうした時代=王朝の傑作だとしても、省級と国家級の混乱はなお解消しない。とりわけ滄浪亭はわたしのお気に入りなのだが、国家級に格上げされたのは第2次評定の6年後(2006)まで遅れるというから驚きを禁じえない。いったい何の理由で、この名園は長い不遇の時期をかこってしまったのか。


1111-3蒼浪亭03池03 1111-3蒼浪亭03池02


 滄浪亭の歴史は五代十国の晩期(宋初)にまでさかのぼる。呉越王・钱俶の妻の弟にあたる孫承佑が北宋二年(969)、中呉軍節度使に任命され、ここに別荘を造営した (広陵王・銭元璙の池館という説もある)。その後、北宋の慶暦4年(1044)に詩人の蘇舜欽が呉の地に魅了され、敷地を四万銭で買って造園し住み着く。池の畔に亭(あずまや)を築き、「滄浪亭」と命名した。「滄浪」なる語は屈源の楚辞に因む。蘇舜欽の没後、所有者は入れ替わり、花園を拡大し堂宇を増やしていった。南宋紹興年間には韓蕲王・世忠の所有するところとなり、「韓園」と改名される。「平江図」にも韓園の記載がある。元代になると、近接する南禅寺の別院となり、僧宗敬が滄浪亭の跡地に「妙隠庵」を営んだ。さらに恵宗の至正年間(1341-68)には、僧善慶が妙隠庵の東側に大雲庵(結草庵)を建立し、別院は「南禅集雲院」と呼ばれるようになった。


1111-3蒼浪亭04漏窓01 1111-3蒼浪亭00回廊01



1111-3蒼浪亭03借景01 借景に白いアパート


 明の洪武24年(1391)、詔により宝曇和尚がここに寓居し南禅集雲寺に変わる。成化12年(1476)、大火に見舞われ、堂宇を失うも復興はままならず、10年後にようやく大雄宝殿が創建された。嘉靖13年(1534)、郡守・胡纉宗は妙隠庵を韓蕲王祠に改め、嘉靖25年(1546)、僧文瑛が滄浪亭を復興した。清代には何度も拡張・増築・修理を重ね、今に至る。
https://baike.baidu.com/item/%E6%B2%A7%E6%B5%AA%E4%BA%AD/215979


1111-3蒼浪亭05竹林01 竹林


 水郷と園林の一体感という点において滄浪亭に優る庭園はない。門前を流れる幅広の運河は広大な園池のようでもある。園林と水路を隔てる回廊・築山の風情は園外にありながら園林の一部であり、対岸から運河越しに望む築山上の滄浪亭(あずまや)は目立たぬ主役になっている。逆に園林側から運河に突き出す水榭「面水軒」からの風景もなかなか見事である。門前では釣人が長閑な時間を過ごしてし、水榭とその周辺にはアマチュア画伯が溢れんばかりに陣取り筆を走らせている。


1111-3蒼浪亭06スケッチ03 1111-3蒼浪亭02門前03釣魚


 園外から望めば無限のひろがりを感じる滄浪亭の園池は、じつは2,770㎡と小ぶりである。かつてはこの6倍の面積があったのだという。黄石の築山からへこんだくぼ地に小池があり、その南側に明道堂などの堂宇を集中させる。曲がりくねる回廊で建造物群と園池を隔てる。庭の東側には竹林がある。京都苔寺の苔二千種とまではいかないが、全国の竹を蒐集したマニアックな叢林である。
 バッファーゾーンは、あまりにも運河の印象が強い。これまで紹介してきた園林のように歴史的な町並みを伴ってはないけれども、コンクリート造の近現代の建物を木造白壁の外観に近づけている。それなりに白い風景を継承しているのである。


1111-3蒼浪亭06スケッチ02 1111-3蒼浪亭06スケッチ01原画sam01 面水軒でのスケッチ

滄浪亭02断面 滄浪亭01平面


【連載情報・関連サイト】
再訪ー蘇州古典園林
(1)第2次世界文化遺産評定
http://asaxlablog.blog.fc2.com/blog-entry-2203.html
(2)怡園
http://asaxlablog.blog.fc2.com/blog-entry-2204.html
(3)環秀山荘・芸圃・網師園
http://asaxlablog.blog.fc2.com/blog-entry-2205.html
(4)上海蟹
http://asaxlablog.blog.fc2.com/blog-entry-2208.html
(5)滄浪亭
http://asaxlablog.blog.fc2.com/blog-entry-2209.html
(6)拙政園
http://asaxlablog.blog.fc2.com/blog-entry-2210.html
(7)獅子林
http://asaxlablog.blog.fc2.com/blog-entry-2211.html
(8)羅徳啓先生との再会~もう一度、上海へ
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(2)寒山寺・耦園
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Author:魯班13世
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魯班(ルパン)は大工の神様や棟梁を表す中国語。魯搬とも書く。古代の日本は百済から「露盤博士」を迎えて本格的な寺院の造営に着手した。魯班=露盤です。研究室は保存修復スタジオと自称してますが、OBを含む別働隊「魯班営造学社(アトリエ・ド・ルパン)」を緩やかに組織しています。13は謎の数字、、、ぐふふ。

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