fc2ブログ

再訪ー蘇州古典園林(7)

1111-7獅子林02石組03 1111-7獅子林02石組04sam


獅子林

 拙政園のある平江区の東北街から、南に折れてまもなく獅子林に至る。行政上、この地は姑蘇区の東北街となっている。町並みは拙政園の門前ほど「白い風景」が目立たず、プラタナスの並木や賑わいある店舗群が「白さ」を薄めているが、おそらくこちらのほうが本来の町家を多く残しているだろう。それにしても、活力がある。  

 さて、元の至正2年(1342)、高僧の天如禅師が蘇州を訪れ仏典を講じると、弟子たちはおおいに歓待した。翌年、かれらは共同出資で敷地を購入し堂宇を建立して師の住処とした。これが「獅子林寺」の始まりである。こうして獅子林は寺院として出発した。寺園内は竹林繁茂し、その下側には奇石が溢れており、それが狻猊(サンゲイ)の群れの如くみえた。仏教の狻猊とは獅子のことである。浙江天目山獅子巌の高峰原妙に師事して剃度した中峰明本(普応国師)にあやかり、子弟関係を表現すべく、寺名を「師子林」あるいは「獅子林」と名付けたのだという。師と獅は音義とも通じており、「獅子吼える」とは「禅師が経文を伝授する」ことを意味する。さらにまた、園中の築山の多くが獅子の形に似ていたことから「獅子林寺」と命名されたのである。当時の黄石築山の一部が今も残っている。禅師の死後、弟子たちは散りぢりに蘇州を去り、寺園は荒廃していった。


1111-7獅子林02石組01 1111-7獅子林02石組02


 明の洪武6年(1373),73歳の大書画家・倪瓚(号は雲林)が蘇州に立ち寄って造園に参画し、『獅子林図』を描いた。清の乾隆初年(1736),寺園は私有地となって僧院や仏堂を失い、「涉園」と改名された。園内に松の大樹が5本あり、「五松園」とも称した。いま園内に「五松園」なる堂屋があり、扁額の下に五幅の松の絵をあしらう。1917年、颜料商人の貝潤生が庭を買い取り、9年の歳月を費やして修理・増築を施し「獅子林」の名を復活させた。
https://baike.baidu.com/item/%E7%8B%AE%E5%AD%90%E6%9E%97/1025067


1111-7獅子林02石組05石船01 1111-7獅子林01堂屋01ステンド01


1111-7獅子林02石組06池01 1111-7獅子林01堂屋02漏窓01


 狮子林は築山が高くはないけれども、内側に洞窟状の小径を迷路のようにめぐらせ、見上げれば天窓から数奇な風情の空を覗きこめる。池は浅いが、うねりながら回遊すれば、何層もの奥深さがあり、飛瀑流泉は花園・樹林を伏流する。依山傍水の位置に指柏軒・真趣亭・問梅閣・石舫・卧雲室などが軒を連ねる。主庁の燕誉堂は典型的な「鴛鴦庁」形式(内部を対称に二分割し、一方を華美、他方を質素につくる建物)である。

 2000年の評定で獅子林を訪問した際、現地担当者は中国で最も多くの太湖石を使った「仮山(築山)王国」だと自慢したが、正直なところ、過ぎたるは及ばざるが如し、と言う通り、一歩間違えば「悪趣味」にも陥りかねない。どういうわけか、今回再訪してさほどの負のイメージが沸き上がることはなかった。しかし、菊花祭のようなイベントをおこなっており、肝心要の太湖石に花輪を飾りつけていて、少々興が冷めてしまった。過剰装飾はいけませんよ。


1111-7獅子林00バッファ02 1111-7獅子林00バッファ012019


バッファゾーンの再評価

 以上、一夜を跨いで蘇州園林七園を訪れたさいの報告である。園林そのものはもちろんだが、2000年の第2次評定以来、一貫してバッファゾーンのことを気にかけていた。微かな偏見として、工業化・都市化の著しい歴史文化名城の町並みは壊滅的なダメージを受けているであろう、と危惧していたが、園林群の周囲には平江府の遺伝子を受け継いだ「白い風景」が思いのほか良好な状態で残っていた。耦園や拙政園の門前のように「作られた(白い)風景」も含まれてはいるけれども、概して景観の維持に努力の跡がみとめられる。国家文物局や蘇州市の努力の賜物であろう。もし蘇州の園林群が世界遺産になっていなかったら、文物保護単位たる園林そのものはともかくとして、周辺の開発は抑制不能の状態に陥り、伝統的な町並みは大崩れしていた可能性が高いと思われる。
 結果として、世界遺産登録の効果はあったと信じたい。ただし、白い町並みがヨーロッパ歴史都市のレベルに比肩するとまで賞賛するわけにもいかない。資源は予想以上に残っているのだから、それを正しい方法で修復・再生させ、ヨーロッパのレベルにまで押し上げてほしい。それを達成できるならば、かなり落ち込んでしまった日本人などのインバウンドをV字回復させることになるだろう。ただし、今後は外観の維持向上だけでなく、内部のアメニティ(住み心地の良さ)を向上させる努力を惜しんではならない。そうすることで、さらにヨーロッパのレベルに近づけると思うのである。


獅子林 周辺の町並み 獅子林 周辺の町並みsam 2000 


【連載情報・関連サイト】
再訪ー蘇州古典園林
(1)第2次世界文化遺産評定
http://asaxlablog.blog.fc2.com/blog-entry-2203.html
(2)怡園
http://asaxlablog.blog.fc2.com/blog-entry-2204.html
(3)環秀山荘・芸圃・網師園
http://asaxlablog.blog.fc2.com/blog-entry-2205.html
(4)上海蟹
http://asaxlablog.blog.fc2.com/blog-entry-2208.html
(5)滄浪亭
http://asaxlablog.blog.fc2.com/blog-entry-2209.html
(6)拙政園
http://asaxlablog.blog.fc2.com/blog-entry-2210.html
(7)獅子林
http://asaxlablog.blog.fc2.com/blog-entry-2211.html
(8)羅徳啓先生との再会~もう一度、上海へ
http://asaxlablog.blog.fc2.com/blog-entry-2212.html

囍来登記
(2)寒山寺・耦園
http://asaxlablog.blog.fc2.com/blog-entry-1974.html

コメントの投稿

非公開コメント

プロフィール

魯班13世

Author:魯班13世
--
魯班(ルパン)は大工の神様や棟梁を表す中国語。魯搬とも書く。古代の日本は百済から「露盤博士」を迎えて本格的な寺院の造営に着手した。魯班=露盤です。研究室は保存修復スタジオと自称してますが、OBを含む別働隊「魯班営造学社(アトリエ・ド・ルパン)」を緩やかに組織しています。13は謎の数字、、、ぐふふ。

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カレンダー
04 | 2024/05 | 06
- - - 1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30 31 -
カテゴリ
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR