寅さんの風景-マイ・バック・ページ(6)

(4)物語の終わり
いよいよ別れの朝がきた。出会橋のたもとにある停留場で女将は寅と満男と泉を送る(図38・39)。道路交通法では大型車通行禁止になっている土手の道。バス停が実在するはずはない。それでも別れの場所をここに設定したのは河川敷に対する制作者の愛着からであろうと思う。「寅次郎の告白」では江戸川が一度も登場しないが、千代川(智頭川・八東川)が見事にその代役を果たしている。「男はつらいよ」シリーズではストーリーの転換点で必ず江戸川などの河川敷があらわれる。揺れる寅さんの心情を浄化する場面としての役割を河川敷が担っているのである。ありえるはずのない場所に別れのバス亭を設定することで、刹那い恋の幕切れを爽やかに演出するのだが、その奥に透けてみえる寅と女将の悲しい涙。我慢強い二人の姿に日本人の美学を感じ取れるシリーズ有数の名場面に仕上がっている。

鳥取駅から山陰線特急「あさしお」に乗る満男と泉をプラットフォームで見送った寅さんは、駅前で宿を探す(図40)。駅前の旅館に泊まるなら新茶屋にもう1泊すればいいものを、それができない自分を責めているのであろうか、顔色はいまひとつ冴えない。一方、泉は名古屋の家に帰って母親と融和しあい、満男は柴又の家に戻ってご機嫌斜めの母親に「おじさんの顛末」を報告する。翌日、電話が鳴る。さくらが受話器を取ると、寅さんの声がした。


寅さんは田舎の小さな木造駅舎にいた。鳥取篇のフィナーレを飾るこの場面は何の説明があるわけでもないけれど、おそらく寅さんが鳥取を離れるシーンを想定したものだろう。しかし、これも現実とは矛盾している。ロケ地となったのは若桜鉄道阿部駅(図41~43)。若桜鉄道は若桜を終着駅とし、県外に抜けることはできない。山田監督はあくまで風景を尊重し、鳥取のラストシーンとして安部駅を選んだ。結果、それは哀愁溢れる絶景となり、今も安部駅は観光客を集めている。【続】

