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いい加減に学ぶ中国語講座(3)

1117陳大尉宮10全景01背面02


陳大尉宮を読む〈一〉

 福州大学で中国科学技術史学会を終えた昨年(2019)11月17日の午後、羅源県の国家重点文物保護単位「陳大尉宮」のエクスカーションに参加しました。福州から片道3時間近くかかる山間部に境内があります。講演後の体調ふらふら状態であり、バスの中で眠っていればいいのですが、バスというのはなぜか眠りに落ちにくい。移動はつらいね。でも、やはり重点文物保護単位だけのことはあり、無理して行っただけの甲斐はありました。lablogで早く紹介したいと思ってはいたのですが、ここまで遅れたからには「いい加減に学ぶ中国語講座」の教材にでもして筆を進めるしかなさそうです、とほほ・・・
 というわけで今回は、陳大尉宮の情報を中国のサイトから集めてみます。weblio中日日中辞典に以下の短文を入力してみます(短文は自分で考える)。

陳大尉は福建省の重要な寺院です

 それから「日本語→中国語」変換のボタンを押すと、

陈大尉神社是福建省的重要的寺庙
chén dà wèi shén shè shì fú jiàn shěng de zhòng yaò de sì miào 。

 という訳文とピンインがあらわれました。いくらなんでも「神社」はないよね。中国に「神社」はないのに、「宮」を「神社」と訳すなんて、weblioも相当なものだな・・・と不満を抱きながらも、くじけてはいけません。連続して「宮殿」を自動翻訳すると、中国語簡体字の「宫殿」に変換される。以上二つの操作から、日本語簡体字の「陳大尉宮」は中国語簡体字では「陈大尉宫」であることがわかりました。ここで「陈大尉宫」を中国の「百度」で検索してみましょう。結果、複数のサイトが上下に並びますが、一番上のサイトは「百度百科」の説明文です。これを開くと、「陈太尉宫」という短いサイトがあらわれます。「上海 外灘」に比べれば、情報量ははるかに少ないですが、教材としてはちょうどよいかもしれません。イントロは以下のようになっています。

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 陈太尉宫坐落于罗源县中房镇乾溪村,始建于宋代,木结构,单开间,占地面积一千一百一十五平方米,由正殿、配殿、戏台三个部分组成。正殿建筑面积近四百平方米,有二十八根立柱,为鼓圆形状,整个建筑未用一根钉子,为“江南瑰宝”。
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 これをいったんweblioで日本語に自動翻訳してみましょう。すると、以下の訳文がでてきます。
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 陳太の尉宮は羅源県中の房鎮に位置して沢の村をして、1115平方メートル初めて宋代、木構造、ひと間だけの部屋、敷地面積に造って、正殿から、殿、芝居の台を配合して3個の部分は組成します。正殿建築面積400平方メートル近くは、28本の柱立てがあって、円形状をふくらますこととして、全体の建築物はまだ1本の釘を使わなくて、“江南至宝”とします。
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 これはちょっと悲惨ですね。使い物にならない。weblio社は翻訳技術をおおいに改善・向上させてください。この文章を学生が自ら解読するためには、やはり現代中国語を「漢文」風に変換する必要がありそうです。「簡体字→繁体字」のサイトを使って少々調整すると、以下の文章になります。
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 陳太尉宮座落于羅源縣中房鎮乾溪村,始建于宋代,木結構,單開間,佔地面積一千一百一十五平方米,由正殿、配殿、戲臺三箇部分組成。正殿建築面積近四百平方米,有二十八根立柱,為鼓圓形狀,整箇建築未用一根釘子,為“江南瑰寶”。
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 台湾の繁体字を日本語に変換すると、以下のように変わります。
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 陳太尉宮座落于羅源県中房鎮乾溪村、始建于宋代、木結構、単開間、占地面積千百十五平米,由正殿・配殿・劇台三箇部分組成。正殿建築面積近四百平米,有二十八根立柱,為鼓円形狀,整箇建築未用一根釘子,為“江南瑰宝”。
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 読み下してみましょう。
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 陳太尉宮は羅源県中房鎮乾溪村に座落(位置)し、始め宋代に建てられ、木結構(木構造)、単開間(間口一柱間)、占地面積1,115㎡。正殿・配殿(脇殿)・劇台(舞台)の三部分より組成す。正殿建築面積は400㎡近く、28本の柱が立ち、(その柱は)鼓円形狀(胴張り)を為す。建築全体(整箇)に未だ一本の釘も用いず、“江南の瑰宝(至宝)”と為す。
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 「釘を1本も使わない木造建築」という常套句は、都市伝説というべき大嘘ですからね。100万円かけてもいいですよ。垂木をすべての桁に釘打ちしてるし、ほかにもあちこちに釘を使っています。法隆寺だって釘をたっぷり使ってます。こういうイチャモンはさておき、なんとか原文の意味がつかめましたね。中国語の基礎がない学生が翻訳する場合、weblioの和訳はあくまで参考でしかなく、上のような「漢文」変換から「読み下し」とするのが正しい方法であることがわかります。翻訳を続けます。


1117陳大尉宮10全景01背面01


1117陳大尉宮10全景02側面01


历史沿革
 陈太尉宫座落于罗源县中房镇乾溪村,始建于宋代,木结构,单开间,占地面积一千一百一十五平方米,由正殿、配殿、戏台三个部分组成。正殿建筑面积近四百平方米,有二十八根立柱,为鼓圆形状,整个建筑未用一根钉子,为“江南瑰宝”。
 陈太尉宫2001年被列入第五批全国重点文物保护单位名单,它原是陈苏祠堂。陈苏,河南固始人,唐末隐居罗源曹峰,教民农桑、礼教,南宋嘉定二年(1209年),已经离世294年的陈苏被朝廷敕封为“英惠侯王”。南宋嘉熙三年(1239年)又被加封“显佑嘉应侯王”。

 グレーの部分はイントロと同文なので割愛し、第2パラグラフを繁体字に変換した上で、難読漢字を日本語の簡体字に改めて漢文調に変換しました。
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 陳太尉宮2001年被列入第五批全国重点文物保護単位名単、它原是陳蘇祠堂。陳蘇、河南固始人,唐末隠居羅源曹峰,教民農桑・礼教、南宋嘉定二年(1209年)、已経離世294年的陳蘇被朝廷勅封為“英恵侯王”。南宋嘉熙三年(1239年)又被加封“顕祐嘉応侯王”。
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 読み下してみます。
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 陳太尉宮は2001年、第五次(批)全国重点文物保護単位の名単(リスト)に列入さる。それはもと陳蘇の祠堂。陳蘇は河南出身(固始)の人で,唐末に羅源曹峰に隠居し、民に農桑・礼教(儒学)を教えた。南宋嘉定二年(1209),世を離るることすでに294年の陳蘇は朝廷の勅命で「英恵侯王」に封ぜられ、南宋嘉熙三年(1239)にはまた被「顕祐嘉応侯王」に加封さる。
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 嘉定二年(1209)から294年を引くと、西暦945年になります。西暦945年というと北宋(960 - 1127)に先行する五代十国時代の十国時代(907-960)にあたります。華北・華南に十ヵ国が乱立しこもごも攻伐する時代であり、福建省には「閩(ビン)」という国がありました。西暦945年は閩の天徳3年にあたります。陳蘇はこの年に没したということですから、活躍したのは10世紀前半、まさに五代十国時代ということになりますね。翻訳を続けます。


1117陳大尉宮02楼門04正殿07もや08偶像01 (左)陳慶大尉 (右)陳蘇


主要事迹
 陈苏的裔孙陈庆英勇抗击蒙兵,血染沙场,被朝廷敕封为“都统伏魔太尉”。 后陈苏祠堂改名为神宫,称陈太尉宫,经元、明、清三代扩建成3间殿堂,又续戏台、宫门,均是穿斗式构架。一宫之内,宋、元、明、清建筑并存,融汇组合一体,被文物专家誉为“古代建筑博物馆”。

 同様に漢文調に変換します。
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主要事跡
 陳蘇的裔孫陳慶英勇抗擊蒙兵、血染沙場,被朝廷勅封為「都統伏魔太尉」。 後陳蘇祠堂改名為神宮、称陳太尉宮、経元・明・清三代拡建成3間殿堂,又続劇台、宮門,均是穿闘式構架。一宮之内、宋・元・明・清建築並存,融匯/彙組合一体,被文物専家誉為「古代建築博物館」。
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 読み下します。
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主要事跡
 陳蘇の裔孫(まご)の陳慶は英勇にして蒙兵に抗擊し、血で沙場(戦場)を染め、朝廷は勅命して「都統伏魔太尉」に封じ為す。 後、陳蘇祠堂は改名して神宮と為し、陳太尉宮と称す。元・明・清三代を経て3間殿堂、また続けて劇台、宮門を拡げて建て成す。均(あまね)く是れ穿闘式構架。一宮のうちに宋・元・明・清の建築が並存し、一体に融匯し(とけあい)組み合わされ、文物専家(文化財専門家)より誉められ「古代建築博物館」と為す。

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 なるほど、仏寺でも道観でもない、「陳大尉宮」なる宗教施設の意味がようやくわかりました。全体を口語訳して今夜は終わります。【続】


1117陳大尉宮02楼門01 宮門正面


歴史沿革
 陳太尉宮は羅源県中房鎮乾溪村に位置し、宋代に創建され、木造・間口一柱間で、敷地面積は1,115㎡です。正殿・配殿(脇殿)・劇台(舞台)の三部分よりなります。正殿の建築面積は400㎡近く、28本の柱が立ち,それらは胴張り柱です。建築全体に1本の釘も用いず,「江南の至宝」となっています。
 陳太尉宮は2001年、第五次全国重点文物保護単位のリストに加えられました。もとは陳蘇の祠堂です。陳蘇は河南出身の人で、唐末に羅源の曹峰に隠居し、民に農桑・儒学を教えました。南宋の嘉定二年(1209)、逝去から294年の後、朝廷の勅命で「英恵侯王」に封ぜられ、南宋の嘉熙三年(1239)にはまた「顕祐嘉応侯王」に加封されました。

主要事跡
 陳蘇の孫にあたる陳慶は勇猛にしてモンゴル兵に反撃し、戦場を血で染めました。朝廷は勅命して陳慶を「都統伏魔太尉」に封じました。 その後、陳蘇祠堂は「神宮」と改名して、「陳太尉宮」とも呼ばれます。元・明・清三代を経て、間口3間の殿堂を基に劇台(舞台)・宮門を建て増しました。すべて穿闘式架構の建物です。一つの廟のなかに宋・元・明・清の建築が混在し融合しており、文化財専門家からは「古代建築博物館」と賞賛されています。

1117陳大尉宮01楼門01 1117陳大尉宮00証明

【連載情報】いい加減に学ぶ中国語講座
(1)簡体字から繁体字へ http://asaxlablog.blog.fc2.com/blog-entry-2213.html
(2)繁体字から漢文読み下しへ http://asaxlablog.blog.fc2.com/blog-entry-2214.html
(3)陳大尉宮を読む〈一〉  http://asaxlablog.blog.fc2.com/blog-entry-2215.html
(4)陳大尉宮を読む〈二〉  http://asaxlablog.blog.fc2.com/blog-entry-2216.html
(5)陳大尉宮を読む〈三〉  http://asaxlablog.blog.fc2.com/blog-entry-2217.html
(6)上海外灘-和平飯店  http://asaxlablog.blog.fc2.com/blog-entry-2219.html
(7)豫園周辺の茶館 http://asaxlablog.blog.fc2.com/blog-entry-2221.html
(8)同済大学(1) http://asaxlablog.blog.fc2.com/blog-entry-2220.html
(9)浦東の高層ビル http://asaxlablog.blog.fc2.com/blog-entry-2222.html
(10)朱家角の粽 http://asaxlablog.blog.fc2.com/blog-entry-2224.html
(11)関口欣也博士に贈る詩 http://asaxlablog.blog.fc2.com/blog-entry-2227.html
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(20)同済大学(2)建築与都市計画学院 http://asaxlablog.blog.fc2.com/blog-entry-2234.html

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Author:魯班13世
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魯班(ルパン)は大工の神様や棟梁を表す中国語。魯搬とも書く。古代の日本は百済から「露盤博士」を迎えて本格的な寺院の造営に着手した。魯班=露盤です。研究室は保存修復スタジオと自称してますが、OBを含む別働隊「魯班営造学社(アトリエ・ド・ルパン)」を緩やかに組織しています。13は謎の数字、、、ぐふふ。

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